救出、そして…
その時だった。
城の外がにわかに騒がしくなった。
ライは窓から外の様子を見た。『フリージア』もその後についた。
「みんな!」
驚く『フリージア』の言葉に、ライは怪訝な顔をした。
「護衛か? 追ってきたのか。」
窓の下では、ランスを先頭にセンやキホクらが果敢にも戦っていた。『フリージア』の脳裏に、カネの塔での出来事が蘇った。 傷だらけになっても自分を守った彼ら…
「フハハハハハ!!! 無駄なことを! マタイの軍の強さをまだ分からぬのか。」
そう…勢いでとはいえ、『フリージア』を追ってきたのはごく小数。 マタイにはまだ、多数の軍隊がいる。 かなうわけがない。
『フリージア』は扉に駆け寄り、部屋から脱出しようと試みた。しかし、扉は頑丈な鍵が掛けられていた。
バンッ!!
『フリージア』の肩越しに、ライの手が扉を叩いた。
「無駄だよ。 マタイに入ったからには、姫もあいつらも出られない。」
ライは勝ち誇ったように笑った。
それならば! と今度はライの脇をすり抜け、窓へと走った。そしてバタンッ!!と窓を開け放った。
それにいち早く気づいたキホク。
見上げると地上3階の一室から『フリージア』が身を乗り出していた。
「姫!!」
背後からライが捕らえようと掴みかかった。
が、たくみにライの腕からすり抜けると、窓の手すりに足を掛けた。
「まさか? 飛び降りる気かよ!?」
気づいたランスが驚いて声を上げた。
その予想通り、『フリージア』は躊躇無く身体を宙へ舞わせた。
「! 姫!!」
護衛一同青ざめた。
それを横目に、彼女は傍に植えられた木々の枝をくるくると伝い、姫を迎えに来たランス達の目の前に無傷で降り立ったのである。
驚きの余り言葉が出ないランス達を目覚めさせるに、多くの時間は要らなかった。
再びマタイの兵が襲い掛かってきたのである。
その動きを止めたのは、地上3階からの怒号にも似たライの声だった。
「待て!! 姫にキズを付けるな! 俺が行くまで逃がすな!!」
何とも難しい命令に戸惑う兵たち。
その僅かな間を突いて、動物使いセンが指笛を吹いた。
ピーーーーーーーーーーッ!!!
するとすぐに、遠くのほうから大きな羽根の羽ばたく音が聞こえてきた。 動揺する兵たちの前に現れたのは、人の何倍もあるかのような鷲2羽だった。
驚いて逃げ出す兵たちを蹴散らすようにランス達の前に降り立つと、頭を垂れた。
センは右手を高々と上げた。
「チラン、ツシロ、ありがとう!」
にっこりと微笑むセンの後ろには、驚きの顔を浮かべるランス、キホク、『フリージア』たちの姿があった。
ランスはやっと一言を発した。
「お前、すげー必殺技持ってんな…」
「そんな事より! さ、乗って!!」
「え? 乗るの?」
有無を言わせず、センに促されるまま、ランス達は二手に分かれて乗ることになった。
★★★
センとランスの乗るチランを前に、後ろからキホクと『フリージア』の乗るツシロ。
小さくなっていくマタイを振り返りながら、ランスはセンに尋ねた。
「なぁ…コイツら、何?」
少し戸惑いながらなでるランス。がっしりした体には、びっしりと立派な羽根が敷き詰められていた。 手触りは悪くない。
「チランとツシロ。 ボクが育てた大鷲の夫婦だよ。 最近やっと、遠くから呼べるようになったんだ。」
「知らない間に…… 結構やるな、お前。」
ニコニコと微笑むセン。 ポンポンと首をやさしく叩くと、チランは嬉しそうに一声上げた。
その後ろからぴったりと追うツシロ。
「セン、やるな。 それに結構乗り心地も良いし。…?」
キホクは、自分の背にしがみ付く『フリージア』が少し震えている事に気づいた。
「どうした? もしかして、高いところが怖いのか?」
「…違う。」
「だろうな。3階から飛び降りてくる奴だもんな。」
「…ごめん。…」
明らかに深く沈んだ『フリージア』の声に、キホクもさすがに気を使い始めた。
「どうした?」
「…ごめん…なさい。」
「…」
「思い出してしまったの…。 カネの塔での事。 …皆キズだらけになっても私を…いえ、『フリージア』を守っていた。 命に代えても使命を全うしようとする姿が…。 また犠牲を出すかもと思って…怖かった…」
「だから、自分の危険を冒してまで逃げ出してきたのか?」
「…」
「そんな事をされて怪我でもされたら、余計俺たちが困るんだよ。『何も出来ないお姫様』が飛び降りようとしたとき、皆どれだけ動揺したと思ってるんだよ?」
『フリージア』の胸がキリキリした。
「キホク…ごめんなさい…」
「謝るな! むしろ、『もっと早く助けに来い』ぐらい言えば良いんだよ!」
キホクは、震えながらしがみつく彼女の手をギュッと握った。
「大丈夫だ。 お前の事は必ず守るから。」
4人を乗せた2羽は無事にスナ国に着いた。
『フリージア』はランス達に礼を言うと、そのまま国王のもとへ向かった。
その表情は、再び姫としての毅然とした様子へと変わっていた。
大広間には、国王が鎮座していた。
その顔に、焦りや安堵といった類は全くといっていいほど感じられなかった。
『フリージア』はひとりその御前に立った。
「ごくろうであった。」
ジアスは冷たく言った。 その言い方を当たり前のように受け、『フリージア』は一礼すると、同じく淡々と語り始めた。
「少し騒がしくしてしまい、申し訳ありませんでした。 しかし、マタイの思惑を聞き出す事には成功しました。」
「そうか。 では聞かせてもらおう。」
「はい。−−−」
『フリージア』は休む間も与えられず、ジアスに全てを話した。
「このたびの働き、ごくろうであった。 もう少し犠牲が少ないと良かったのだが、それも致し方ない… しばらくはマタイも襲ってはこまい。 ここに体を休めるも良し、一旦帰るも良し、好きにするが良い。」
彼女は何も言わず、深々と一礼した。