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アイゼル村の墓場は村の端に位置しており、遺跡発掘の事故で落命する者たちを想定していたのか、村の規模に比べてかなり広い。そして現在は夕暮れ時――死霊がどんちゃん騒ぎを始める時刻――であり、村人はいない。戦闘を行ったとしても問題はないだろう。




「だからって村の墓場ここで戦うんですか!?」


「ええ。この三人を保護できる施設もあるし! えいっ!」


 墓守小屋のドアを蹴破ったパメラは、置いてあったロープを引っ掴むと冒険者二人をぐるぐる巻きにした。


 そして、懐から何かを取り出す――




 がちゃりっ




「これで逃げられないでしょ。軟体動物たこの仲間にも見えないし」


「……手錠を所持している理由は幅広い任務に対応するためですよね?」


「もちろん幅広い需要に対応するためよ!」


 冒険者たちの両手両足に手錠をはめたパメラは、プリシラの質問にずらした答えを返した。


 と――




『ひゅううううううううううう!』


 洞窟の方から耳障りな怒声が響く。トランペットの仲間なのかと疑うほどのやかましさである。




「死霊ってもう少し静かな連中だと思ってたわ」


「ガネルさんなりの自己表現なのかも知れません。さあ、行きましょう!」


「ちょっと待ちなさい」


 リアーナを長椅子に寝かせたプリシラは墓守小屋を飛び出そうとしたが、彼の従者が待ったをかけた。




「どうしました?」


「よく聞いて」


 パメラは振り向きかけたプリシラを背後から抱きしめると、紅い唇を彼の耳元に近づけた。囁く。




「あの遺跡は不死の怪物アンデッドを文字通りの死なない化け物アンデッドにする性質があると推測するわ」


「つまり、遺跡の外ならガネルさんを倒せるってことですよね?」


「そうよ。ただ、それを知ってるはずの本人ガネルが遺跡から出てきた。焦らずに行きましょう」


「……はい」


 従者のいつにない真剣な声を聞いたプリシラは、神妙な面持ちで頷いた。そして、




「隙あり!」


「きゃあああっ!?」


 尻を撫でられ悲鳴を上げた。大神官が頬を真っ赤に染めて振り向いた時、パメラは左手だけを腰に置いた格好で胸を反らしていた。右手の甲を口元にあてる。




「さあ、墓場でどんちゃん騒ぎの時間よ!」


「もう酔ってるみたいですからお酒は必要ありませんよね!?」


 プリシラはパメラと共に墓場へと出撃した。




「ひゅー! 待ちに待ったぜ、お二人さん!」


 二人が墓場に出た途端、息を巻く高位の死霊ガネルが声をかけてきた。遺跡でばらばらになったはずの彼だったが――衣服を含めた全てが復元を終えていた。




「でも、遺跡から出てしまっては復元が出来ないんじゃありませんか?」


「その通りだぜ……お嬢さん。今のオレぁ……一人・・ぼっちの高位の死霊スペクターさ」


 ガネルは両手をズボンのポケットに入れたままの格好でそう言うと、やはりそのままの格好で続けた。




「だが、それは問題にニャらねぇ」


「……」


「……」


 唐突に訪れた気まずい空気の中、プリシラとパメラは半眼になった。




”アアアアアアア!”


 これは決めの台詞を噛んでしまったガネル照れ隠しの叫びではなく、下位の死霊フライング・ヘッドたち――酒場から着いてきたのだろう――が上げたものである。




(凄く苦しそう……どうしてだろう?)


 硬直したままのガネルから視線を上向ければ、彼の頭上で下位の死霊フライング・ヘッドの大群が渦巻いていた。何かに締め付けられているかのように、どれも苦悶の表情を浮かべている――




「噛んだなら言い直していいわよ。それとも猫ちゃんに生まれ変わりつつあるの?」


「ふっ……娑婆しゃばの夜風は俺を酔わせるみてぇだぜ……」


 しかし、ガネルは言い直しはしなかった。帽子を押さえ、不敵に笑う――肉がないので雰囲気がそうというだけである――と全身から魔力を解放した。




「ひゅうううううううう!」


「高位の死霊スペクターにしては強力ね」


「はい。神官リアーナさん一人では対抗できなかったでしょう。ですが……」


 脅威を口にしながらも、二人に狼狽えたような様子は全くない。むしろ会敵する前よりも落ち着きを増していた。




「ガネルさんに神術を相殺する以上の切り札がないのなら……」


「私たちの敵じゃないわ」


 神術を相殺することが出来ても、ガネルの魔力は高位の死霊スペクターにしては強い程度である。紳士だんせい呼ばわりされて戦意が燃え盛っているパメラが前衛を務める以上、それは大したメリットにはならない。そもそも高速発動クイック・キャストを相殺することは出来ないのだから、二対一は変わらない――むしろ余裕綽々よゆうしゃくしゃくで討伐可能な相手だろう。痛めつけ放題が出来なかったことを、パメラは悔しがるに違いない。




「……下位の死霊フライング・ヘッドの皆さんが苦しんでるのが気になります。まずはガネルさんを倒してしまいましょう」


「とても痛がりますように!」


 判断を下した二人が戦闘行動を開始した瞬間、




 ごごごごっ!




 大地が大きく揺れた。




「地震!?」


「これは……この魔力は……遺跡に誰かが出現した?」 


「え? パメラさん!?」


「そいつは任せるわ!」


 驚愕の表情になったパメラは、ガネルを飛び越えると洞窟の方へと走り去った。彼女の背中を見送ったガネルがぽつりと呟く。




「ついにあの方がいらっしゃったのか……怪力紳士が戻ることはねぇだろうぜ」


「……遺跡には誰がいるんですか? ていうかパメラさんをいつまで男性扱いする気ですか?」


「ひゅー! そんなことより他に知りたいことがあるんじゃねぇか……お嬢さん?」


「確かに」


 パメラが走り去った方を見やったままのガネルに、プリシラが微笑んだ。




「僕は男だって何回いえば分かってくれるんですか?」


 超人的な速度で術を編み上げる高速発動クイック・キャストは、発動されてからでは防御が間に合わない。とどのつまりは、発動される前から防御手段を講じておくしかない。




「それはさっき見せてもらったぜ?」




 ばちっ!




 プリシラの予想通り、ガネルはあらかじめ防御手段――自身がまとっていた魔力を防壁代わりにした――を講じていた。弾かれた神術は数少ない墓石のいくつかを白く照らして消滅してしまった。




「一瞬で術を発動するその技術だが……知ってりゃ脅威ってほどでもねぇぜ! しかも魔力を溜めねぇから威力が低い……違うか?」


 ガネルが自信満々に言い放った通り、高速発動した神術は威力が大きく下がってしまう。


 だが、それはプリシラも知っていることだった。




「烈光の槍ライト・スティンガー!」


「ひゅううう!?」


 プリシラが高速発動で編み上げた新たな神術が、ガネルを防壁ごと転倒させた。仰向けに倒れ込んだガネルに次々と神術が押し寄せ、彼の防壁を削り取っていく。




「連射!? ヒトが溜めもなしに術をぽんぽん編めるってのか!?」


 削られた防壁は復元しなくてはならない。それには当然、魔力を消費する――




(魔力を枯渇させる!)


 それがプリシラの狙いだった。




「ひゅうううう!?」


 高速発動された神術は回避も困難である。立て続けに数発の神術を受け止めたガネルは、魔力が枯渇する寸前まで追いつめられた。




「ヒトのくせに非常識な魔力の量しやがって!?」


「常識は神官時代に置いてきました! それと……僕は男です!」


 防壁の維持すら危うくなったガネルに対し、プリシラは右手を夜空に掲げ、止めの神術――高速発動ではない――を編み上げた。魔力が尽きる寸前のガネルに神術の相殺は出来ないだろう。




「あなたに安らぎが訪れますように」


 ガネルの魂が救われるようにと祈りを込める。苦しまないようにと祈りを込める。そして、自分は男だと僅かな抗議を込めて――放つ。




「真円の光輝ハイ・プレッシャー!」


「消えちまいなぁ!」




 ばしゅっ!




「え!?」


 だが、止めの神術は発動しなかった。しかも、




「魔力が回復してる!? どうして……」


「ひゅー! 返答こたえは求めてねぇんだろ!?」


 魔力が尽きかけていたはずのガネルは尻もちをついた体勢から素早く飛び上がると、落下しながらプリシラに左手をかざした。




「死霊拳ディープ・フィアー!」


「くっ!」


 プリシラは迫って来た青白い大火炎球を神術で防御した。不死の怪物アンデッドが創り出した火炎は、もちろんただ青白いだけの火炎ではなく――




(重い!)


 防御神術を展開したにも関わらず、プリシラは受け止めるので精いっぱいだった――ガネルは魔力の大半を注いで創り出したのだろう。


 だが、それよりも大きな問題がプリシラの精神を圧迫した。




(不死の怪物アンデッドだからって魔力が回復するなんてありえない!)


 魔力は魂を源に生成される。それは不死の怪物アンデッドも例外ではない。魔力で肉体を復元するものもいるが、魔力自体を魔力で回復するなど、それはもはや詐欺である。




「死霊拳! 死霊拳! 死霊拳!」


「ええええ!?」


 そんなことを考えていたプリシラに、ガネル渾身の一撃が山と降り注ぐ。


 と――




(アアアアアアアアアアア!?)


(ん?)


 魔力を地面に叩きつけて自らを後方に吹き飛ばしたプリシラは、落下していく最中、悲鳴のようなものを聞いた――ような気がした。




 どすんっ!




「痛い!?」


 とはいえ、墓石に背中を打ちつけた痛みで記憶を手繰るどころではなかったが。




「とどめだ!」


「また回復してる!? ていうか全回復!?」


 水平に放たれた青白い閃光を、身を投げ出して回避する。その最中、なんとかガネルを見やれば、彼は元気満々と言った様子で魔力をまとっていた。渾身の魔力を注いで創り出した火球を連発した直後にも関わず――というか、それ自体があり得ないことである。体勢を立て直したプリシラは叫んだ。




「詐欺です!」


「ひゅー!? うちは明朗会計でやらせて頂いてるぜ?」


 何を言っているのかといった表情――肉がないので雰囲気である――で首を傾げたガネルは、青白い炎を灯した両の拳を同時に振りかぶった。そして、これで終わりだという確固たる殺意を込めた口調で続ける。




「死霊になったら客としてお迎えさせて頂くぜ、お嬢さん! 死霊・火炎掌ディープ・フィアー・!」


 同時に繰り出された二つの火炎球は、宙で激突すると混ざり合い、巨大な手のひらを形作った。




「くっ! 浄化滅魔の大爆光シャイン・フォール!」


 追い詰められた大神官とてチョキで挑もうと思ったわけではなく、神術を発動させたが、




「消えちまいなぁ!」


「あっ!?」


 握りつぶそうと迫ってくる火炎掌を迎撃するために編んだ神術は発動しない。




「焦ったみてぇだな? あばよ、お嬢さん!」


 右腕を振りかぶった状態で棒立ちになったプリシラを、高位の死霊スペクターの必殺技が捕えた。



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