説得
広場の一角にアリシアを座らせると、もう一度聞いた。
「アリシア。 どこにキズを負ってる? 早く手当てしないと大変なことになるかもしれない。」
しかし彼女は目も合わせず無言だった。
業を煮やしたキホクは、
「アリシア!」
と体を大きく揺らした。 すると思わず、キズの痛みにうめき声を上げた。
そして押さえる左の太もも辺り。そこに、先程刃物で切られたキズがあった。
キホクは躊躇なくそこを破り切ると、アリシアの太ももを露にした。 彼女の太ももはその出血が灯りに照らされキラキラと光っていた。
「ひどいな…」
顔をしかめながら、キホクは自分の持っていた布切れを止血代わりに結び、手際よくキズの処置を始めた。
★★★
しばらくして、アリシアがやっと口を開いた。
「なぜ、ここに?」
「君を探してたんだ。」
「私を?」
「会えて良かった。」
キホクはにっこりと笑ってアリシアを見たが、彼女は若干視線を外して、どこか戸惑っているようだった。
「私は死んだわ。」
「え?」
「私はもう、フリージアの代わりになることは出来ない。 私の役目は終わったのよ。」
「それが君の死とどう関係あるんだよ?」
「生きていても仕方ないって事よ!」
アリシアは吐き捨てるように言った。
「あの時の性で、こんな顔になってしまった。 2度とスナ国へは帰れないと悟ったわ。 こんな顔じゃとても…」
キホクは驚いた。
「アリシア! 考えすぎだ。 皆そんな風に思っちゃいない。 アリシアは自分の命と引換えにスナ国を守ろうとした。 その事実は強大だ。 マタイももはや降伏状態だ。 そりゃ、犠牲は少なくなかったけど… でも君は、誇れる事をしたんだ。 胸を張って帰ることが出来るんだよ。」
「そんな事…ない…」
「国王だって、それを望んでる!」
「そんなはずない。 あの人は… 家族でさえ国の為になるなら犠牲にできる冷酷な人よ。 もう使えなくなった私を必要としているはずないわ。」
アリシアはそんな慰めなど聞きたくないという風に耳を塞いだ。その手を掴んで、キホクは優しく言った。
「その国王が、泣いていたんだ。」
「? まさか…」
驚いて見たキホクの顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。
またすぐに目をそらした。 キホクは続けた。
「あの事件の後、俺はもしかしたら君が戻って来てるんじゃないかと思ってあの森に行ってみたんだ。 君ならそうしかねないだろ? そうしたら、先客が居た。 国王だ。 俺は身を隠して様子を見ていた。 国王は、あの小さな湖を見つめたままずっと立っていた。 微動だにせず、ただじっと立っていて…小さくつぶやいて…下を向いた。 その時、はっきりと見たよ。 国王の頬に、光るものが滑り落ちたのを。」
「まさか…」
アリシアは、信じられないというように繰り返した。
「『すまない』と言っていたよ。」
アリシアはフイッと横を向いた。 キホクは感じていた。 彼女はまだ受け入れられないだろうということを。