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「二度目の走馬灯を眺めなさい!」


「おおっと!」


 振り下ろされたガネルの手刀をパメラの拳が打ち返す。押し返されたガネルは、追撃に繰り出された左の拳を屈んでかわした。




「もら……うぉっ!?」


 隙を捉えたガネルは、パメラの脇腹に人差し指を突き立てようとしたが、尋常でない速度で身を翻したパメラは、やはり尋常でない速度の裏拳を見舞って来た。




「ちぃっ!」


 慌てて飛び退いたことで、帽子のつば・・が削り取られる程度で済んだが、隙を捉えたパメラは空振りした裏拳を振りかぶり、大地に向けて振り下ろす――




「プリシラが女性でも私はまったく構わない・・・・けど、性別的な侮辱は男女問わず滅殺あるのみ!」




 ずがんっ!




「あっぶねえええええええええええ!」


 関節と言う関節を外し、ばらばらになることで命中こそしなかったものの、パメラの一撃は宙を裂き、酒場の床を盛大に粉砕した。その破壊痕はハンマーを振り下ろしたようなものではなく、砲弾が着弾したかのように抉れている。組み上がったガネルは頭蓋骨を真っ青に染めて震えた。




「ひゅー! この紳士おとこ……なかなかやりやがるようだぜ!?」


「あらあら、そんなこと言われたらこの遺跡を瓦礫の山に変える勢いで張り切っちゃうわ!」


「ならこっちも全力でお相手するぜ……怪力紳士!」


「うふふふふふふふふ! 高位の死霊スペクターは魂を完全な形で留めた不死の怪物アンデッド……魂をずたずたに引き裂かれるのがどれほど苦しいか教えてあげる」


「ひいいいいいいいいいいいこんな恐ろしい笑顔ぁ見たことねぇよ! 本当にヒトか、こらぁ!?」


 ガネルの質問には答えず――いや、双眸をぎらりと光らせたのが答えだったようである。




「全魔力解放アウェイクニング・ダーク……!」


 パメラは滅殺態勢に入った。


 と――




「パメラさんはみんなを地上まで運んでください」


「えー?」


「ガネルさんは僕が抑えますから急いで!」


「……了解、ご主人様マスター」


 大神官プリシラは唐突に撤退の指示を出した。不満はあったようだが、中指だけを突き立てた左手をガネルへと向けた後、従者パメラは酒場の片隅へと跳躍した。そして神官と冒険者たち――大人三人を担ぎ上げ、酒場から走り去った。




「ひゅー! 礼を言わせもらうが勝負は別だぜ? 勝算はあるのか、お嬢さん?」


「……」


 残された二人はそれぞれ魔力を展開して対峙した。ガネルは余裕たっぷりに帽子を抑え、対するプリシラは微笑みを浮かべている。




「神術を相殺されたのには驚きましたけど」


「!?」


 しかし大神官の微笑みは、ガネルにとって恐怖そのものへと変わった。別に、プリシラが微笑んだまま激怒を表現した訳ではない。彼は微笑みは微笑みのままに――ただ、可愛らしく小首を傾げただけだった。


 その瞬間――




 ぼっ!




「ひゅうううう!?」


 一瞬で――プリシラが小首を傾げたその瞬間、ガネルは白い爆発に呑み込まれてばらばらになった。




「なんだ今のはぁ!?」


 即座に復元した下顎骨かがくこつだけで悲鳴じみた叫びを上げるガネルに、プリシラは小さく舌を出した。引っ込めてから口を開く。




「称賛の声はありますか?」


「てめぇ、神術を相殺されたの根にもってやがるな!?」


 プリシラが使ったのは、高速発動クイック・キャストと呼ばれる技術である。その名の通り、高速で術を編み上げる高等技術であり――この技術で神術を扱える者は多くない。




「僕は神術の使い手・・・です。使うだけだと思わないでくださいね!」


 剣を振り下ろすのだけが剣術ではないように、神術も使うのだけがその全てという訳ではない。使う術すべに長けている――それが大神官という職業である。つまりは神術が強いのではなく、使いこなすプリシラが強い。そして、本来であれば神術を直撃させた時点で決着はついたのだが、




(……やっぱり復活しちゃうのか。遺跡の中だからかな?)


 遺跡から力を供給されているらしいガネルは、全身の復元を始めていた。復元能力の源を断たない限り、何度でも復元するだろう。回数に制限があるのかも知れないが、下位の死霊フライング・ヘッドたちを観客に切った張ったの根比べというのは得策ではないだろう。




「この遺跡から出てきたら今度こそ滅してあげますからね?」


「調子にのりやがって……このガネル様を本気にさせちまったみたいだぜ!?」


 誘い出しの挑発など見舞ったプリシラは、パメラを追って酒場から走り去った。




「手伝います!」


「早かったわね」


 大人三人を担いでいるせいか、パメラは思ったほど進んではおらず、プリシラは通路の中ほどで彼女に追いついた。パメラの頬が紅潮しているのは、男性三人を運んだからなのか、またはガネルによって女性の誇りを傷つけられたからなのか――




「ガネルは?」


「ばらばらにしましたが……すぐに復元してしまうでしょう」


「痛めつけ放題ってことね。ふふふ」


「……」


 プリシラは考えるのを止めた。




「痛めつけ放題ヴュッフェの会場に並べるにしても、みんなを助けるのが最優先です。分担しましょう。リアーナさんは僕が運びます」


「え!? あなた、こういうちょっとお酒に弱いお姉さんが好みなの?」


「倒すことが出来ない不死の怪物アンデッドの鑑みたいな不死の怪物アンデッドに追われてる鬼気迫る状況なので急ぎませんか!?」


「落ち着きなさい。追いつかれたって百二十分間痛めつけ放題が始まるだけよ。はい、『重い』なんて言っちゃだめよ?」


「女性への暴言は命に関わると知ったばかりですから大丈夫です。先行します!」


「はーい」


 リアーナを肩に背負ったプリシラは、パメラを置いて駆けだした。両手が塞がっているパメラの安全を確保するためである。




「大暴れはお預けね。まぁ……楽しいことは後に残しておきましょう」


 プリシラの足音が遠くなってから――パメラはこの大地で最も邪悪な笑みを浮かべた。




 二人が梯子の近くまでたどり着いた時、立ち止まったパメラが一瞬だけ背後を振り向いた。すぐさま、プリシラの背に向けて叫ぶ。




「ガネルの魔力が近いわ! 戦っても良いけどこの狭い通路じゃリアーナたちが危険よ」


「……足止めに結界を張りますから、パメラさんは三人を梯子の上まで運んでください」


「了解」


「禁じられた聖域クレセント・チェイン……」


 リアーナを床に寝かせたプリシラは、パメラと入れ替わるように後方へと向かった。そして封印神術を編もうとした瞬間――




 どがんっ!




「え!?」


 梯子を上った先――この遺跡へと下る洞窟の方から凄まじい爆音が轟いた。プリシラたちが梯子の方に視線を向けると、梯子が設置された縦穴から大量の土砂が通路内へと降り注いでくるところだった。洞窟が崩落したのだろう。




「神術を失敗しちゃったの? 珍しいわね」


「前方に展開して後方で爆裂ってなかなかないですよね?」


「冗談よ。火薬の匂いがするから爆破されたのね」


「誰がそんなこと――」


「誰かしらねぇ」


 プリシラとパメラは同じ人物を思い浮かべていた。




「答え合わせする?」


「……念のためにしましょうか」


 さすがに堪忍袋の緒が限界だったらしいプリシラは、珍しく犬歯を覗かせていた。




「ビリーさん」


「ビリー」


 言わずもがな、丸っこい悪徳村長の彼だった。


 遺跡を発掘していたのだから発掘用の爆薬は保管してあるだろう。なんとなく爆発したい気分になった特大の爆薬が、村人の迷惑にならないようにと、えっちらおっちら洞窟までやって来たのでないのなら、犯人は彼しかいない。




「どうやら燃やされないと分からないみたいですね」


「燃料は後で用意するとして、今はどうするの?」


 そう問いかけたパメラは、担いでいた冒険者たちをリアーナの傍らに寝かせると、指をぽきぽきと鳴らし始めた。既に迎撃する気のようである。


 とはいえ、以前この通路で倒した死霊たちはパメラの拳で砕かれても復元してしまったのだから、ガネルも同じだと考えるべきだろう。神術を相殺する彼を相手に百二十分間痛め付け放題とやらを始めては、リアーナたちを危険に晒してしまう。




「三人を安全な場所に移さないことには戦えません」


 プリシラが選択したのはやはり撤退だった。人々を守る大神官である。その対象にはリアーナや冒険者たちも含まれよう。


 しかし、




「了解。でも縦穴は土砂で塞がってるわよ。気の良い土竜もぐらが通りかかるまで待つ?」


 縦穴に積み上がった土砂はかなりの量である。神術は魔を滅するためのものであり、こういった無機物に対しては効果が薄い。大神官が全力を以て編み上げれば吹き飛ばすことも出来ようが、その威力が新たな落盤を引き起こすかも知れない――百二十分間吹き飛ばし放題の始まりである。


 この状況で必要とされているのは火力ではなく突破力である。幸いにもそういった能力に恵まれた者がプリシラの従者として仕えていた。




「……パメラさんの力で突破できませんか?」


 大神官はそんな従者に真剣な眼差しを送ったが、




「うふふふふ」


 大神官を見つめ返して来た紅い双眸は――妙に妖しい光を灯していた。先ほど、ばきぼきと鳴らした指を祈るように胸元で組み、妖艶な笑みなど浮かべる。




「赤字になっちゃうから嫌♪」


 標的を定めたようにパメラの眼差しが強さを増す。彼女の狙い・・に感づいたプリシラは、びくりと体を震わせた。




「そ、そうですか……」


 それに連動しているかは不明だが、震える声で続ける。




「じゃあキスを――」


「おっぱい揉んで」


「冗談ですよね!?」


 滅することが出来ない高位の死霊スペクターガネルに追われ、そして意識を取り戻す様子がない三人を抱えている状況である。冗談で睦み合おうものなら、天から特大の拳骨が降ってきかねない。




「こんな状況で冗談なんか言わないわよ」


 パメラは至極当然といった顔になると、真っ向から否定してきた。冗談ではなかったらしい。




「四十秒前のパメラさんはどこに行ったんでしょうね」


「で、どうする? 揉むの揉まないの?」


「もしかして……メーヴィスさんにキスされかけたこと怒ってます?」


「ふふふふふふふふふどうかしらねぇ?」


 きらりと光ったパメラの瞳で確信しつつ――


挿絵(By みてみん)


「はい、どーぞ」


「僕に神罰が下りませんように」


「迎撃してあげるから安心して」


 覚悟を決めたプリシラは、パメラの胸に両手を伸ばした。




 むにゅっ!




挿絵(By みてみん)


「……まだですか?」


「まだまだ♪」


「パメラさんに神罰が下りますように」


「躱かわすの得意よ? 赤字も本当だし」


 指に伝わってくる何とも言えない弾力に負けないよう、握力を発揮することしばし。




「元気になったからもういいわよ」


「……僕は疲れました」


「若いんだからこの程度で疲れちゃだめよ」


 ご機嫌な様子のパメラは、プリシラの頬にキスをしてから腕まくりをした。



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