アウトロスの決意
治療の間借りていた部屋で荷物をまとめている所へ、アリシアが訪ねた。
「アウトロス。」
「アリシア様! こんな埃の舞うような所へ来てはいけません。」
慌てて部屋から追い出そうとする彼をすり抜け、アリシアは部屋に入った。
「アリシア様…」
困ったような顔のアウトロスを尻目に、アリシアはだいたい片付けられている部屋を見回した。 部屋の中にただよう埃が、光を反射してキラキラ輝いていた。
「もう会えなくなるなんて、いやだからね。」
アウトロスは観念したように、そっと扉を閉めた。 そして、換気の為に窓を少し開けると、また荷物をまとめ始めた。
「もう会えないの?」
彼は無言で作業を続けた。
「私は、あなたに恩を返したいの。 何か、私に出来る事はない?」
アウトロスは、ピタッと手を止めるとアリシアを見た。
「アリシア様。 私は最初、この治療を努めるにあたって、国王と固い誓約をしました。 その内容は、普通の心情とは思えないほど冷たいものでした。」
アリシアはただ部屋に通されただけで、治療に関する事情は何一つ知らされていなかった。
「何があったの?」
「今だからお話しますが… 国王は側近のヨミを通じて、この城で見聞きしたことを何一つ口外しないようにと。 そして、アリシア様の傷の経緯を大まかに伝えてきました。 そして、アリシア様。 あなたは本当は存在しない事になっていると。 わが国の姫は1人でしかないと。」
アリシアは黙って聞いていた。
「そんなバカな話があって良いのでしょうか? 父親として、娘の存在を消すなどと… それを聞いた時、アリシア様には申し訳ないのですが、国王はなんと冷たい人物かと思いました。」
アリシアは微笑んでうつむいた。
「彼は父親の前に、国を司る者。 国の為に、何でもする人よ。 私はその娘。全て、承知しているわ。」
アウトロスは信じられないといった顔で首を横に振った。
「私も、自分の運命を何度恨んだ事か知れないわ。 でも…私は父の、国に対する愛も感じているの。 ちょっとやり方は冷たいかもしれないけど、不器用な父のすることですもの。」
アリシアは微笑んでアウトロスを見た。彼は驚いた顔をしていた。
「あなたは本当にお強い人だ。」
「色んな事があったもの。」
フフフッと笑った。 何も気負いしていない顔だった。
アウトロスはそれを見て、胸のつかえが取れたようだった。
「そうなのですね。 アリシア様。 では、私も覚悟を決めました。」
「?」
「この私でよければ、またこの城に帰ってきても良いでしょうか?」
するとアリシアは疑問気に見上げた。
「父を…良く思っていないのではないの?」
「初めはそうだったのですが…」
アウトロスは、アリシアに家族を合わせる為に国王と話した時の事を思い出していた。 あの時、確かにジアスは『父親』だった。
「少しだけ、国王の父親としての心にも触れられたので、正直迷っていたのですよ。」
アリシアの顔がパッと明るくなった。
「父は難しい人かもしれないけど、尊敬出来る良い人よ。」
「はい、私ももっと勉強しなくては。」
アリシアはにっこりと微笑んだ。
「必ず帰って来てね!」
アウトロスは身辺整理をする為、故郷へと帰って行った。
必ず城へ戻ると約束をして…
★★★
アリシアの傷が完治してから約3ヶ月経とうとしていた。
相変わらずスナ国の姫は『ひとり』と公表したままだったが、国王は2人の娘を代わる代わる公務に出しては、国の平和を乱さぬよう努めていた。
2人の娘はそんな関係を、むしろ楽しんでいるようだった。
まだ若い2人。 有り余っている好奇心やスタミナは、時に母ラビリスを悩ませた。
「まあ、良いではないか。 城の中でしか、2人は個人となれぬのだから。」
ジアスは目を細めて2人の姿を見つめていた。
ラビリスもまた、嬉しそうに家族の姿を見つめた。