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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.サンダークラップ
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第十六撃

 別にこれくらいはいちいち決意が必要なことではないとアマンダ・ライトは自分に言いきかせて、


「サラさん、ランニングに付き合ってくださいよ。ジムの外の空気吸いに行きましょうよう」


 と申し出た。なにごとか考えていたようすのサラはくわえていたストローを口から離し、


「ああ、良いよ」


 休憩時間にそのようなことを言ったのはおかしかっただろうかと思いはしたが、サラの返事はさいわいそれを気にしたふうもないようだった。


 ジムから出るや、二人並んで走りはじめる。


 ランキング発表以来の最近のサラは考えごとをしていることが目に見えて多くなった。


 これに気づいている者は自分一人だけではないだろう。ルーチンワークはこなしているようではあるのだが、声をかけても反応が鈍かったり、頭を使うようなトレーニングでは実力を出せなかったりしていた。トレーナーもおそらく違和感ぐらいは覚えているに違いないだろう。もちろん練習とはいえ集中力を欠いていては命にかかわってくる。最低限のそれを維持したうえで、おかしいと思われることが何度もあったのである。


 二人のスニーカーがアスファルトをこする音が響く。


 吐息の音がリズムを刻む。


 景色はジムのある住宅街から離れて河川敷に移った。水を水道とはまた別に川として水を流すのには工業的な理由や景観的な理由があると学校で教わった気がしたが、あまり学業に精を出さなかった側の人間としてはもはや記憶にはない。


 川から水の流れる音と漂う涼気が心地よい。ときおり近所の学校から聞こえてくる体育の授業の声に通学していた時代を思い起こされる。


 気がつけば、汗ばんだサラの背中が少し離れて見えるほどになっていた。迷いごとをしていたのでつい走りが遅くなっていたのに気づき慌てて加速するや、


「なにか言いたいことがあるんじゃないの」


 サラが立ち止まって振り返って、走り寄るアマンダを両手で受け止めた。


 見透かされていたことに顔が熱を持つのを感じた。


 言うべきか言わないべきか。


 誘っておいてここで迷うのは意味不明だと思い、意を決して、


「あの……、引退しないでください……っ」


 身を離したサラは目を丸くして、


「どうして、それを?」


 とは口にしなかったが、そう言いたげな表情をして黙っている。


「最近のサラさんおかしいです。

 まるで、〈ZGA〉に心が向いていないみたいです。

 わたしだって数年間〈ZGA〉をやってきた人間ですから、辞めていった人たちを何人んも見ています。

 その人たちと、サラさん、同じ顔をしてる……」


「さすがに」


 サラはゆっくりと話し始め、


「この歳になると今後の身の振りかたについて思うところはあるよ」


 川の流れを見やっている。近くのよどみからタプタプとした音が聞こえてくる。


 アマンダはサラの言葉を聞いて、


(やっぱ予想通りだった……!)


 という手ごたえを感じつつも、震え、胸の奥に苦しさを覚えた。


「辞めないで、くださいよお……っ」


「どうして」


 慈愛の微笑みすら浮かべてサラはこちらに視線を移した。それは強がりに違いないとアマンダでさえわかる。先輩はこんなときでさえも先輩でいようとしている。


「サラさんは、前に、わたしがいろいろ過去のことで悩んでいたころに、『後悔するようなことがたくさんあったのだとしても、それでもそのときの自分の器量で最大限やってきたなら、そこさえ確かなら、悔やむことを含みつつ過去を受けいれることはできる。後悔と肯定は両立する』って言ってくれたじゃないですか。

 そのときの言葉に、わたし、救われたんですよ」


「覚えてないよ、そんなの」


 表情からするとほんとうに記憶にないようである。


「後悔をしながらも過去を肯定することができるなんて思いもしなかったから、わたし、ほんとうに目が覚めた気持ちで……。二者択一の思いにとらわれていたわたしが解放された思いをしたんですよ。

 覚えてないっての、正直ショックでしたけど」


「ごめん……」


「いえ……、謝ることじゃ……。

 覚えてないにしても、自然体でそれを言えたっていうサラさんがすごいって思うから、だから、そんなサラさんが辞めてしまうの、寂しいです」


「どうしたものかな」


 再び川の流れに目を向けている。


 水流に自分の行く末を投影する思いでもあるのだろうか。


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