キホクの旅立ち
キホクは旅に出ることにした。
そのきっかけは、フリージア姫が発した言葉だった。
国の復旧作業も進み、ようやく国民にも笑顔が戻ってきた頃…
それでもキホクの表情は沈んだままだった。
キホクの心の中からは、いつになってもアリシアの姿が離れなかった。
最後に見たアリシアの、湖に向かって座るその小さな背中が…。
最期まで、アリシアには辛い思いをさせてしまった。
正しく「使命を全うして」アリシアは姿を消したのだった。
もし自分が同じ立場だったら…国の為に、家族の為に自分の命を捨てられるのだろうか?
そう考えると、辛くて仕方がなかったのだ。
そんな悲痛な姿を遠くから見ていたフリージア。彼女にも、キホクの気持ちは痛いほどよく分かっていた。自分もまた、姉を殺したようなものなのだ。
ある日、フリージアはキホクを呼んだ。
「キホク。 あなたの姿を見ているととても哀れです。 あなたは国民を守らねばならない身。 あまりにも不甲斐ない姿ではありませんか。 ランスやセンをごらんなさい。 あの悲しみを乗り越え、皆次の一歩を歩み始めているではありませんか。」
フリージアの言葉は、キホクの心にグサグサと突き刺さった。
何も言えなかった。 全てが当たっていたからだ。
フリージアの叱咤はなおも続くかと思われた。
「キホク、あなたはまだ、その役目を終えたわけではないのです。」
「分かっています…でも…」
「姉の事でしょう?」
「…はい…」
フリージアは小さく溜息をついて言った。
「私は、姉が死んだとは思っていません。」
「? どういうことです?」
「私にもよく分からないのですが… そんな気がしてならないのです。 まだどこかで生きていると…」
キホクは、その姉妹の見えない繋がりのような物を感じた。 そして、それを信じようと思った。 確かに、アリシアが死んだという証拠も見つかっていないのだから。
「フリージア姫… お願いがあります。」
「私で出来ることがあれば…」
「自分を、旅に出させてもらえませんか?」
「旅に?」
「はい。 …姫の姉君…アリシアを探してみようと思います。」
キホクの瞳には、すでに新たな覚悟という輝きが宿っていた。
フリージアもそれに気づいた以上、彼を止める事は出来ない事も感じ取った。
「…分かりました。 でも、私ひとりでは決めかねます。 一度、国王に話してみなさい。 私も協力しましょう。」
この時、王妃ラビリスは以前より増して衰弱が進んでいた。
「母の事も、助けると思って…」
すぐに国王ジアスに相談すると、既に全てを知っているキホクに驚きつつも
「国の復興がまだ終わっていない今、武力を失うのは心苦しいのだが…」
と難色を示したが、フリージアも懸命に説得を続けるうち、
「…フリージアがそこまで言うのなら…」
と承認した。
にっこりと微笑むフリージアの横で、国王は少し厳しい表情でキホクを見た。
「キホク、頼んだぞ。」
その言葉には、重く深いものが詰まっていた。
「はい!」
キホクは誓いを込め、伸ばし放題だった髪の毛を切り落とした。
国を出る前日、仲間であるランスやセン達に、旅に出る事を伝えた。
皆深く聞くことはなく、むしろ快くキホクを送り出してくれた。
「国の事は気にせず、思う存分修行してこい!」
仲間達の心強い言葉を背に、キホクは一路スナの国を旅立った。