マタイ 再び
早朝。
まだ陽も昇りきっていないスナ国の上空に、黒い影が迫っていた。
ゴウン★ゴウン★ と地響きのような音を響かせ、その影は城へとまっすぐに向かってきた。
たたき起こされる民。
城に住む国王たち、以下ランスたち護衛も同じだった。
「何があった!?」
ジアスの言葉に、側近ヨミがその前に跪いた。
「マタイの飛行船です! しかも今までよりずっと大きい船です!」
「何だと!? やはりこの間の報復に来たのか!」
ランスたちもすぐに大広間へと集まった。
望みは姫か、それともこの国か…
マタイの目的が分からぬ以上、スナの国もむやみに動くわけにはいかなかった。
しかし今回のマタイは、話し合いに来た雰囲気では到底ないようだった。
程なくして、城の上空へ船を泊めると何本もの梯子を降ろし、武装した兵たちが続々と降りて来た。 そして、窓という窓を割って侵入してきたのである。
城の中が騒然となった。
兵だけでなく、家来やメイド達も居る。 早朝のスナ国を悲鳴と怒号が包んだ。
「ワハハハハ!!」
大広間へ笑い声と共に現れたのは、もはや3度目の来城となるレイユだった。
「スナの国よ! とうとうマタイに本気を出させましたな! 大人しく言うことを聞いていれば、こんなに犠牲を払うこともないというに!」
その手に握られた剣からは、赤い血がポタポタと滴り落ちていた。ここへ来るまでに、一体どれだけ振るったのか…
「レイユーーー!!」
ランスの怒りに満ちた声が広間に響いた。
「ワハハハハ!! もう抵抗しても無駄だよ。 姫は連れて行く! 悪いが、この国ごとマタイが頂くよ!!」
レイユはそう言うと、クルッと踵を返し大広間を出て行った。
「娘は!フリージアはどこだ!!」
ジアスが声を荒げた。
今連れて行かれたら、今度こそ全て終わりだ。 何故なら、今城に居るのは『本物のフリージア』なのだから!
そこへ、センに付き添われたフリージアが広間へ逃げ込んできた。
「フリージア! 無事だったか!!」
ジアスが安堵の表情を見せた。
それを見たキホクは国王に対して怒りがこみ上げ、言いたい事がたくさんあったが、今はそんな場合ではなかった。
その時、レイユを追っていたランスが戻ってきた。
「マタイの船が戻っていくぞ!!」
「!? どういうことだ!?」
皆唖然としていた。 レイユは「姫は連れて行く」と言ったはずだ。
キホクはフリージアの顔を見てハッとした。
「!! まさか!!」
言うが早いか、キホクは大広間を飛び出した。
マタイの船は、少しの兵を残して城を離れ始めていた。
残されたマタイの兵達は戸惑っているようにも見えたのだが、それに気をとめる余裕もなく、キホクはセンに言った。
「チランとツシロを呼んでくれ!!」
センは大きくうなずくと、指笛を空へ打ち上げた。
程なくして2羽が遠くから向かってきた。
「セン! 頼む!!」
「ああ! 飛んで!!」
キホクとセンが城から飛び降りると、2羽はそれぞれを上手にキャッチし、マタイへと向かって飛び立った。
残されたランス以下兵達は、残っているマタイの兵と戦っていた。
「こっちは任せろ!」
ランスの声を受けながら、センとキホクはマタイの船を追った。
「アリシアが乗ってるんだ…あの船に…」
キホクは焦っていた。 どうにかしてアリシアを助けたかった。 こんな時、何も出来ない自分をとても悔やんだ。
その心を感じたのか、キホクの乗るツシロは悲しげに一声上げた。
「キホクっ! 大丈夫だ、こいつらが付いてる!!」
珍しく大きな声でキホクを励ました。 しかしセンもまた、追いかけるしか出来ない事を悔いていたのだった。
センはいつからか、その動物的な勘でキホクの気持ちに薄々気づいていた。
そして影の存在も…
「キホク。 ボクは使命を全うするだけだ。 姫が誰であろうとね!」
「セン? 気づいていたのか?」
「昔から姫を知っているからね。 キホクも同じだろ? 本物の姫は、あんなじゃじゃ馬じゃぁないさ。」
センはウィンクして見せた。
確かに、キホクもセンと同じく、昔から姫をよく見ていた。 自分たちの練習を眺めていることも少なくはなかった。 しかし、キホクはアリシア自身から聞かされるまで気づかなかった。
「俺、鈍感だからね…」
「何?」
「なんでもない。知ってるのはランスたちもか?」
「さあ。 でもどちらにしろ、ランス達も同じ気持ちだと思うよ。」
キホクとセンは、前を行くマタイの船をキッと見据えた。
「ボク達は、使命を全うするだけだ!」
珍しくセンは力強かった。
キホクにとっての「使命」など、従うに値しない所まで落ちていたが、センやランス達は違っていた。 国の為に生きているのだ。 そして、アリシアもまた…