事件
「キャァーーーーー!!」
早朝、森を切り裂く程の悲鳴に、木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。
そして村の中をざわめきが包んだ。
物騒な姿をした男3人が、少女に武器を突きつけて歩いていた。 キホクも姿を隠してその様子を見つめていた。
そしてその少女を見て驚いた。
「サリィ!」
思わず飛び出していこうとする体を必死で抑えた。
『今はまだだめだ!』
男たちは周囲に銃を向け、威嚇しながら村の中を歩いていた。
少し開けた所で立ち止まると、サリィに先導させているリーダーらしい男は言った。
「この村の長を呼べ! へんな真似はするなよ。 この娘がどうなっても知らんぞ。」
彼女の両親も広場に出てきていた。
「サリィ! どうして…」
何も出来ない両親はただ、見守るしか出来なかった。
しばらくして遠巻きの人だかりの山が割れ、白髪と、あごにはたっぷり白髭を蓄えた小さな老人が現れた。
「ワシがこの村の長じゃ。 ここでは何かと騒がしい。 少し場所を変えんか?」
長の言葉に、男は笑った。
「その必要はない! 俺たちの要求を聞けばいいだけだ。」
サリィはずっと震えていた。 キホクはジッとチャンスをうかがっていた。
「探し物をしていてな。…これなんだが、あんたらなら分かるだろう?」
懐から深緑の錠剤のようなものを取り出すと、親指と人差し指でつまんで長の前に掲げて見せた。
「そ…それは、トリュフじゃな?」
周りの人たちも一斉にざわめきだした。
キホクは一番近い村人を引き寄せ、あれは何だと聞いた。
「あれは…そうだな、麻薬の一種だ。 一粒飲めば、数分でトリップしちまう。 最初は手術の時の麻酔に使うものだったんだが、どっかの医者が遊びでアレを作り出してしまったらしくて。 一時期、大きな町で流行って問題になったんだ。」
「なぜそんなものがここにあると?」
「何言ってんだ。 ここは薬の村だぜ。 原料なんて五万とあると思ったんだろう。」
そう話しているうちに、男たちは続けた。
「どうだ。 少し分けてくれたら、この娘は返してやるよ。」
人々はざわつき、長も困ったように黙っていた。
その時だった。
「分かったよ。」
答えたのは長ではなく…人ごみをかき分けるように出てきた若者だった。
ターバンで目深に顔を隠し、服も薄汚れていて、一見胡散臭そうな風貌だった。
男は怪訝そうに言った。
「お前が?」
「あぁ。 俺が家にたくさん持ってる。 ついてきな。」
そう言うと、返事を待たずにくるっと踵を返し、スタスタと歩いて行った。 戸惑った表情をしたが、リーダーは仲間の2人に、後を付いていくように指示した。 そして自分はサリィと共に残った。
2人の仲間は用心深く銃を構えながら、若者が歩いて行った方へ向かった。
「? 確かにこっちの方へ来たんだが…」
若者を見失った2人は、路地裏で戸惑っていた。 早く見つけないと、リーダーに叱られるどころじゃない。
「お前、向こうを探せ。 俺はこっちへ行く。」
2人は手分けして探すことにした。
「くそっ…どこに行きやがった?」
焦りながら路地を早歩きする男の背後に黒い影が迫った。
「!!」
ドンッ!
男が振り向くが早いか、頭の鈍痛と共に倒れた。 その傍に立つのはさっきの若者だった。 ターバンを邪魔そうに外し、捨てるように落とすと、それはキホクだった。
「1人だとたいしたこと無いのな。」
少し離れた所には、もう1人の男が倒れていた。
「遅ぇな。 何やってんだ、あいつら?」
数十分待っただろうか? いい加減にイラついた風の男。 周りの人間達も動くことが出来ない。 サリィもそろそろ限界に近づいていた。
「お待ちの方は、この人たちかな?」
ざわついた人ごみ。
ドサッと投げ込まれた2人の失神した仲間を見るや、リーダーが驚きの声を上げた。
「!? 何! 貴様ーー!!」
銃を向けた時には既に、リーダーの目の前に走りこんでいたキホク。 驚いている間もなく、その顔に容赦なく鉄拳が入ると、あっけなく事件の幕は下りた。
力なく崩れ落ちるサリィを抱き支えるキホク。 まだ小さく震えている体。
ようやく顔を上げて、やっと笑みを浮かべた。
「あ…ありがとう。 …あなた、兵隊さん?」
「まぁ、そんなところかな? サリィもよく頑張ったな。」
3人の男たちは村人によって拘束され、処分はいずれ決めるらしい。
一方キホクは、村を救った勇者として感謝の言葉を浴びていた。 そして、今後も村の為に残ってくれないかと懇願された。
しかし当の本人は、すでに旅に出る決意を変える気は無かった。