アウトロス
アリシアはその顔の傷を治すため、城の一角の部屋に居た。
医者が来るという方角からは柔らかな光が差し込んできて、その暖かさの中にいるだけで、眠りにも似た気持ち良さを感じることが出来た。
アリシアは今、とても落ち着いていた。
生まれてからずっと、この身を自分のものと感じたことは無かった。 許されることではなかったし、むしろ考えることもなかった。
これからは、この体は私のものなのだということを許された。
『国の物』ではなく、『自分の物』なのだ。
アリシアはやっと、自分を取り戻すことが出来かけていた。
そんな新しい幸福をひしひしと感じていたのだった。
柔らかな大ぶりの椅子に座って陽の光を浴びていると、コンコンッとノックの音がした。
「はい。」
開かれた部屋のドアの方を見ると、召使に付き添われた医者とおぼしき男性が部屋の入り口に立っていた。
「失礼致します。 姫様のお顔の傷を治す為、内密に命を受け来城致しました。」
深々と一礼する男の顔はまだマントに隠れていたが、すぐに取り去った。
切れ長で青い目。 深い藍色の長髪。 年の頃は50歳くらいだろうか。 初老と呼ぶにはまだ若そうな感じを受けた。
「ご苦労様。 下がっていいわ。」
アリシアは使いを下がらせると、医者を中へ招きいれた。
「素性を聞いてもいいかしら?」
「はい。 名はアウトロス。 ミドリ村の出身です。 今は近郊の村で開業医をしております。」
「私のことは知っていて?」
「ええ。 この事に関しては、国王と固く誓約を交わしました。 どうぞ、ご安心を。」
アウトロスの深く優しさを感じるその声に、アリシアの居心地は良かった。
家族が親身になって探してくれた目の前の人物。
託してみることにした。
軽く触診をして、アウトロスは持ってきた薬草を調合し、火傷の痕を治療し始めた。
「だいぶ放っておいたようですなぁ…。 浸食が激しい。」
「痕、残るかしら?」
心配げなアリシアの声に、アウトロスはにっこり笑って言った。
「心配ありませんよ、姫様。 時間は掛かるかも知れませんが、私の持ち得る全ての知識と技術で、必ずや治してみせますよ。」
その深く優しい微笑み。
そんな笑みに、アリシアもそっと返すのだった。
アウトロスはアリシアの傷が治るまで、物資を調達したり必要な時以外はほとんど、泊り込みで治療に携わることになっていた。 アリシアは、そんなアウトロスを案じた。
「ずっと家に帰れないのは辛いでしょうに。 家族も居るんでしょう?」
アウトロスは少し苦笑いを交えて言った。
「いえ。 私に家族はおりません。 村には弟子も残っておりますし、何か大きなことが起こらない限りは大丈夫です。 いやはや、こんな歳になっても医業一筋なのも問題だと思われるかも知れませんが…」
「いえ。 とても素晴らしいと思うわ。」
アリシアは少しホッとした。