カネの塔
20歳…本来なら祝福されるべき日に、こんなにも暗く迎えることを誰が予想したのだろうか…。
朝 まだ陽も昇らないうちから、城の内部はぴりぴりした空気に包まれていた。
カネの塔は細長く高い建物で、毎日の時報を伝える為に建てられたものだった。
その為、内部は狭い螺旋階段があるのみ。
明らかに戦闘が出来る場所ではなかった。
マタイ国はそこに付け込んで、空から穏便に姫を頂こうと思っているのだろう。
マタイ国。
飛行術に長けた国である。
それに比べ、飛行術を持たないスナ国にとって、地上を通らずしてカネの塔最上階へ侵入されれば、成す術がないのも同然。
今まで黒煙と悪臭が伴う飛行術を敬遠して、あえて交流を深めなかったツケが回って来たのだと、一部の民が囁いた。
だがしかし、このまま指をくわえてただ姫がさらわれるのを見ているだけで居られるわけもなく、ランス達に全てを託す国民たちであった。
スナ国に避難勧告が出された。 出来うる限り、民に傷を負わせたくない国王のせめてもの手段だった。
フリージア姫本人もまた、自分の影武者の無事を祈っていた。
★★★
月が真上に差し掛かった。
雲が時折流れる、とても美しい夜だった。
『フリージア』は黙ったまま、ひとり カネの塔最上階の小部屋に用意された椅子に座っていた。気品漂う顔に、雲の影が流れていた。
やがて、どこからとも無くカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。かと思うと、遠くの空に黒い点が生まれた。
そしてそれは次第に大きくなり、形を現してきた。飛行船である。
彼女はそれでも真っ直ぐに「それ」を見据えていた。
マタイ国の飛行船は、ゴウンゴウンという轟音と共にゆっくりとカネの塔へ近づいた。
やがて黒煙が塔を包み込んだ。
その爆風に髪をはためかせ、ゆっくりと立ち上がった『フリージア』の前に飛行船の扉が開き、中から1人の男が姿を現した。
「お迎えに上がりましたよ、お姫様。」
勝ち誇った表情で、その男は手を差し伸べた。
「名を名乗りなさい。」
『フリージア』は毅然とした態度で言った。
男は少し驚いたが、すぐに申し訳なさそうに、
「それはそれは、大変失礼いたしました。私はマタイ国の王スザクの側近、レイユと申します。フリージア姫、あなたをマタイ王のもとへお連れするため、ここに参上した次第でございます。」
「何のために?」
「それは、あなたとスザクの息子ライを結びつける為でございます。」
レイユはずっと微笑んでいた。
「私は、あなた達の思惑に従うつもりはありません。このままお引取りください。」
『フリージア』はレイユから目を離さなかった。
レイユはそれでも
「そういうわけには行きません。これはスザクの命。マタイの国のために、どうしてもあなたを連れて帰らなくてはなりません。」
「そのようなこと、私たちには関係の無いこと。森の中で鹿でもお捕りになって、それを土産にお帰りになったら?」
レイユの顔がこわばった。
「それでは、力ずくでも!」
レイユの合図で、飛行船の中から何十人という兵士がカネの塔へと侵入した。さらってでも姫を連れて来いとの命なのだろう。
その中の1人が『フリージア』の腕を今にも掴もうとしたその時、待機していたランスたちが飛び出してきた。
「俺たちが居るのを知ってか知らずか!」
ランスは狭い小部屋にも関わらず、得意の剣を振り回して兵士を蹴散らした。センやキホクたちも応戦し、『フリージア』は彼らに守られるようにその背に隠れていた。
マタイ国の兵士も戦い慣れしているようで、ランスたちを手こずらせた。それでもランスたちは必死で兵士を迎え撃った。