ヨヤミ国
スナ国から約10日程歩き、キホクはある国に着いた。スナ国を出てからやっと着いた、国らしい国だった。
≪ ヨヤミ国 ≫
あまり治安の良くない国として、スナ国でも噂には聞いたことがあった。
あまり気乗りはしなかったが、とにかく体を休ませたかったキホクは宿を探すことにした。
見つけた建物は少し寂れてはいたが、とりあえず眠れる場所があればと部屋を求めた。
ベッドへ倒れこむと、まだ陽が高いにも関わらずに一気に深い眠りへと落ちていった。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか?
気を失っていたかのような睡眠から気づくと外は真っ暗。 星が綺麗に瞬いていた。
急いで自分の荷物を確認した。 幸い、部屋に忍び込まれて物色された気配は無いようだった。
ふと窓から外を見ると、街灯がふわりと灯す路地を何やら騒がしい空気が漂っていた。
キホクの職業柄、不穏な空気はすぐに感じ取ってしまうのだった。
薄暗い路地を走り抜ける黒い影。 そしてそれを追うような黒い影。
追う影が少しよろけた。 どうやらキズを負っているようだ。
キホクは迷った。 わざわざ異国の地で事を荒立たせる事もないのでは…? しかしやはりその体は、考えるより先に部屋を飛び出していた。
路地に出ると、先ほどの影はすでに消えていた。
しかし少し辺りを調べてみると、壁に少しの血痕が見えた。
やはりキズを負っているのか?
キホクは勘を頼りに先を急いだ。
やがて遠くで、刃物がぶつかり合う音が聞こえた。
路地を抜けた少し開けた広場で、2つの影がやり合っていた。
どちらも腕の立つ者のようで、ほぼ互角に見えた。
キズを負っているのはどちらなのか。 良識のある方はどちらなのか…
今はまだ全くわからなかった。 キホクはしばらく様子を見ることにした。
−−−
しかしこの街灯のみの薄暗い場所で、よくも昼間のように相手を見極め、動けるものだ…
キホクは少し感心するように2人の戦いを見ていた。
片方は背の高いがっちりした体格のようで、短髪。もう片方は背はそれほど高くなく、黒フードで顔もすっぽりと隠されていた。
「!!」
キホクは危うく飛び出す所だった。
「黒フードのあの動きは…」
見覚えのある癖。 足払いや身のこなし…
「まさか…」
わずかな期待がキホクの胸をよぎった時、戦いの終わりが訪れた。
黒フードがグッと足に力を込め、相手の懐に入り込むと一閃!その腹を切り裂いた…しかしわずかな間で相手も体を避けたらしい。
かろうじて踏ん張る体で黒フードから離れると、そのまま逃げる姿勢になった。
追おうとする黒フード。
しかしすでに追うほどの余裕も無くなったらしく、とうとう膝をついた。
瞬く間に闇の中へ消えて行った相手の影。
キホクは急いで駆け寄りたかったが、何故か体が思うように前に進まなかった。
かろうじて一言、搾り出すようにこぼれた。
「アリシア?」
「!!?」
黒フードは、驚いたようにキホクの方を見た。 暗くて顔が見えない。
暗がりの中、黒フードもまたキホクの姿を確認し難いようだった。 だが、その名を知っているのはごくわずかな人物だけ。
しかしすぐに体を起こすと、キホクから離れようとした。
「アリシアなんだろ? 俺だ、キホクだ!」
黒フードは何も言わずに広場を出ようとしていた。
「アリシア!」
キホクは駆け寄ると、その左腕を掴んだ。
その拍子にフードが取れ、やっとその顔が見えた。
「…アリシア?」
その顔は、キホクのよく知るあの美しいフリージア姫そっくりな顔とは程遠いものだった。
「あ…」
アリシアの顔左半分が、見るも無残に赤黒く変色していたのだった。 おそらく、マタイの船が墜落した時に負った傷であろう。 酷くその顔半分を破壊していた。
「!」
アリシアは無言でキホクが掴む腕を振りほどいた。と同時に、再びその体がぐらついた。
「アリシア! どこにキズを負ったんだ?」
支えた彼女の体は、相変わらず細く華奢なものだった。