20年前
「そう、あの人は私の姉。 双子の姉よ。 私たちの運命は… この世に生まれた時から動き始めたわ…」
20年前・・・
スナ国王に子供が生まれた。
国王スザクは、いつもは滅多に見せない笑顔で国民と共に跡継ぎの誕生を喜んだ。
しかし、その裏では恐ろしい計画が持ち上がっていた。
産室で付き人に解放されている王妃ラビリス。
疲れた顔を残してはいたが、優しい笑みで見下ろすその腕の中には、安らかに眠る女の赤子がいた。
そしてその赤子は、双子だったのだ。
産婆はスザクに言った。
「このお子様は双子でございます。 しかも、姿かたちは同じようにお育ちになるでしょう。」
それを聞いていたスザクは、とんでもない事を言った。
「どちらかを影として育てるのだ。」
「あなた?…」
そこに居た誰もが、初め何を言っているのか理解出来なかった。
「姫を双子ではなく、ひとりと公表し、何かあった時の為に、どちらかを影に使うのだ。」
ようやく理解したラビリスは、驚きの余り言葉を無くした。
全ては、その後に追い討ちをかけるように発せられた言葉の性で…
「それともラビリス。 お前に王子を産む自信があるのか? その体で。」
確かにラビリスは体が弱く、今回の出産もどちらの命がなくなってもおかしくないほどの難産であった。 そんな時でもスザクは、ラビリスよりも子供(跡継ぎ)を取ろうとしたのである。
スザクは、
「子を産み、スナ国の跡継ぎをさせるのが王妃の役目。」
まるでその言葉の塊のような人物だった。
しかしそれは裏の顔であり、表立った姿は、第一に国民の事を考え、貧しい民がいると聞けば使いをやって助け、流行り病が出れば国を挙げてその根絶に力を注いだ。
その為スザクは国王として、国民から多大な好感を得ていたのである。
★★★
結局スザクは、1人の姫が誕生したと発表した。
国民の前で穏やかな表情のスザクの後ろ姿を見ながら、ラビリスは深く悩んでいた。
『子供たちのどちらかを影として育てるなんて…』
「影」とはすなわち「光」の傍に在りつつも表に表れる事無く、その全てを「光」に依存し、捧げる。
「影」とは「光」のもうひとつの命なのである。
「どちらの子も、私の娘です。 手放すなんて出来ません。」
スザクに訴えるも聞き入れられるわけもなく、
「何を言っておる。 手放すのではない。 どちらも『姫』なのだぞ。」
その心を揺るがす事は出来なかった。
★★★
それから3年経った。
まだ3歳になったばかりの娘達は、自分たちがどういう立場に立たされているのかも分かっていなかった。
しきりに母の周りをくるくると回りながら、仲良くじゃれあっている所へ、スザクが現れた。
いつもと変わらず冷たい顔をして現れた父を、きょとんと見上げる2人。
ラビリスは来るべき時が来たと悟り、表情を曇らせた。
すぐにスザクの後ろから、少し白髪の混じった髪とヒゲを生やした小さな男性が現れた。
ラビリスも彼のことはよく知っていた。
武術家 ハイムである。
国一番と言われる武術の達人で、城の護衛を育てる師としても随分世話になっていた。
「ハイムに任せる。」
スザクは、ラビリスが娘のどちらかを手放す事を許すとは思っていなかった。 かと言って、自分の目はどちらが「影」としてふさわしいか選びがたいものがあった。 だからこそ、スザクは自分より人を見てきたハイムの目を信じようと思ったのだった。
ハイムは2人の前に来ると少ししゃがんでみせ、目線を2人と同じ高さにした。
とても穏やかな光を帯びた目は、2人をゆっくりと見比べた。
2人の姫もまた、その瞳に惹きつけられたかのようにジッと見返していた。
しばらくしてハイムは、片方の姫と向かい合った。
「…来るかい?」
ハイムは優しく聞いた。
尋ねられた姫は、不思議と抗わなかった。
差し出されたハイムの手のひらに、何の躊躇もなく自らの手を乗せた。
何の抵抗も出来なかったラビリスの心は、この瞬間に脆くも崩れ落ちてしまった。