マタイの思惑
「さあ、姫様。こちらへ。」
『フリージア』はおとなしくレイユの後をついて歩いた。
マタイの城は、スナのそれとは比べ物にならないほど大きく広く、所々に機械仕掛けのカラクリもあり、重層感にあふれていた。
『フリージア』は謁見の間に通された。
そこには既に国王スザク、その横に王子ライが待っていた。
2人ともガタイが良く、大きいはずの椅子が小さく見えた。 黒々と蓄えた黒髭が、身体をより一層たくましく見せていた。
国王は和んだ表情で『フリージア』を見下すと、低い声で言い始めた。
「我はマタイ国王スザク。 手荒な真似をして申し訳なかった。 だが、お互いの国のためだ。 フリージア姫。 主も自分の国に犠牲を増やしたくないであろう?」
『フリージア』は黙って王を見据えていた。
スザクはその態度に満足気に笑みを浮かべると、話を進めた。
「まことに気品のある方だ。 紹介しよう。 息子ライだ。」
「初めまして、フリージア姫。 これから長い付き合いになるでしょう。 よろしく。」
隣に座るライが父に似た満足げな笑顔で言ったが、『フリージア』は毅然とした態度を崩さなかった。
「あなた方は、国を司る責任ある者でありながら、他国の根拠の無い噂を信じて、国を動かそうとしているのですね?」
「その噂というのも、マタイだけでなく他の国々でも広まっているようですぞ。 その力を巡って国同士が争うことになる前に、私たちだけで治める。 丁度、お互いよい齢ではないか?」
「もし、その噂が嘘だったら?」
「フン。」
スザクは鼻で笑った。ライも微動だにしなかった。
そんな余裕を見せるマタイ国王たちに心底嫌気が差しながら、続けた。
「少し考えれば分かることよ。 あなた方は、心無い旅人や商人たちによって流されたデマに踊らされているだけ。 結局噂はデマだと分かれば、この国も崩壊へと向かうだけよ。 それでもあなた方は計画を遂行するのかしら?」
「それでも良いのだ。」
スザクはまだ薄ら笑っていた。
「もし魔の力が生まれなくとも、この国はこれからも繁栄する。噂話はそのきっかけに過ぎん。」
『フリージア』は呆れていた。もうこの人たちに何を言っても聞き入れてはくれないのか…
そんな彼女にライが近づくと、その腕を掴んだ。かと思うと軽々と肩へと抱き上げた。
「!! 何をするの!!?」
抗おうとするも、ライはびくともしなかった。
「下ろしなさい!!」
ライは微笑みながら大広間から出ようとすると、歩を進めた。
「まあ、あきらめな。」
余裕で歩く肩の上で、彼女は懸命に暴れていた。
★★★
ドサッ!
『フリージア』はライの部屋のソファに投げ下ろされた。
「結構な扱いね!」
声を荒げると、ライは少し驚いたように言った。
「おぉ、すまん。 女の扱いに慣れていないのだ。」
「常識よ!」
『フリージア』はふてくされた表情でソファに座りなおし、足を組んだ。
ライは気にしない様子でその横に座り、ワインをグラスに注いだ。 そのグラスを『フリージア』に手渡すと、自分もグラスを持った。
「まあ、これから長ぁい付き合いになるんだし、お互い仲良くやろう。」
そう言うと、彼女のグラスに自分のそれを当てた。
チン★
「噂が嘘でも良いと言っていたわね?」
『フリージア』は口を付ける事無く話し始めた。
「あぁ、言ったよ。」
ライはグイッと一気に飲み干すと、気持ちよさそうに息を吐いた。
「ウソだからな。」
「何ですって?」
『フリージア』は耳を疑った。
「金があれば何でも出来るってことさ。」
「あなたがやったのね?」
「さぁ?」
ライは嬉しそうに笑った。明らかに何か含んでいる笑いだった。
「ま、どっちでもいいさ。 実は、欲しいものがあってな。」
ライは豪快ににやついた。
「スナ国の地下には、我らマタイの飛行術に必要なものが埋まっているのさ。 それが何だか分かるか? 燃料さ。 飛行船を動かすにはエネルギーが要る。 そのエネルギーのもとが、スナ国の地下にたんまりと埋まっている。」
「そんな…じゃあスナ国はどうなるの?」
「何も滅亡させたり城を壊すつもりはない。 お互いに潤う事になる。 不都合なことなど無いはずだ。 しかし何故スナ国は、マタイのこの強大な力を拒むのか…」
ライは2杯目のグラスも飲み干し、『フリージア』の身体を舐めるように見た。
「ま、もうひとつ欲しかったものは手に入れたし。 満足だ。 これからが、楽しみだな。」
彼女は激しい嫌悪感に襲われた。
「あなたの思惑通りにはならないわよ!」
ライは意に介さず、と言った風に鼻で笑った。