『フリージア』の告白
「キホク…」
椅子に座って外を見ていたキホクは、姫直々の訪問に驚きを隠せず、驚いて立ち上がった。
「どうしてここに?」
『フリージア』は無表情を装いながらも、その瞳には何か揺らめくものが映っていた。
「私、あなたに言わなくてはならないことがあるの。…ごめんなさい。」
「何故、謝るのですか?」
キホクは動揺していた。
「あなた、この前言ったわよね? 『お前には生きたいという気力が感じられない』と。 …そう、私はここに来たとき、死んでも良いと思っていた。 でもあなたたちは、こんな私を守る為に命を掛けていた。 こんな矛盾ってないわ…。」
「ちょっと待ってください。 『ここに来たとき』って…どういう意味ですか?」
「私は…」
『フリージア』は戸惑った様子をみせたが、意を決したように口を開いた。
「私は、影武者なの。」
キホクは耳を疑った。
「なんだって?あなたは姫じゃないのか??」
「そう。私はフリージアじゃない。」
キホクは目をも疑った。
「だってその姿は…!」
そう、目の前の彼女はまさに、フリージア姫そのものなのだ。
幼いときからスナ国内で武術を学んでいたキホクは、御前試合の際に姫の姿も度々目にしていた。
ランスたちも然りである。
それが騙されるほど似ている目の前の人物に、キホクは動揺を隠せなかった。
そして、自分達を欺いていた国王達にも怒りが生まれていた。
「いつからだ?」
キホクの声に力が入った。
「いつから 姫と入れ替わっていた?」
「マタイから書状が送られてしばらくしてからよ。」
「えっ? それじゃあ、ついこの間じゃないか?」
「そうよ。」
こんなに似ている人が、世の中に居たのか…。
キホクは影武者『フリージア』の顔をじっと見ずにいられなかった。
「この事は、ランス達も知っているのか?」
「いいえ。 私が人に話したのは、あなたが初めて。」
「何故俺に?」
「…言わなくてはいけない気がしたの…。 何故かあなたにだけは…」
『フリージア』本人にも、何故こんな気持ちになったのか分からなかった。
キホクはやっと事の重大さを受け止め、落ち着き始めていた。
「本当の名は?」
キホクは聞いた。
「私は『フリージア』…」
「そんな事を聞いているんじゃなくて、君の本当の名前だ。」
「………」
彼女は困った顔をして、そして悲しげに微笑んだ。
「無いわ。」
「無いって…? 名前が無いだって? そんなバカな!」
「本当よ。私は『フリージア』として生きてきたの。」
「そんな…」
キホクは愕然とした。
『フリージア』がキホクに言った事は、2人だけの秘密だった。本当は誰にも知られてはならないことだった。
だからキホクには今まで通り、姫としての応対をするように頼んだ。キホクにとっても、今はそうした方が良いというのは分かっていた。仲間を裏切るようで心の底では辛かったが…。
そしてもうひとつ、彼女はキホクに頼みごとをした。