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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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人との出会いって素敵やん

 俺の名前は来栖友男。

 友を沢山作れる男になるようにと両親がつけてくれた名前だったが、申し訳ないことに両親のそうした期待に応える事は現状できていない。

 両親も今は故人となり独り身の四十路男として生きているのだが、立派な低所得層なもので生きているだけで精一杯とは言わないまでもいろいろなものは諦めていかないと、いやそれでは感情がしびれてしまうので諦めたという感情を抱かないように自分を納得させて自分にできる範囲の人生の楽しみ方を探して生きているわけだ。

 今に至るまでには友人もそれこそ親友と呼べる存在も、一緒に生きていきたいと思えた異性の存在もあったことはあったのだが、そうしたものもいろいろあって今はもうない。

 俺の名前に込めてくれた両親の思いに結果として報いることができなかったと言うのはそうした現状からなのだが、肝心の俺が何の悲壮感もなくそこそここんな生活を楽しんでいるので尚更現状変化せずと言った所なのでした。

 仕事は楽で定時退社の週休二日なのでオフタイムを楽しむことを目的に生きているようなものだった。

 しかし、今は俺のような人間にとって良い世の中になったもので、さほどのお金を使わなくてもたくさんのエンタメ作品を楽しむことができるのでありがたかった。

 休日は身体を動かす目的もあって日帰りであちこちへと出かけるのも趣味で、今日も自転車で40キロほど離れた町へ行って散策し住んでいるアパートへ帰る途中なのだが散策に時間をとりすぎてしまいすっかり日が暮れてしまったのだった。

 思っていたより散策しがいのある町だった。

 安くて入りやすい食堂もあったし、見晴らしの良い公園や雰囲気の良い寺社など本当にいい町だった、また行きたいものだ。

 などと考えて自転車を漕いでいたのだがスマホのナビに従っていたら街灯もない林の中の道を進む羽目になった。

 ずいぶん長いこと林の中を進むが一向に灯りが見えてこない。すれ違う車にも出会わない。

 もうこうして林の中の道を小一時間は走っている。

 日中よりも速度を落として走っているがそれでも10キロは進んでいるはずでそんな規模の森があったか、樹海じゃあるまいしと不安な気持ちになっているとなんだか頭がふわふわしてきた。

 ずっと暗い、景色の変化の少ない静かな道をひたすら自転車を漕いで進んでいるため、軽いトランス状態になったのかと俺は考えた。

 そんな思いもだんだんとぼんやりしてきて頭が次第に熱くなってきてジンジンとしびれ始めてきた。

 長いこと座っていて急に立ち上がったときになる立ち眩みに似た感じだった。

 あれ、これはやばくないか、と思っているうちに俺は意識を失った。


 うおっヤベー、一瞬意識失った、自転車倒しちまうっ、と思い体がこわばったがどうも俺は地面に仰向けで寝ていたようだった。

 体を起こして周囲を見渡すが自転車がない。つーか、周りが森じゃない上に夜じゃない。

 どーなってんだ、俺がいるのはなんと言えばいいんだろう草原って言うのか周囲すべて緑。

 芝じゃないな、くるぶし丈ぐらいの草だらけ、すげーでけー原っぱの真ん中なのか、ここは。

 何が何やらさっぱりわからないが、とにかくここでじっとしててもどうもこうもならないてなもんで、俺は歩くことにした。

 遠くに薄っすらと茶色いものが見えるので何かしら草原の切れ目的なものだろうと思いそれを目指して歩いた。

 そして歩きながら考えた。

 まずは状況の整理だ。一旦整理しよう。

 俺は夜に森の中の道を自転車で走っていた、そうしたら頭がしびれて立ち眩みみたいになって意識を失い気付いたらここにいた。

 そんで、ここどこ?

 まったく見覚えがない。

 似たような景色は見たことがあるがでかさが違う。

 こんな見渡す限りの草原なんて日本にあるのだろうか?北海道だろうか?ってなんで?誰か説明して。

 誰かって俺には友人知人が皆無なんだった。というよりも周囲には人っ子一人いないし。

 混乱しながら俺は草原を歩くのだが、茶色の何かがだんだんとハッキリ見え始めてどうやらそれは道らしいことがわかった。

 いやいや、どでかい草原に茶色い道がこれも果てしなく続いていてもうこれはなんだ理解が追いつかん。

 たどり着いてみればその土の道は結構な幅で普通車二台が余裕ですれ違えるなこれは。

 しばらくその道を見ていたがどちらに進むにしても建造物のひとつも見えず、どちらに進んだものか考え込んでいると一方の道の果てになにかが立ち込めているのが微かに見えたのでそちらに向かって歩いていくことに俺は決めた。

 歩いていると先ほどのモヤのようなものはどうやら土煙のようで、車か何かがこちらに向かって走ってきているのが分かってきた。

 ひとまずはこれで何とかなるなドライバーさんに駅を聞くなりして良くすれば駅まで乗っけてってくれるかも、などと考えてふとズボンの後ろポケットに手をやると財布がない。噓だろ、おい、勘弁してくれよ。

 それはシャレにならんと思い着ている服の全てのポケットを探るが財布も家のカギもスマホも何もない。

 俺は一気に血の気が引いた。

 警察行ったり銀行に電話したりうわーめんどくさっ、と思ったのだがそうこうしているうちに土煙をあげている車が見えてきたのだが、なんと荷馬車である。

 見渡す限りの草原の中に続く一本道。荷馬車がこちらに向かってゆっくり進む様子は牧歌的だった。

 あー、あんなゆっくりの進みでも土の地面だと土煙が立つんだよな、なんて昔を懐かしんでいる場合ではない、とにかく荷馬車の運転手さんに事情を話して近くの町まで乗せてもらえないか聞いてみよう。

 近づいてくる荷馬車の運転手は人の好さそうなお年寄りの男性で、これは話しかけやすくて助かったなんて思いながら俺は声を掛けた。


「こんにちはー、ちょっとよろしいですか?」


 すると運転手さんは荷馬車を停めてくれた。


「ハイハイ。こんにちは。どうかなすったかね?」


「いやあー、すいません。ちょっと道に迷った上に財布も失くしてしまって途方に暮れてまして、本当に厚かましいお願いなんですがよろしければ近くの町まで同乗させてはもらえないでしょうか?」


 俺は丁寧にお願いしてみた。


「それはそれは、さぞやお困りでしょう。こんな汚い荷馬車でよければどうぞお乗りください。荷台に空きがないのでここにどうぞ」


 といって御者台と言うのか運転席の隣を示すおじいさん。

 なんて、良い人なのか。ありがたい。


「いやー、すいません、ご親切にありがとうございます。本当に助かります」


 と言って俺は親切なご老人に同乗させて貰うことになった。


「いやー、しかし、あれですね、この辺りはどの辺になるんですかねー。どーも、地元じゃないんで土地勘がなくて」


「あんたさんは旅の人かね?この辺りはちょうどマキタヤからノダハに向かう途中、マキタヤよりになるかねえ。私もマキタヤの者でね、ノダハに荷を届ける途中なんだけれども道中暇でねえ、話し相手ができて嬉しいよ。孫の誕生日に何か買ってやりたくてこの所毎日ノダハに行商に行ってるんだけどねえ、ほら、マキタヤよりノダハのほうが人が多く集まるでしょう、だものでね自分とこで売るより持って行ったほうが金になるでね、手間はかかるけどもね、まあかわいい孫のためだからと思えばね。お兄さんなんかはまだまだ若いからねえ、あれだろうけどもさあ、ああ、お兄さんはノダハ方面でいいのかい?え?ああ、大丈夫かい。ならいいんだけれどもねえ、今年は豊作だったもんで景気も良くて世間も明るくてよろしいですわなあ」


 話が終わらねえし、聞いたことない地名だし、俺は若くないし、行商って今時?見たことないよ行商。しかも荷馬車で?もうなんか逆にワクワクしてきたんですけど。とりあえず適当に相槌打って怪しまれない範囲で現状を把握できるように話を誘導することに俺は決めた。


「って、お兄さんは財布落として不景気ですかな、はっはははー、いやいやこれは申し訳ない笑い事ではないですわなあ、不慣れな土地で心細くもあるでしょうに、これは、申し訳ない」


 おじいさんはしきりに恐縮するので俺は何とかするアテはあるので大丈夫だと告げて話の続きを促した。


「いやいや、本当に申し訳なかった。お詫びと言ってはあれですが良かったらこれをひとつどうぞ」


 といっておじいさんは足元の鞄というか布袋だな大きな巾着みたいのに手をつっこんで探り始めた。

 激渋なバックだな、俺も欲しいななんて思っているとおじいさんは小ぶりな切り出しナイフを取り出し俺に渡してくれた。


「えっ、いいんですか?」


 飴色の皮鞘から抜き出すとしっかりした作りの片刃小刀に手元は無骨な組み紐が巻きつけられており、これも激渋!つーか高いぞこんな刃物、下手すりゃ数万円するぞ!


「これは、こんな高価なもの、本当にいいんですか?」


「いいんですよいいんですよ、うちは鍛冶屋でねえ、高価なものなんて言ってくれるとこっちが恐縮してしまいますよ、これもうちの若いのが練習で作ったもんだから売り物じゃあなくて申し訳ないんだけど、品は確かだから安心して使ってやってくださいな。ああ、鞘は私があつらえたものでねえファイヤーリザードの皮を使ってるから丈夫だしねえ、きれいな飴色でしょ」


 おやおや、おかしな事を言っとりますよおじいさん。またファイヤーリザードって。


「えっ?えっ?なんすか?」


「いや、だからねえ、鞘に関して言えばねちょいとしたものですよ、うちの印が入ってるでしょ鞘に、マキタヤのジョーサンって。鍛冶町のマキタヤでもジョーサンって言えば知られたものですよ、自分で言うのもなんですけどね、ああ、そうだそうだ、まだ私の名前を言ってませんでした、アウロ・ジョーサン、鍛冶屋ジョーサンの先代主人でして今は息子に任せましてね、そういえばまだお名前伺ってなかったですね」


 おうっ、聞きたいとこそこじゃないっす、けど会話のパスきたよ、しかもこれどうすりゃいいの、どう考えてもここ日本じゃないよな、もしかしてだけどこれって異世界転生じゃないの?あると思います。ってそうじゃなくて、この状況、来栖友男って素直に言ったらどうなるの?怪しまれるか?馬車から降ろされますか?うーむ、と一瞬で思考がそこまで走った。


「ああっ、そうでしたそうでした。これまた失礼いたしましたっと。なんて、ねえ。名前ね、名前。トモ・クルースと言います」


 何言ってんだ俺は。まんまじゃねーかー。つーかちょっとハリウッドスター入っちまったけど。どうだ、いけるのか。いけるだろ、おじいさん、どーっすか?


「クルースさんですかそうですかそうですか、いや私なんてあれですよ、ジョーサンでしょジョーサンさんなんてねえ、言われて。ジョーサン言うななんてねえジョーサン、ジョーダンなんてねえ。ね?」


 うひゃー、いけたいけたよ。これ。


「あは、あはははは、いひひひひ、そりゃ面白い、けっさくですね、けっさく。ははっははは」


 そしてこのおじいさん、アウロさん、話好きで冗談好き。いい人だわ。間違いなくいい人。

 そんな感じで無難な受け答えをしながらアウロさんの話を聞き、段々と自分の置かれている状況がつかめてきたわけなのだが、まず、ここが日本ではないのは決定。

 国の名前はレインザー王国。

 国王の名前はアマルザンド・レインザー。

 今いるこの土地はゴゼファード領で領主の名はキワサカ・ゴゼファード。

 ここの領主さんの名前を聞いて俺のとってつけた偽名もそれほど不自然じゃないなと一安心した。

 そして、先ほどのファイヤーリザードね。アウロさんの言うことには、「マキタヤの町のすぐ裏に山があるでしょ、あの山ねいい鉱石も採れるんだけど廃坑に魔物が居着いてしまうわけですよ、だものでね、その魔物の皮を使ってね刃物の鞘だのちょっとした鞄だのねそうしたものも我々は昔から作ってきたんですよ、その魔物の中でも特にファイヤーリザードの皮はね使えば使うほど味が出てね、小刀の鞘に人気があるんですよ」との事。

 魔物が存在する世の中みたいなので一人での荷馬車移動に危険がないのか尋ねると、「草原は大丈夫ですよ、見晴らしがよいから何かがいれば遠くからでも良くわかるでしょ、クルースさんの事も遠くから良くわかりましたよトボトボトモトモ歩いてられましたからなあ。はっはっはっはっは、ねー、はっはっは。なによりゴゼファード様の領内は治安も良いですからねえ、それにいざとなれば私だって昔はマキタヤの眠れる獅子と言われた男ですからな、ほれ、これを見てくだされ」


 そう言ってアウロさんがカバーがかかった荷台のなかから後ろ手に取り出したのは両刃の斧だった。

 それも木を切ったりするタイプじゃないやつ。

 モップぐらいの長さの鉄柄の先に幅広の両刃斧がついている。


「うわっ、凄いですねっ、こりゃ」


「でしょう。これは私の愛用の戦斧でしてね、若いころなんざこいつで坑道に巣くうゴブリン共をガッツンガッツン退治したものでねえ、その頃はもう昼も夜もガッツンガッツンいってましたよ、はっはっはっはっはっは、ねえ、うはははは、ねえ?」


 うっわ、下ネタきたよアウロさん、ほんと、いい爺さんだないちいちこっちにねえ?って振ってくるのかわいくていいよ。でも眠れる獅子ってなによ?普段温厚だけど怒ったら怖いよ的な?怒らせんとこ。


「またまた、今でも現役でしょうその調子じゃあ、そんな斧をまだ使えるなんてなあ大したものですよ、俺だってそんな重そうなの振り回せなさそうですよ、いやあ、ほんと、お若い!」


「いやいや、またあ、クルースさんたらもう、お世辞がお上手ですなあ、ねえ、はっはっはっはっは、ねえ?ちょっと持ってみますか?」


 うおっつ、アウロさんそんな鉄の塊よこされても困るわっ、ひっくり返らないように下腹に力を入れて俺は受け取ったのだが、おや?おやややや?なんだいなんだい、案外と軽いじゃないのさ。


「おっ、思っていたより軽いですね」


「ほうほう、やはり、クルースさん冒険者ですね、こいつを軽いだなんておっしゃって、なかなかのお点前だと察しますよ」


 きたよ、また、冒険者?もう、ワクワクが止まらねーよっ。これは。


「いやあ、まあまあ、ねえ?しかし、この斧はアウロさんが作ったものですか、いやあ、美しいですなあ」


 もうアウロさんとの会話でどう返したら良いのかわからん時はとりあえず褒める。


「え?いやあ、そんな、ねえ?若いころに作ったものでね、装飾もなにもないんですけどね、先代、まあ私の親父ですけどね、火造りのセンスが良いってそれだけは褒められたもんですよ。だもんでね、鋼付けはまあ、ちょっとしたものだと思いますよ、なーんて自画自賛、爺さんが自慢なんて、はーっはっはっはっは、ねえ?」


 うおっつ、韻踏んできたよっ、マジやりやがるぜアウロさんっ!そして、褒め有効っ!


「いやあ、もう、ねえ、クルースさんと道中共にできて本当に楽しい時間を過ごせて、ねえ、もうねえ、笑いすぎてのどが渇きましたなあ、もう少し行くと小川がありますんでねえ、馬にも水を飲ませてやりたいし、そこで少し休憩しましょう」


 と、そういうことになった。

 小川は、俺が想像していたより大きかった。跨いで越えられるくらいのを想像していたのだが、幅がどのくらいだろ、2メートルはあるな。ちゃんとした橋もかかっている。

 アウロさんは橋を渡ってから川へと降りると荷馬車から馬を離し水を飲ませ始めた。


「よーしよし、たんとお飲み。今日は賑やかでお前も楽しかろう」


 アウロさんは馬に話しかけながら水を飲ませている。

 俺は岸辺にフキみたいな植物を見つけたのでアウロさんに毒はないか尋ねると毒はないしフキだと言う。

 俺はフキの葉をちぎり茎側に葉を巻くようにして即席柄杓を造り川の水を飲んだ。


「うんまーーっい!」


 マジで美味い。こりゃー、五臓六腑に染み渡るでーー。


「おや?クルースさん、面白い事をしてらっしゃいますねえ、なんですかそれは?先ほどのフキの葉ですよね?」


 俺はアウロさんにフキの葉柄杓の作り方を教える。


「いやあ、クルースさんこれは便利ですな。しかもほんのりフキの香りがして。お若いのに随分と雅やかな事を知ってらっしゃいますなあ」


 好評いただけたようで嬉しい限りだ。

 俺はおいしい水を飲んで少し腹が減っていることに改めて気が付いてしまった。気が付いてしまうと食欲は加速されるものだ、川もあることだし魚でもとって食ってやろうか。


「アウロさん、まだ少しここにいますか?」


「ええ、馬を休ませてやりたいのでもうしばらくいたいと思いますが、クルースさんもしかしてお急ぎですか?」


「いやいや、小腹が減ったので川の魚でも捕まえて食べようかと思いまして。アウロさん、釣り道具なんて持ってませんよね?」


「いやあ、生憎と持ってませんねえ。でも、干し肉くらいならありますから一緒にどうですか?」


「ありがとうございます。でも馬車にも乗せて頂いて、その上こんなきれいな切り出しナイフまで頂いてお世話になりっぱなしってのも気が引けますよ。ちょいとその辺で魚を採れるもの見繕ってみますんで」


「おやおや、そんなご遠慮なさらなくとも、ですが、わかりましたよ。では、火でも付けておきましょうかねえ」


「ありがとうございます」ってんで俺は橋の下から見て回った。良く橋の下には釣りしてた人が壊れた道具を捨ててったりそうじゃなくてもなんか捨ててあったりしたものだが。

 しかし、人工的なゴミは何もないな。この世界の人はマナーが良いのかね。つーか、元居た世界みたいに物がふんだんにあるわけじゃないのかね。

 それならそれでよい。針なし釣りだな。

 竿っぽい枝は川岸にある。糸はアウロさん持ってないかねなかったら服からほぐすか。餌は探すの怠いしこの世界の餌虫怖そうだし疑似餌だな、つってもフライ系だな。ポケット内側にたまった糸くず集めて結ぶ算段。

 竿としての使用に耐える枝を持って帰りアウロさんに糸がないか尋ねるとソーイングセットをお持ちだった。

 毛糸があったのでこれを貸してもらえぬか聞くと幾らでもないので差し上げますよ、との事でありがたく頂く。結局アウロさんに頼ってしまって申し訳ない。

 さてと、道具は揃った。テンカラ釣りの要領だ。人もそれほど入っていなかろう川だ。そりゃあ良く釣れるだろう。楽しみだ。

 俺は焚き火に当たっているアウロさんの近くで取ってきた枝を竿らしく加工した。アウロさんから頂いた切り出しナイフを使って小枝を払っていく。


「いやあ、さすが、この切り出し刀、よく切れますねえ、おまけに手にしっくりくる。力入れるのも安心して入れられますよ」


 あんまり良い切れ味なんで必要以上にきれいに枝を加工してしまった。


「そう言って頂けるとこちらも嬉しいですよ。しかしクルースさん、先ほどのフキの葉カップといい器用ですなあ。しかし針や餌はどうされるのですか?」


「まあ、見ていてくださいよ。まずは先ほど頂いた毛糸をですね竿と同じくらいの長さにして竿先に結びます。そして餌はこれです」


 俺はポケットの中にたまった糸くずを指でネジネジしてほぐした毛糸で結んだ。結びは少し長めに残して羽虫の羽のようにした。


「どうです、羽虫に見えないですか?」


 できた糸くずの塊をアウロさんに見せる。


「うーむ、見えぬこともないですが、しかし、本当にそれで魚が釣れるのですか?」


「まあ、見ていてくださいよ。」


 俺は毛糸の先によった糸くずの塊をつけ川にそっと着水させ流れに任せる。糸くず製自作フライが流れていくと水面にうねりができる。いるな、魚。

 俺は竿をあげて先ほどうねりができたあたりの水面を自作フライでちょんちょんと、羽虫が飛びながら着水を繰り返しているように動かす。しばらくそうしていると水面が音を立て魚がヒットする。

 ここからが勝負だ。針がないから強くあわせるとすっぽ抜ける。飲み込ませるべく竿の動きを魚にあわせ少しづつ自分の近くに寄せる。ナイフの切れ味が良いので竿先を丁寧に削ってかなりしなるようにしていたのが良かった。俺は慎重に竿を上げ釣れた魚を手に取った。


「おおっ、本当に釣れましたなっ!いやあ、おみごと!まさか餌も付けず本当に釣りあげるとは、驚きですな。その道具といい釣りの技術といい、漁を生業とする地方のご出身ですかな?」


「いやいや、そんな大したものじゃないですよ。趣味ですよ趣味」


 そう言って俺は再びフライを流した。今度は流したフライに一発ヒットした。


「よしっ!」


 俺はまた魚の勢いを殺しながら手元に手繰り寄せ釣り上げた。いやあ、なんだ、ポイント投下もあわせもなんもかんもイメージ通りにでき過ぎだな。

 そんな調子でもう二匹、俺の分とアウロさんの分と二匹ずつ釣った俺は川で手を洗った。

 俺は川で手を洗っていて恐ろしいことに気づいてしまう。俺、誰?

 川面に映る自身の姿は、どうみても若者。前の世界で鏡で見慣れた自分の姿とは違う。服もそうだ。なんで今まで気付かなかったんだ。そりゃ、アウルさんもお兄さんだのお若いだの言うわ。若いんだもん。

 20代だよこりゃ、それも前半。下手すりゃ十代後半。良くみりゃ自分の手も若々しいわっ!

 くーーーっ!いーーーっよっっつしゃーーーー!!

 心の中で歓喜のガッツポーズをとる。道理で左肩の鈍痛もないし前かがみになるときにすんなりとできたわけだ、お腹周りもスッキリしてるわっ!

 俺は嬉しくなって思わずその場で屈伸運動をしてしまった。軽々とできるぜっ!おおっ何にかわからないがひとまずこの世界の神様!感謝します。


「どうしたんですか?なんだか嬉しそうにされて」


「いや、ええ、そうですそうです、よく釣れたんでね神様に感謝してるんですよ。ね。こう見えても信心深いんですよ。クフ、クフフフフッ」


 笑みが止められない。


「また、クルースさん、いい笑顔されてますよ。それにしてもすいませんねえ私の分まで。ご相伴に与らせて頂きますねえ」


 俺は笑顔のままで焚き火の近くに行くとアウロさんが串焼きにしてくれていた魚から美味しそうな匂いが漂ってきた。


「いやいや、そんな、なんでもないですよ。しかし、いい匂いがしてきましたなあ。もうボチボチいけますかねえ」


 魚はいい感じに炙られており見ていても食欲がそそられる。


「ええ、ええ、もう良い加減でしょうなあ。いただきましょう」


 そうして二人で魚を食べるのだった。


「しかし、あの釣り方は面白いですなあ。餌がいらないのがよろしいですなあ、思い立った時にすぐできて。しかしあの糸くずで作った羽虫なんて言いましたか」


「あれは、故郷でフライとか毛バリとか呼んでましたよ。本当は針にああした糸だの鳥の羽だのを縛り付けるんですよ。今回は針がなかったんで取り込みに時間がかかりましたけどね」


「おおっ!いやあ私は初めて見ましたよ。これでも若い頃は一流の職人になるためには見聞を広めてこいなんて先代に言われてあちらこちらに旅したものでしたが、そうした釣り方は見たことがありませんよ」


「あらら、そうですか。簡単なんで是非やってみてくださいよ」


「ええ、ありがとうございます。しかし、本当に大丈夫なんですか?クルースさんの故郷の秘伝の技だったりしませんか?私も職人ですからねえ、こういった技術の重要性は心得ておるつもりですよ。そう言って頂けるのは嬉しい限りなのですがクルースさんの立場が悪くなるようなことであれば私は黙っておりますよ」


 うわーー。本当にいい人だわ、アウロさん。ちょっと泣きそうだわ。こんないい人見たことないよ。


「いやいやいやいや、全然そんなんじゃないんで、大丈夫ですよ。もう、本当にそんな心配されないでくださいよーー。もう、ねえ。そうだ、もしよければこの釣り方や道具作りのコツをお教えしますよ。それで、少しでも恩返しができればねえ、私も嬉しいですよ。もしも、ほんとにもしもですけどね、アウロさんのご商売に流用できるようならドンドンされて結構なんで、ねえ」


 なんかアウロさんの口癖がうつったな俺。でも、ほんとにこの世界に来て初めて出会った人がアウロさんで良かった。


「ええっ、本当によろしいんですか?これは売れますよ、きっと。つり針はジョーサンでも少しですが生産していますからこの釣りの技法とセットで売り出せばかなりの売り上げが見込めますよ」


「いや、でも自作できますからね、言っても。どちらかと言えば竿とラインに秘訣がありましてね」


 俺はアウロさんにテンカラ釣りについて知ってる事を説明した。竿の調子について、ラインの重さで毛バリをキャストすること、ラインとハリスの関係についてなどなど。さすがアウロさんは熟練の職人さんだ、すぐに要領をつかんだようだった。


「これは、面白い!シンプルだけに製品の質にごまかしが利かない、しかも今、うちにある道具と技術で流用が利くから初期投資がほぼ材料費のみで済みます。素晴らしい!こんな商機を頂けるとは、本当に今日は良い日だ。これは孫にも良い物を買ってあげられそうですよ」


「いやいや、本当にそう言って頂けると嬉しいですよ」


 俺はアウロさんに少しでも恩が返せたようで嬉しかった。

 二人で焚き火を片付けていると馬が急に荒ぶりだした。


「ブルフフフフッ、ブルブルブルブヒヒヒーーーーン!!」


「ドウドウドウドウ、ほーら落ち着け落ち着け、どうしたどうした、ドーウドウドウ」


 アウロさんが馬を落ち着かせようとしているのだが、なんだか妙な感じがする。

 良くない感じ。車の衝突事故の瞬間なんかを見てしまったような身がすくむ感じ。

 日が陰ったかのような感覚になる。

 いや、実際に日が陰ってるぞなんだ?空を見上げるとそこには大きな生き物がいた。

 こちらに着陸しようとしているそれはなんだ?でかい、バスくらいある何か。着陸の際に翼が巻き起こす風があたりの物を巻き上げる。

 アウロさんが荷車へ走り例の戦斧を手に取りさらに荷台から何かを取り出してこちらに放り投げた。


「クルースさんっ!」


 アウロさんが投げてよこしたのは槍だった。


「はぐれグリフォンです。気をつけてくださいっ!」


 グリフォン?確かに猛禽の顔にライオンのような胴体、さらにそこには翼が生えているのが見て取れる。

 アウロさんから受け取った槍を持ってみるとやはり軽い。何の金属を使ってるのかわからんがこんな軽いもんでひっぱたいたって効くもんじゃないだろうと不安になったが、アウロさんが果敢に相対し戦おうとしているのをただ見ているなんてできるもんじゃない。

 クソッ、こうなりゃヤケだっ。


「わーーーーーーっっ!!!!」


 俺は槍を竹刀を構えるように上段に構えバスくらいあるグリフォンの胴体に思いっきり振り下ろした。

 グニャベキベキベキゴッ!

 嫌な音がしてグリフォンの胴体がくの字に曲がった。


「ゴアァァァァァァーーーーーーッッスーーーーーーーーー」


 猛禽の頭が凄い声を上げ次第にそれはかすれ空気を出すのみになり止まった。


「うっそ」


 俺は自分の手元を見た。槍の持ち手が俺の握りの形にへこんでおり槍の柄も曲がってしまっていた。

 えーーーーっ、どうなってんの、わけわかんねー。俺はひとまずアウロさんの近くに駆け寄った。


「大丈夫っすか?アウロさんっ!」


「ふーっふーっ、ええ、大丈夫です。クルースさんこそ、無事ですか?ふーーっふーっ」


 息は上がってるようだが出血箇所もなくアウロさんは無事なようだった。

 アウロさんが立ち向かっていたグリフォンの頭と前足には切り傷が付いており、アウロさんが持っている戦斧の刃先にもその返り血がついている。


「ふふっ眠れる獅子は伊達じゃあないっすね。ふふっふふふふふ」


 俺はホッとして力が抜け思わず笑ってしまった。


「いやあ、正直言ってダメかと思いましたよ。何とか追っ払えればと思って、気を溜めましたが、あんな大物初めてですよ、息が乱れて、本当に覚悟しましたよ。しかし、クルースさんはやはりただ者でなかったですな」


 アウロさんは俺が手に持っている槍を見て続ける。


「それ、その槍がそんなになったのを見るのは初めてですよ。この槍はご領主様にも卸している品ですからなあ。いやあ、たまげました」


 すると、急にアウロさんは居住まいを正してこう言った。


「クルース殿、あなたには命を救われた。深く感謝する」


「いやいや、ちょっと、待ってくださいよ。そんな大げさな。二人で倒したんですから。頭を上げてくださいよ。ほんとに」


「いいや、受けた恩義には誠意もち報いる。当然のことです、クルース殿」


「せめて、そのクルース殿ってのやめてくださいよ。俺はこう言っちゃ失礼かもしれないですけど、アウロさんの事を年上の友人のように感じているんですよ。ほんとに、頭を上げて下さい」


「クルース殿・・・、いやクルースさんっ」


 俺は頭を上げてくれたアウロさんと手を取り合った。


「しかし、これはどうしましょうかね」


 俺は胴体部分でくの字に曲がり絶命したグリフォンを見た。


「このままほっておいて構わないものなんですかね?」


 俺はアウロさんに尋ねた。


「いやいやとんでもない。グリフォンに捨てるところなしっていうくらいですよ。肉は美味、嘴と爪は武具の素材、羽と骨は薬に、革ももちろん高値で取引されますよ。捨ておくのはもったいないですが、しかし、運ぶにしてもこの大きさでは、うーーむ」


 二人して頭を悩ませていると上空から声がする。


「おーーーいっ!大丈夫かーーーっ!!」


「おおっ、ザンザスが来られた」と言うアウロさんに俺は聞く。


「なんすか?ザンザスって?」


「ゴゼファード様の所の衛兵さんですよ、ワイバーン部隊ザンザスです」


 ホヘーー、ワイバーン、またかっこよろしいのが来ましたよ。普通車サイズの翼竜が三匹、その背には各二人づつ兵装の人が乗っている、これが衛兵さんか。


「はい、大丈夫ですかー?けが人はいますか?」


「いいえ、けが人はいません」

 

 アウロさんが応対してくれる。


「そうでしたか、しかし良く倒せましたねー。大したものです、うちにスカウトしたいぐらいだ」


 そう言って衛兵さんはグリフォンの死体をポンポン叩いて回る。


「はぐれグリフォンが出たと通報がありましてね、目撃情報から付近を巡回していた所グリフォンの断末魔の声が聞こえましてな」


「こんなところにはぐれグリフォンなんて珍しいですな、山間部でなにかあったのでしょうか?」


「そうなんですよ、山間部でグリフォンを脅かすような魔物が発生した疑いがありましてそちらにはバリオスが向かっています」


 俺はアウロさんに聞いた。


「バリオスとは?」


「重兵装のワイバーン部隊ですよ」


 そして衛兵さんが続ける。


「ですので、山間部にはしばらく近づかないようお気を付け下さい。また、山間部以外でもコイツのように通常出没しない場所に魔物があらわれる可能性もありますので十分注意してください。それから、こちらのグリフォンですが、いかがされますか?持ち帰られますか?」


「引き取りでお願いできますか?」とアウロさんが答える。


「それでいいですよね?クルースさん?」


 なんて言われても右も左もわからないからアウロさんにまかせる。


「ええ、ええ、もちろんですよ。お願いします」


 という事で衛兵さんとアウロさんで引き取りの手続きが行われた。

 アウロさんは紙に書かれた内容を見てから、「クルースさんも確認してください」と俺に手渡してきた。

 いやー、読めるのかね俺に。しかし言葉は通じているし何とかなるかと思い受け取ると、読めますわ。

 引き取り書と書かれていた。領収書のような内容だったが金百万レインと記載してありそれがどのくらいの価値なのかさっぱりわからない。だが、アウロさんが納得しているんだから構わないだろう。


「はい、確認いたしましたこちらで結構です」


 アウロさんはニコリと笑うと引き取り書にサインをした。衛兵さんはワイバーンに装着してあるサイドバッグから布の小袋を取り出しアウロさんに渡し、「ではご確認ください」と言う。

 アウロさんはしゃがみ込んで地面に布を敷くと受け取った小袋の中身をその上に出した。


「金貨九枚、銀貨九枚、銅貨十枚、はい、確かに受け取りました。ありがとうございます」


「いえいえ、それではグリフォンは引き取らせて頂きますね、ではくれぐれも道中お気を付けて!」


 と言って衛兵さんは敬礼をした。グリフォンは太いロープで縛られ三匹のワイバーンに牽引されて飛んで行った。


「おおっ、よく持っていけますねえ、ワイバーンって力ありますねえ」


 俺は空を飛び去っていくワイバーンを見て言った。


「しかしアウロさん、衛兵さんはずいぶん腰が低いんですねえ、もっと高圧的かと思いましたよ」


「ご領主様のお人柄ですよ。領民あっての領だと常々おっしゃられておりましてねえ、ほんとに、私ども領民は良いご領主様に恵まれとりますよ。しかし、思わぬ収入でしたな。これはクルースさんどうぞ」


 と言って小袋全部を俺に渡そうとするアウロさん。


「失くした財布もこれでお釣りがでるんじゃあないですかねえ」


「いやいやいやいやアウロさんっ!半分こしましょ半分こ」


「いやしかしですねえ、実際に倒したのはクルースさんですから、そこは、遠慮せずに」


「いや、やはり、アウロさんが正面で戦ってくれたから俺もいけたわけなんで、もうそれは半分こ、これは譲れないですよ!しかし、俺はこの国の貨幣価値がよくわからないのですが、百万レインてーとどの位の価値になるんですかねえ?」


「うちの腕の良い職人は月に4万レインの給金を出しておりますよ。まあ、百万レインあれば2年は暮らせますな」


 おいおい、そんな大金を迷いなくよこそうとしたのかアウルさんは。マジで、この人は・・・。俺は胸が熱くなった。


「アウロさん、これは山分けですよ。ねっ!」


「そこまでおっしゃって頂けるなら。・・遠慮なく。しかしですね、クルースさん。グリフォンを倒せるというのはそれだけの価値があるということ、お忘れになられませんように。先ほどの衛兵さんの態度、あれは勿論ご領主様の人徳もありますがグリフォンを倒した者に対する敬意も含まれておりますよ。スカウトしたいというのはお世辞だけではありませんよ。衛兵さんたちの視線に気づきませんでしたか?」


「ええーー、そういうものなんですか?必死だったもので全然実感ないんですけど、で、そんなに見てました衛兵さんたち?」


「ええ、それは見てましたよー。クルースさんの事を」


「えっなんで俺?」


「私は武器の卸もしておりますからねえ、衛兵さんたちの中には見知った顔もありますゆえ。当然、クルースさんの方を意識していましたよ。引き取りの手続きをしている時に小声で聞かれましたからねクルースさんの事を」


「えっえっ、それで何とお答えに?」


「私も今日あったばかりの旅の方だ、と。ただし、腕は立ち教養もある、素性は話されぬがどこぞのやんごとなき方かも知れぬ、と言っておきましたよ」


「またまたまたー、勘弁してくださいよー」


「いや、私もね年食っている分、人を見る目には多少の自信があります。当たらずしも遠からずと思っておりますが、いや、詮索はしますまい。人にはそれぞれ事情と言うものがあります。ねえ?」


 ほんとにこの人にはかなわない。人間力が違うわ。

 俺は考えた。この人に嘘をついたままで、まあ嘘というか素性を隠したままでいいのだろうか?というより正直に言うのがアウロさんに対しての俺の誠意として正しいものなのだろうか?しばし逡巡し、俺は決めた。


「アウロさん、信じていただけないかもしれませんがありのまま話させて頂きます」


 俺は以前いた世界の事から全てを話すことにした。自分のエゴかもしれないが、やはり単純に気が済まなかった。アウロさんはただ黙って俺の話を聞いてくれた。


「・・・・・と、いうわけで気がついたらこの世界に無一文でいたわけなんです。そしてアウロさんに助けて頂いたんです。だから、本当はアウロさんこそが俺にとって命の恩人なんですよ」


「少し質問させてもらってもよろしいですかな?」


「なんでもどうぞ」


 俺はアウロさんがどういう反応をしようと誠実に対応しようと思った。

 アウロさんは俺がいた世界の状況を、特に政治や宗教、戦争について質問をされたので俺がわかる範囲でお答えした。


「そうですか・・・・・。クルースさん」


「なんですか?」


「私は信じますよ、クルースさんが言ったことを。すべてが理解できたわけではありませんが、クルースさんのいやクルスさんでしたか、クルスさんの知識や佇まいは貴族や上流階級の方のものとも違う何か異質なものを感じました。もっと、なんというのでしょうか浮世離れしていると言うのでしょうかね、伝説の大賢者様が今おられたらこうした感じだったのかもしれないと思ったほどですよ。いやいや、そこはご謙遜なさらずに。実際にお聞きした限り文化レベルにはかなりの差があったようですなクルスさんの世界は。しかし残念ながらそちらの世界も戦争や貧困は無くなっていないと言うことで、人間の本質はそう変わっていないとお見受けしました」


 さすがだわ。やっぱりこの人は賢い人だ。なにか一つのことに長い間真摯に向き合って来た人の持つ賢さがあるよ。考え方の土台がしっかりされとるわ。俺も居住まい正されるな。


「おっしゃる通りです。まあ、私はこちらの世界で出会った方はアウロさんと先ほどの衛兵さんたちだけなので、こちらの一般的な人について何とも言い難いですが。前の世界ではアウロさんのような芯のしっかりされた聡明な人は少ないと言わざるを得ないのが悲しいところです。こういう言い方は傲慢かも知れませんが、前の世界でも情報の量が多いからといって必ずしも知恵があることにはならない、逆に情報だけが肥大することで人の質は落ちるのではないか、という声もありました。前の世界では自分は幸せじゃないと言って他者を責める人も大勢いました。物はふんだんにありましたしあらゆる情報を子供でも気軽に手に入れられる、そんな世界でしたが多くの人がそれでも満足できない、幸せと認識できない世界でしたよ・・・・・」

 

 俺は思わず愚痴ってしまった。


「フーム、人とは何とも味わい深い生き物ですなあ。しかしながら、クルスさんはそうした多くの人にはなれなかった、いやならずにおられたのですな。フーム・・・・。クルスさん、いや、これからはクルースさんと呼ばせていただきましょう。結論から言わせて頂きますと、この話はあまり人には話さないほうがよろしいかと思います。クルースさんのような方がおられると言う話は現在では聞いた事がありません。勿論、王様や教皇様などはご存知なのかもしれませんが、我々市井の人間の耳に届いていないと言うことは存在しないもしくは理由があって伏せられていることが考えられますな。もしも理由があって伏せられているのならばクルースさんの素性が広まることはクルースさんにとって良くない物事を呼び込む事になりかねないでしょう。そうしたことが存在しない場合ですが、これも問題があります。この国の宗教、国教はモミバトス教と言って国の政治にも強い影響力を持っているのですが、この教義がですね、モミバトス様は神様の弟であり神様の国からこの世界を救うために来られた神聖な存在で、この世界に兄上様つまり神様の考えを教え広められその崇高な任務を終えられると神の世界に帰られた、と言うものでして、お分かりになられますでしょうか」


 そう言うとアウロさんは俺を見た。


「ええ、なんとなくは。つまり私の存在が神の国を冒涜するものと見られるか、もしくは神の国からの使者ととらえられるか、いずれにしても良くて幽閉、最悪は・・・」


「ええ、そうです。背教者と認定されれば死刑は免れません。教皇様は人格者として知られておりますが、信者や指導者の中には偏った考えを持ち非常に攻撃的な者もおります。そして教団にとって不利益なものを武力で排斥するための組織、神弟の剣協力団と言うものがあります。過去にも自分は神の国からの使者だと言って一部の民衆に人気を得た者がいましたが神弟の剣協力団に捕まり排斥つまり死刑になりました」


 俺は言葉を出せなかった。怖いよ。


「怖い話になってしまいましたが、まあ、そうした所を踏まえて行動されればそんなに心配はないと思いますよ、実際のところは。レインザー王国は他国との交易が盛んですので異国の技術で済む範囲であれば問題はないでしょう。先ほどのテンカラ釣りなど丁度良いレベルですね。ただ、クルースさんが付随して説明されていた魚の食性や環境を研究する視点などは、私が普通の方ではないなと感じた点ではありますね。我々鍛冶師も労力に応じた結果を得るため、納得のいく物を作るための方法を研究し続け現在もそれは続いておりますからね、その視点の背景にただならぬ調査や観察があったであろうことは容易に窺えますよ。そして、それが直接的に商売につながらないことである、というのが私が一番驚いたことです。利益につながることならば人は研鑽も積みましょう、しかしクルースさんは趣味とおっしゃられた。そこに何か浮世離れしたようなものを感じましたな」


 ムムムムム。ちょっと気を付けないといけないな。     

 俺が元居た世界とこの世界の最大の相違はどうやら騎士だ魔物だとかのファンタジー要素ではなく人々の思考や価値観にあるな、どうやら。ここを踏み間違えると最悪死ぬな俺は。


「アウロさん、本当にこの世界で最初に出会えたのがアウロさんで良かったです。改めてなのですが、アウロさんとは友としてこれからも付き合わせて頂きたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、クルースさん、こちらこそそうした付き合いが出来れば嬉しいですよ」


 俺とアウロさんは固く握手をした。俺にとっての一番の奇跡は若返ったことでも異世界に来たことでもなく、アウロさんと出会えた事なのかも知れないな。

 そうして俺たちは再びノダハへと向かうことにしたのだった。


 馬車での道のり俺はアウロさんにこの世界のことを率直に聞いた。

 まずは魔法はあるのか?これ、気になってたんだよね。答えはある、との事で先ほどのグリフォンとの戦いにおいてアウロさんが気を溜めると言っていたのが気になっていたのだが正にそれが魔法の事で、この世界では四大元素が力を持つと認識されており、つまりは地水火風ね、その力を体内に取り入れ何らかの力を発するためにする行為が気を溜め練り上げる事で、学問として一定の理論に基づいて体系化されていて専門家もいるそうだがそうでなくても仕事や生活で必要として身に付けることもあるという。

 アウロさんは仕事での必要から地の力による剛力や火の力による耐火性を使えるとの事。

 グリフォンは火を吐くので耐火性をそして競り合うために剛力を、気を溜める事で発揮してアウロさんは戦ったのだと言う。

 体内で元素の気を溜め練り上げるために呼吸を使うと言うことでアウロさん曰く呼吸と一緒に取り込みへその下辺りまで導き溜めこんで練り上げる。

 そして効果が発揮できると感じられた時点で放出するなり体内を巡らすなりするのだそうだ。

 おおっ、なんだよ、仙道の小周天と似ておるぞっ。

 しかも、大切なのはイメージなのだとか。身体が納得するレベルのイメージ、とアウロさんは言っていた。アウロさんが言うには俺がグリフォンを倒したあの一撃はそれの強力なものなのではないかとの事で、そこから考えたのが、俺が今まで散々触れて愛してきた数々のエンタメ作品の優れた表現こそが、今、自分の身体を納得させるレベルのイメージを持てる糧になったのではないか、という事だ。

 さっき俺が思った仙道の小周天の法もそうだ。

 俺が愛してやまない極上エンタメ小説家作品で主人公が使う技であり良く真似たものだった、今でも緊張したときなどに自然とその呼吸法をしてしまうほどだ。そう言えばグリフォンが現れたあの時も自分を落ち着かせるためにやっとったな。

 アウロさんは気を真っすぐに取り込みへその下つまりは丹田に溜め、鉄を精錬するイメージで体内で練り込み熱を感じたらそれを体内に巡らすのだそうだ。

 俺は先のエンタメ作品の影響で螺旋を意識する呼吸法だったが。

 そして魔物の事。

 この世界には確かに魔物が存在するが一般的に町で生活する分には早々出会うことはないと言う。

 町と町との間を移動するのもご領主様の所有する騎士団の規模やご領主様の方針などで多少の差はあるものの、おおむね安全らしかった。

 特にこのゴゼファード領の現領主キワサカ様は、領民の繁栄は領の繁栄であると言い流通の安定化のために町と町を結ぶ街道の整備やパトロールに力を入れているのだとか。

 アウロさんも一人で行商していたわけだし、街道輸送が命がけだと流通もままならなくなってしまうし至っては税収が下がる結果となるわけだからそこは大事だろう。

 無論、魔物が跳梁跋扈する土地もあるのだがそうした場所に行くのは冒険者くらいであるとの事。

 ここで出ました!冒険者!これですよ、これ。

 まずは冒険者というのは職業であるとの事。

 そして、冒険者ギルドね。

 これは、おおむね前世界で見てきたエンタメ作品でのものと変わらない役割でつまりは冒険者の組合ですわな。

 安全のため冒険者にはランク制度が導入されておりそれに準じた仕事が受けられるわけだ。

 この辺はよくよく考えれば前世界の資格みたいなもんだね。

 冒険者の仕事はおおむねギルドからの依頼をこなす事なのだが、中には既に生活には困らないだけの財産があるために依頼ではなくそれぞれの目的で行動する者達もいるのだそうな。

 ある者は自分の好奇心を満たすために、またある者は名声を得るために、中には自分の国を作るためなんて冒険者もいるのだと言う。

 いいじゃないのー。オラ、ワクワクすっぞ!機会があったら是非とも挑戦してみたい!

 そうして話をしていると時間が経つのは早いものでノダハの町が見えてきた。


「クルースさんはノダハに着いたらいかがされるのですかな?」


「はい、お金はあるので宿をとってしばらく町を散策し、やりたい事を探したいと思います。マキタヤにも落ち着いたら必ず行きますよ。アウロさんはどうされるのですか?」


「私は品物を卸したら孫におみやげを買ってマキタヤに行く者と一緒に帰りますよ。きっとはぐれグリフォンの件で街道往来の注意報が出ているでしょうからギルドでその辺りの事は段取ってくれるでしょう。ザンザス隊も出ておりましたし心配はないでしょう」


「くれぐれも気を付けて、お孫さんのためにもご無理はされないで下さいね」


「ええ、勿論ですよ。クルースさんも息災で。クルースさん、良かったらこれをどうぞ」


 そう言って俺に渡してくれたのはアウロさんの持っていたものと同じ布袋だった、あの切り出しナイフを出した激渋バッグ。


「えっ、いいんですか?これ、実はアウロさんが持っているのを見てかっこよろしいなあと思っていたんですよっ」


 手に持ってみると中に何かが入っている。


「あれ?何かが入ってますよ?」


「ええ、入れ物と中身、どちらもよろしければお持ちになられて下さい」


 中に入っていたのはロールケースに収納された工具セットだった。

 ノコギリ、ハンマー、キリ、ヤスリ、曲尺、ノミがきれいに収納されている。

 超カッコイイんですけどっ!プロの道具って感じっ!思わず目を見開いてしまった。


「どうやら、気に入って頂けたようですな」


 アウロさんは笑顔でそう言った。


「いや、気に入ったも何も、最高ですよっ!本当にいいんですか?本物の職人さんが使う道具ですよね?高価でしょうに!」


「はい、友情の証ですよ、クルースさん」


 アウロさんは本当にいい笑顔でそう言った。俺は胸がいっぱいになり少し泣きそうになった。


「・・・しかし、俺には・・アウロさんに何も・・差し上げられるものが無くて・・こんなに良くして貰って・・どうすれば良いのか・・・」


「何を言ってるんですかっ、クルースさんっ!クルースさんのお話はどれも興味深く価値のあるものでしたよ。なにより、クルースさん、あなたの人柄ですよ。私が一番感じ入ったのは」


 アウロさんは区切るようにゆっくりとそう言った。


「それに、あの釣り方はちょっとした財産ですよ」


 そう言うアウロさんの表情はやはり、いい笑顔だった。

 町に入るとアウロさんはひときわにぎやかな広場に馬車を停めた。


「この辺りがノダハの中心街ですな。人も店も集中しています」


「そうですか。ではこの辺りで。しばしの別れですな。アウロさん。必ずまた」


「ええ、必ず」


 そうして俺とアウロさんは再会を誓い別れたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ一話だけで、長めの短編ぐらいのボリュームで面白かったです!今回の話のサブタイトル“人との出会いって素敵やん”とか、この先の、~やん…と語呂が良いサブタイトルも良いセンスです! [気にな…
[一言] 宗教なんぞそんなもんでしょ。宗教家を名乗る輩にマトモな人間は一人もおらん。
2021/12/19 02:12 退会済み
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