ミドリ村
一方、キホクはと言うと…
ヨヤミ国でアリシアと別れた後、スナ国とは反対方向へと歩みを進めていた。
実際キホクの中で、もはや何を目標とするかが分からなくなっていた。
ただ、あまりにも無力で小さな存在だという無念さのみがキホクの心を支配していた。
『一体俺に出来る事は何なのか… 俺が求めるものは何なのか…』
答えは闇の中だった。
ひたすら模索して、キホクはただひたすらに歩いた。
森の奥深くさ迷い歩いた末、見知らぬ村の前でキホクは気を失い倒れた。 精神的にも体力的にも、彼は限界を超えていた。
その時ちょうど村の中から歩いてくる人影があった。
片手にカゴを持ち、長い髪を二束に分け、三つ編みでまとめた少女。
無防備に横たわっているキホクに気づくと、少し戸惑った様子を見せたがすぐに駆け寄った。
「だ…大丈夫ですか?」
汗まみれの髪をかき上げると、かなりの熱が伝わった。
「大変!! すごい熱だわ!!」
少女は村の中へ駆け戻り、助けを呼んだ。
どれほど気を失っていたのか… キホクはゆっくりと目を覚ました。
窓から差し込む陽射しが一層目を覚まさせた。
上半身を起こしてみた。
「!!」
頭、肩、腰、体中に痛みが走り、思わずゆがむ顔。 そしてすぐにハッとした。
「ここは…?」
キホクは体中を丁寧に治療されていて、清潔な布で包まれたベッドに寝かされていたようだった。 そばの小さな台には、塗り薬や包帯といった医療具が並べられていた。薬品の匂いが部屋を漂っていた。
「一体誰が…」
ゆっくりと周りを見回していると、カチャッと音がして、静かにドアが開いた。
「あ、やっと目を覚ましたのね?」
入ってきた少女は、嬉しそうにベッドに駆け寄った。
「でも、まだ起き上がらない方がいいわ。 あなた、丸二日うなされていたのよ。」
「丸二日も?」
キホクの驚く顔を無視するように、少女は彼をベッドに寝かせた。
「森の中で有毒な虫にでも刺されたみたいで、すごい熱だったのよ。 倒れてたのがこの村の入り口で良かったわ。」
「そうだったのか… 実はあまり記憶がなくて。」
少女は手際よく包帯を取ると、次々に治療していった。
「よく見れば他にもあちこちキズだらけだし、相当歩いてたみたいね。 何かから逃げていたの?」
「そんなわけじゃ…ないけど…」
「何でもいいけど、しばらくは動くのも控えたほうが良いわ。 疲労も溜まってるみたいだし。」
少女はてきぱきと話した。
「ありがとう。 俺はキホクだ。」
「私はサリィ。」
彼女は一通りの治療を終えると、また来ることを告げて部屋を出て行った。
キホクはゆっくり息を吐くと、横になったまま窓の外を眺めた。
透き通った青い空に少しずつ赤みが増して、夜の訪れを感じさせていた。
サリィは何も聞かずに見ず知らずの自分を看病してくれた。
キホクはその事に感謝して、聞きたいことは明日聞こう。そう思った。 そして再び気を失うように眠りについた。
翌日もカラッと晴れた気持ちの良い天気に恵まれた。
キホクは昨日よりも穏やかに目覚めた。
変わらず治療に訪れたサリィと話した。
ここはミドリ村。
別名、薬の村。 聞けば、スナ国にも薬を売っているのだとか。
村の民はほとんどが薬の知識を持っていて、大抵は医学へと進むのだそうで、17歳のサリィもいずれはここを出て自分の診療所を持ちたいのだと話した。
クルクルとよく動くサリィの瞳には、夢と希望に満ち溢れた輝きが溢れるように潤んでいた。 何故かキホクは、それを見られないでいた。 とても心が痛くなるのを感じた。