名も無き幼少期
「ほら! もっと腹に力入れて!!」
「はい!」 バシッ☆
「違う!こうだよ!」
「はいっ!!」 バシィッ★
木々の間に、キホクと『フリージア』の声と、何かがぶつかり合う音が響いている。
『フリージア』はキホクに武術を習うことにしたのだ。
「なかなか付いてくるけど、大丈夫か?」
「平気よ。 自分の身を自分で守るのも大切だと分かってるもの。 これでも、本物のフリージアよりは強いつもりよ。」
彼女は、城に来て初めてニッコリと笑ってみせた。 そしてそれもまた、フリージアとそっくりなのだった。
「基本的な事は、備わっているみたいだな。」
少し汗を流しながらキホクが言うと、
「習ってたから。」
『フリージア』はそれよりももっと汗をかきながら答えた。
「習ってた?」
体を休ませながら、キホクは尋ねた。
「そうよ。 習ってたの。 小さい頃、10年位ね。」
彼女はキホクに並んで切り株に座ると、水を美味しそうに飲んだ。そして、思い出すように話し始めた。
☆☆☆
「私は覚えていないけど、多分物心付いたときには親から離れて、武術家の師範と2人で森の中で暮らしていたの。 師範は…ハイムと言ったわ。 体力も大事だけど、心も鍛えてくれた人。 姫の影武者として、城の中で育てられる事も考えたとは思うけど、結局ハイムが外へ連れ出したみたい。」
「ハイムの名は聞いたことがある。俺たちの師グイラムの恩師だったらしい。 相当な武術家らしいが、…今ハイムはどこに?」
すると『フリージア』の表情が曇った。
「死んだわ…」
「…」
「私が15の時、迷い込んできた山賊にね。 あれほどの武術家でも、13人の男達には敵わなかった。 私は、隠れてハイムがいたぶられるのを見ているしかなかったの。 …それからしばらくは、全てを恨んだわ。 私自身の宿命も。」
『フリージア』はこらえ切れなくなったように立ち上がり、再び体を動かし始めた。
「ハイムを殺したようなもの…私は何故生まれてきたのか、疑問で…迎えに来られた時も…本当に来るとも思ってなかったから驚いたけど…、従うべきかどうか迷ったわ。 でも吹っ切れたみたい。」
ホウゥッと息をついて、キホクを振り向いた。
「何故?」
「さあ。」
『フリージア』はそれだけ言うと、体を動かし始めた。