第十二撃
「ジョー、すごい……!」
十数年後のことである。
乗客を楽しませる仕組みを一切欠いた内装の宇宙船の中で声を上げた。
二人ばかりが入るだけで満室になる小部屋で、乗客用のシートに腰を下ろしている。
「いや、まあ……。結構な値段したからな……」
あきらかに照れているようすのジョーはインターフェイスを操作しながらこの小型宇宙船を操縦している。
この船こそが、ジョーが下積み期間を終えて独り立ちするに際して購入した資源採掘船レッド号だった。
最新の型よりは少し前のものだが、だからといって機能不足を意味するものではなく、多少インターフェイスの見やすさが違うていどで、こういうものだと割り切れば特に不備は感じないということである。
「さすがに最新型の値段は貯金とはかりにかけると無理だってことになるけど、だからといって不満はまったくないんだ。
ちょっとばかり小型で窮屈だけど、最初から大人数を雇って仕事できるわけでもないし……。
今日はじめてこの船を動かしたんだけど、なかなかだろ」
運転に集中しているようでありながらどこか落ち着かない様子なのが感じられた。その微妙な緊張に感づけたのは〈ZGA〉で鍛えられた感覚によるものだろう。自分のメンタルの調子を把握し、敵のメンタルの不調を突くということを繰り返していれば嫌でもそのようなことはわかってしまう。
(今夜のことを考えているんだな、きっと)
くすくすと笑いだしてしまいそうになるのをこらえる。
夜を二人きりで過ごしたいということである。だから自慢げなことを言う。自分の思ったことをはっきり言うようでありながら、意外と不器用な性格をしているところがジョーにはあった。それを知ったときには面倒なやつだと思いもしたが、今となってはそういうものなのだとすっかり受け入れていて、それどころか魅力の一つとさえ感じてもいる。
二人の前にあるモニターには惑星ペイルーフの姿が映っている。
遠くの場所にあるこの惑星を拡大表示しているのだが、人類の生存を拒むような雄大さがあり、恐怖を覚える。
そのような恐怖の感情さえ今という時間においては愛おしい。
ついこの前には試合があり、それに備えるにあたってジョーとしばらく会わないでいたから、自分自身にも二人で過ごしたいという気持ちはあったし、ジョーにも当然それはあるだろうと思われた。
ジョーは、
「こんな立派な船を手に入れられたのは、サラのおかげだ。
サラが勇気をくれたからだ」
熱っぽい目でこちらをちらりと見てきた。
(来た)
と思った。
「サラが一所懸命に頑張っている姿を見せてくれたから、俺も頑張ることができた。
それだけじゃなくって、その裏のつらいところも俺に見せてくれたから、俺はより一層頑張って、こうして独立することができた」
「そんなこと、ないよ。
ジョーが船を手に入れられたのは、ジョーの力だよ。
もしジョーを勇気づけられたとしても、それはわずかなことだよ」
敢えて否定してみせるのは、
「それは違う」
と熱い調子で反論してくれるのを想定していたからである。
「サラの力はわずかなんかじゃない。
俺にだってつらいことはいっぱいあったし、それを乗り越えられたのは、やっぱり俺の力だけじゃなくって、サラがそばにいてくれたからだ。その存在は決して小さなもんなんかじゃない」
「ありがとう、嬉しいよ……!」
今度は素直に受け取っておく。
不器用なジョーをこうして少しだけ振り回すのは何とも心地よかった。
ジョーは黙り込んでしまう。それ以降何も口にせず、そしてこちらも何も言えないでいた。ジョーの目の前にあるインターフェイスから発する小さな警告音等ばかりがやたらとうるさく感じるくらいだった。
サラは目の前のペイルーフの景色に見入った。
こちらから話しかけたほうが良いのか、それとも向こうから話しかけてくるのをまつべきか。
いけない、振り回しているつもりで、はまっているのはこちらのほうかもしれなかった。
初々しいカップルでもあるまいし、夜を二人で過ごすくらいのことでいちいちこのような沈黙をしてしまうというのも我ながら笑いだしてしまいそうになるところではある。そのような行為をしたのは一度や二度ではないというのに。
「大事な話があるんだ」
沈黙を破ったのはジョーのほうからだった。
サラはうなずいた。
「結婚して欲しい」
その言葉に対して、何を言われたのか理解が追いつかず、黙り込んでしまう。
「お、俺は二人で幸せになりたい。
ひたむきで一所懸命な君と家族になりたいんだ。
だから、結婚して欲しいんだ……!」
やや勢い込んだようすでジョーが言ってきた。
「は、はい……!」
気圧されるかたちで返事してしまった。
返事してから猛烈に嬉しさに襲われてしまった。二人で夜を過ごすことばかり考えていた自分が馬鹿みたいで、その裏切られ具合が心地よかった。
いつかこの日が来るだろうとは思ってはいたのだが、同時に、結婚しないままずっと恋人の関係でいるかもしれないとも予測していた。
そういうつもりでいたところにジョーは決心して想いを打ち明けてくれたのである。こちらの受け入れ態勢は充分に整っていた。なんとなれば今日にでも届け出を出してしまいたいとさえ気持ちが先走っていた。
「ジョー、嬉しいよ、ジョー!」
抱きつくのを許してくれないシートベルトが恨めしかった、のだが、
「けど、結婚するについて、一つお願いがあるんだ」
ジョーが罪を告白するかのような表情を見せた。
「なに?」
「〈ZGA〉を、引退して欲しい」
「……え?」
ジョーは何を言っているのだろう。まったく理解ができない。〈ZGA〉に打ち込んでいる姿に魅力を感じていたのではないのか。その姿を好きだと言っておいて、それを辞めろと言うのは矛盾している。
「サラなら、〈ZGA〉の経験をいくらでも生かせる仕事をいくらでも見つけられるはずだ。
精神的な強さ、肉体的な強さ、駆け引き……、いや、俺が語らなくってもサラ自身が理解しているはずだ。
だから、〈ZGA〉のような危険な競技は辞めて、安全な仕事に就いて欲しいんだ……!」
「〈ZGA〉をやっているところも含めて好きなんじゃなかったの!」
声に怒りがこもるのが抑えられない。
ジョーはうろたえた様子で、
「それは、そうなんだけど……。
でも」
「『でも』じゃない」
「でも、結婚となると話は別だ」
強引に話を続けてくるジョーに、
「〈ZGA〉をやっていない自分なんて、もう自分じゃない!
それは、結婚するからどうとか関係ない話だ!」
口喧嘩をはじめることになり、レッド号はサミュエラに引き返してしまうことになってしまった。