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「神官が到着を伏せたってことですよね?」


「そうなるわね」


 宿へと向かう道すがら、プリシラたちは疑問の答えを探していた。




「でも、リアーナさんはどうしてそんなことをしたんでしょう?」


「そうねぇ……」


 秘密裏に討伐を完了させたからと言って、神官にメリットがある訳ではない――というか、村の責任者から情報を得ることが出来ない。そして行動が制限されるなど、デメリットの方が大きいだろう。




『フ……もう倒しておいたぜ?』


 などと不敵に微笑むことは出来ようが、酒場で酔いつぶれていたリアーナがそれをメリットに感じる変わり者かどうかは分からない。


 結局のところ、寂れた村を見回しながら歩いても答えが見つかることはない。村で一番高級な宿の、最も高級な部屋に入ったところでそれは変わらない。




「とりあえず明日の朝一番で遺跡に潜りましょう。朝になれば顔饅頭たちの怒りも収まってるでしょ」


「その件については、本当にすいません」


「責めてないわよ。ただ安全のために――」


 ドアノブに手を伸ばしかけていたパメラは手を引っ込めるとドアを蹴破り、格闘の構えのまま部屋の中に踏み込んだ。




「え!? ああああ! あの……これは……」


「大神官の部屋で盗みを働こうってあんたはこの大地で最も愚かなヒトでしょうけど……遺言は聞いてあげる! はい、どうぞ」


「ゆゆゆゆゆゆゆ遺言!? 殺されるんですか、私!?」 


「盗もうとしたのがこの子と私、どっちのものかで過程は変わるけど結果は死よ!」


「きゃあああああああ!」


「プリシラに危害を加える奴を抹殺するのが私の仕事……おとなしく給与査定の一部になりなさい!」


「お母さあああああああああん!」


「あーっはっはっはっ!」


「……」


 泣き崩れた若い女性――格好からして村人だろう――から口元に手を当てて禍々しい哄笑をあげるパメラへと視線を動かしたプリシラは、軽く嘆息するとパメラの胸の辺りを指さした。




「有罪です」


「なんで!?」


 そして抗議してくる従者の脇を通り過ぎ、村人に手を貸して立ち上がらせた。優しく微笑む。




「もう安全です。ご用件はなんでしょう?」


「あああ……大神官様!」


「……私が血圧を上げている限りこの宿に安全は訪れないと思うけど?」


 背後のパメラが怒りの炎などまとっている気配を感じたが、プリシラは微笑みを崩さなかった。




「先に到着された神官様の件なんですが……」


「はい」


「なにでれでれしてんのよ」


 女性がプリシラの手を握ったので従者の怒りの炎が丈を増したが、プリシラはなんとか冷や汗を浮かべる程度の動揺に抑えた。




「……と言うことだそうです」


 女性が話を終えて立ち去った後――プリシラはテーブル向かいのパメラにそう締めくくった。




「来るべき日が来たって感じね」


 先ほどの女性が言うには、ビリーの独裁に困り果てていた村人たちが神官に到着を伏せるよう懇願したらしい。そして秘密裏に冒険者たちの遺体を回収し、村長とつながる証拠を集め、彼を更迭したかったのだと言う。リアーナは死霊と悪徳村長ビリー、両方の討伐を請け負ったらしい。




「あの遺跡を何とかすればどちらも解決ですね」


「当てるべき罰ばちをがつんと当てるのは楽しそうだけど……そんな簡単に済めばいいけどね」


「なぜです??」


「……」


 パメラは、ぱちくりと眼を瞬かせたプリシラを手招きで呼び寄せると、彼の頭を、ぐりぐりと撫でまわした。答えを待っているプリシラを紅い瞳で見つめ返す。




「ビリーは悪人よ? このまま手を出してこないとは思えないわ」


「妨害を仕掛けてくるってことですか?」


 驚いたような顔をしたプリシラの頬を、ぷにゅっと摘まみ、パメラは空いた左手で髪を搔き上げた。




「リアーナのことを確認するためとはいえ、あいつに報告するべきじゃなかったわ。こういう事態は私が防ぐべきなのに……ごめんなさい」


「責めてませんよ? 


ていうか、大神官の討伐を妨害なんてさすがにしないかと思うんですけど」


 もしそれが教会に知られればこの村は地図から消えることになるだろう。もちろんビリーも。


 だが、逆に言えば――




(私たちを亡き者にしちゃえば良いってことよね)


 神官と冒険者――そして大神官と従者とを始末してしまえば証拠は何も残らない。


 もちろん、それを実行するには大きな力――大神官を叩き伏せる戦力と、教会を言いくるめるための説得力――が必要になるので途方もない準備が必要になる。ちなみに、前者を揃える資金があるのなら町の一区画でも買い取って商売を始めた方が安く済む。




(それを考えれば……戦力では向かってこないわね)


 大神官とその従者。両方の口をふさぐ別の方法。金貨カネ、権力コネ、そして――




「あら?」


「パメラさん?」


 立ち上がったパメラは、鋭い視線で窓の外を見やった。




(魔力が明滅――いえ、急に点・いたんだから点滅かしら。プリシラは気付いてないから、私に向けられてるのね。なら誘いってことになるけど誰が……)


 拳を強く握り締めたパメラに、プリシラが不安そうな顔を向けた。




「敵ですか?」


「……妙な気配がするだけよ。大丈夫だと思うけど、確認してくるからあなたはここにいて」


「一緒に行きましょうか?」


「また女の子が忍び込んだら、まとめてベッドに引きずり込むわよ?」


「いってらっしゃい」


「ところで……さっきの娘と寝たかった? ああいう素朴な感じの娘って嗜虐心を――」 


「パメラさんが祈る相手は”光”だということを忘れないでください」


「ストリップがお祈りに分類されるなら祈ってもいいわよ」


 じっとりとした視線を送ってくるプリシラに投げキスで反撃した後、パメラは部屋を出ていった。




(大丈夫かなぁ)


 ベッドを横切るように寝ころんでいたプリシラは上半身を起こすと、ぴょこんと立ち上がった。目を瞑り、体を解すように両腕を天井へと伸ばす。




(まぁパメラさんは大丈夫だろうけど。だって――)


 心の中で続けようしたプリシラは、違和感に気付いて両目を開けた。




「え!?」


 いつの間にか、目の前に女性がいる。どこかで見た――というか、少し前にビリーの屋敷で会った女性。




「メーヴィスさん!? どうやって!?」


 慌てて一歩下がったプリシラだったが、ベッドの縁に足をぶつけて止まった。メーヴィスは二歩進んで来た。そして、


挿絵(By みてみん)


「プリシラ様」


 無表情なメイドは、プリシラの腰に手を回すと、そのまま唇を近づけてくる――


挿絵(By みてみん)


「あの……」


「お静かに」


 腰に回された腕は妙に力強く、プリシラは動けない。その間も、メーヴィスは躊躇うことなく唇を近づけていく。唇の隙間から這い出した舌が艶めかしい光沢を放つ。プリシラの口腔に狙いを定めた瞬間――




『させるかああああああ!』


 窓硝子を蹴破ったパメラの右足が、メーヴィスとプリシラの間に割って入った。


 凄まじい威力だったのか、パメラが着地した辺りの絨毯は煙さえあげていたが、そんなことはどうでもいいほどに彼女は怒り狂っていた。手に持っていた、つぎはぎ・・・・だらけのぬいぐるみをメーヴィスに突き付け、声を張り上げる。




「これに見覚えあるかしら!?」


「はい。『罠地帯トラップ・ゾーンにおびき出してケラケラ笑ってやろう』がキャッチコピーの魔力攪乱ぬいぐるみ、ヘラヘラ君かと」


「ケラケラ君にしないひねくれたキャッチコピーはどうでもいいけど、これはあんたのよね?」


「確かに所有しておりますが大量に生産されたものですので、それが私のものであるかまでは断定できません」


「ヒトの社会って罠地帯への誘い出しアイテムが大量に需要あるほど荒れてなかったと思うんだけど!?」


「私ごときメイドには何とも言えません。なんにせよ、状況証拠だけで判断なさるのは早計かと」


「私をおびき出した隙にプリシラにディープキスしようとしてれば充分だと思うんだけど?」


「ですから、状況証拠だけで判断なさる前に顔でもお洗いになった方が良ろしいかと」


「寝ぼけるなって? 全力で引っ叩かれたいみたいねぇ!」


 パメラは犬歯を剥き出しにして両手をわななかせたが――




「まったく!」


 先ほど蹴破った窓からヘラヘラ君を豪快に放り捨てると、大きく深呼吸をした。そしてゆっくりとメーヴィスに向き直る。とりあえずは落ち着いたのだとプリシラは一瞬だけ安堵したが――残念ながら、従者は邪悪な笑みを浮かべていた。棺の種類くらいは選ばせてあげるとでも言わんばかりの殺意が込められた笑みである――深呼吸はつっ込み・・・・で乱れた呼吸を整えるためだったのだろう。




(これ、ダメなパターンかも)


 メーヴィスを守るための防御神術を編みながら、プリシラは数歩後ずさった。そんなことはお構いなしにパメラは続ける。




「運が良かったわね。このエロメイド」


「邪魔されたように思えますが」


 メイドは表情を崩すことなく淡々と答えた。先ほどのパメラの蹴りは、直撃しようものなら命の危機に瀕するほどの威力だった。そして恐ろしい殺気を正面から向けられている現在も、メーヴィスに怯んだ様子は欠片もない。




「いいえ! 邪魔されたからこそラッキーデイよ! 舌なんか挿入いれてたらモザイクなしには視認できない姿になってのたよ!?」


「大神官の従者とは思えない非常識な発言は慎んだ方がよろしいかと」


「ほぼ初対面の相手にディープキス見舞おうって奴は、非常識に分類されないってことかしら?」


「命令に忠実であってこそメイドです。対象と関係を持って弱みに変えろと命じられれば、そうするだけです」


「ヤる気だったの!? まじでモザイクの底に沈めてやろうかしら……」


「助けられた僕が言えた義理じゃありませんけど、”光”に仕えているということを忘れないでくださいね」


 殺意全開のパメラと、あくまで表情を崩さないメーヴィス。二人が対峙する中、プリシラの控えめな指摘を聞いている者はいなかった。


 と――




「……まったく」


 拳を下ろしたのはパメラだった。拳を解いた右手で乱れた髪を梳く。




「防げたことだし見逃してあげるわ」


 とはいえ、表情は危険な笑みのままなので――大神官の従者としての立場を思い出したのか、それとも掃除が大変なので外で襲ってしまおうと考えたからなのかは正直、微妙なところである。




「あんたも戦う気はないからばら・・したんでしょうし……あのぬいぐるみ拾ってさっさと帰りなさい」


「ばらした? ああ、僕と関係を持って云々のところですね」


 手のひらを拳で、ぽんと打ったプリシラにパメラが嘆息した。




「あなたも変質者に襲われたらさっさと滅しなくちゃだめよ。世間は危ないんだから」


「……世間では滅するのが基本ですか?」


「張り倒してもいいけど、殴るの苦手でしょ?」


「格闘訓練も受けましたから苦手ってほどでは」


「選択肢が豊富って良いことよね」 


「はい」


 プリシラを背後から抱きしめたパメラは機嫌が直ったのか――彼の髪に顔をうずめると微笑みを浮かべた。




「私だって性交渉ヤってないのに、先なんか越されたら魔王を名乗ってこの大地を席巻しちゃうわ」


「耳元で人の破滅を囁かれると聞こえない振りも難しいんですけど」


「あ、魔王になってみる?」


「僕は倒す側に就職したので……」


「じゃあ仕方ないわね」


「パメラさんもですよ?」


「……」


 仲睦まじくイチャつき始めた二人に、メーヴィスが目の端を、きらりと輝かせる――




「では三人で楽しむという方向で」


「あんた一人ソロで楽しむ方向で進めておいて」


 二人の手を握ってベッドに引っ張り込もうとしたメーヴィスは、さきほど蹴破られた窓から、ぽいっと放り出された。




「この部屋……二階ですよね?」


「あいつは大丈夫よ」


 肩を竦めたパメラの言う通り、元気に駆けていく音が聞こえてきた。




「それはさておき……とっとと片付けるわよ」


「はい?」


「はい」


 ぱちくりと眼を瞬かせるプリシラに――パメラは鞄から引っ張り出したお風呂グッズを手渡した。



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