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⑤美味しいジュースと大神官


”アアアアア!”


”アアアアアアアアア!”


”アアアアアアアアアアアアアアアア!”


 一丸となって追ってくる死霊の大群フライング・ヘッド・ホードが放つ気配は、おぞましいものだった。


 パメラの全力疾走でそれなりに引き離したにも関わらず、プリシラは全身が凍り付いたような感覚に襲われていた。




「あいつらを村まで引きつれて『下位の死霊・合唱団フライング・ヘッド・コーラス御一行様ご案内』って訳にはいかないわよ?」


「はい! 村の方たちを肴さかなにどんちゃん騒ぎなんてさせません!」


 それでもプリシラは体を動かし続け、遺跡へと通じる洞窟から脱出した。その直後、彼は体を翻し、意識を前方――洞窟の入口へと集中させた。




「周囲に敵影はないわ! 蚊みたいのがいるけど、あなたの肌は私が守るから安心してヤっちゃって!」


 パメラのヤっておしまいゴー・サインを受け取ったプリシラが――




「はい!」


 ”カラダは華奢でも神術の腕は凄いんです”と豪語する大神官が、自らの発言に力強い根拠を示す。




「禁じられた聖域クレセント・チェイン!」


 突き出した両手の先に出現したのは、歪な形の球体だった。淡い輝きを放っているが、ごつごつとした形状であり、ずっしりとした質感である。宙にぴたりと静止しており、てこ・・でも動きそうにない雰囲気だったが――




 じゃらららっ!




 けたたましい音を発しながら勢いよく解れると、一直線に洞窟入り口の岩石に突き刺った――球体は長い鎖が絡まったものだったらしい。そして、輝く鎖は洞窟入り口前を縦から横から何度も往復し、幾条もの輝く線を描き――最後に、出入り禁止だと警告するかのように輝きを増した。




「洞窟の入口は封印したので、彼らが出てくることは不可能です」


「アイゼル村の観光は来世までお預けね」


「はい。あの、えっと……絶対に破れませんよ?」


 大神官プリシラが張ったのは、魔を阻むことを目的とした封印であり、下位の死霊・合唱団フライング・ヘッド・コーラス御一行様どころか、高位の死霊・管弦楽団スペクター・オーケストラ御一行様が押し寄せても突破不可能な代物である――しかし、そんなことはお構いなしに、下位の死霊フライング・ヘッドたちは次々と殺到した。




「ググググウ!?」


「進メナイぃ!」


「温カナ壁ガアアア!?」


 もちろんプリシラの神術を破ることは出来ず、封印の向こう側は下位の死霊でぎゅうぎゅう詰めになってしまった。鎖の隙間から覗く圧し潰されたような顔面の数々は――非業の死を遂げた魂たちには申し訳ないが――不気味と言うほかにない。




「……ごめんなさい」


 プリシラは気の毒そうな表情で彼らを見つめたまま動かない。そんな大神官を、パメラは背中から抱きしめた。




「もう少し眺めてく? それとも出直す?」


「……ビリーさんに聞きたいことがあります」


 耳元で囁かれた優しい声とは真逆の厳しい声音でプリシラは返した。




「連レテ行ケエエエ!」


「苦シイイイ……」


「アアアアァ……!」


 苦し気なうめき声にプリシラは立ち止まりかけたが――




「あなたが背負うべきものじゃないわ」


 パメラはやや強引にプリシラを洞窟から遠ざけた。 




「とととととととと盗掘ですか!?」


「はい」


 盗掘という単語を出した瞬間、ビリーは座ったまま椅子から飛び上った。天井に突き刺さるほどではなかったようだが、かなり驚いたようである。ついでに言えば、万歳のポーズなどとったために、彼が持っていたグラスは宙を舞った。




「失礼いたします」


 プリシラめがけて落下してきたグラスに、すっと手を伸ばしたのはメイドのメーヴィスだった。人差し指と親指とで摘まむように受け止めたグラスからは、酒の一滴すら零していない。飛び散った雫をグラスで全て受け止めたのだろう――恐ろしい動体視力である。




「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ失礼いたしました」


 プリシラは微笑んだが目を伏せたメーヴィスは無表情のまま深々と頭を下げ、グラスを持って部屋から出ていった。




「で、心当たりはない?」


「あああああありません! 私の交友録に冒険者の名前など記載されておりません!」


「非合法な仕事を引き受けてくれる連中の名前なんか馬鹿正直に記載しないでしょ。脳みそにだけ書き留めておくのが普通よね?」


「ぬははははは! 脳みそにペンを走らせるなら正直に記載した方がマシでしょう!?」


「今のは比喩なんだけど、口を駆使して伝えるかあんたの頭をカチ割って直に『比喩よ』って刻むか正直なところ悩んでるわ」


「さすがは大神官の従者の方! 冗談の方もえげつない!」


「ええ。えげつないってよく言われるわ。で、頭蓋骨こっちによこす気ない? それともそいつら・・・・のことを口で説明してくれるのかしら?」


「ぬはははは! あのですな! その……覚えがありません! 冒険者などと関わったことは――」


「私たちは冒険者・・・なんて言ってないんだけど」


「あっ……!?」


 自らの失言に気付いたビリーは、さっと蒼ざめると凍り付いたように動かなくなった。だばだばと流し始めた冷や汗も拭うことも出来ず――その間も時は流れていく。




「このジュース、すごく美味しいですね」


「瓶からして高級そうだもの」


「他の国を見て回りたいですね」


「そうねぇ……でも大神官あなたが他の国を見て回るとなると、外交的な問題が発生するんじゃないかしら?」


「やっぱりそうなりますか……」


「まぁ旅行の件はお偉方に相談が必要ね。バカンスの前に仕事を片付けましょう」


「そうですね」


 二人は会話にひと段落つけると、揃って疑いの眼差しをビリーへと向けたが――返ってきたのはビリーの自信満々な顔だった。




「ぬはははは! 盗掘と聞かされたので冒険者を想像してしまったのです! これは当然の連想というものですな!」


 完璧な理由だと言わんばかりに座り直すと、肘枠に大きくもたれかかった。


 しかしその直後、




「まぁ、彼らから話を聞けば何もかもはっきりしますけど」


「生きてるですとおおおおおおお!?」


 突いていた肘を支点にした側転でソファーから転げ落ちた。なかなかにダイナミックな芸当だったが、本人にその気はなかったろう。プリシラたちもそれは分かっていたらしく、拍手を送りはしなかった。尻もちをついたままのビリーに、大神官とその従者が冷たく告げる――




「……死ぬのを待っていたということですね」


「ええ。だから教会への連絡が遅かったのね」


 三十日前に起こったと言われる大地震。その直後から墓場で呻き声が聞こえるようになったというのに、教会への届け出はそれから十日も後である。調査から討伐までを無償でこなす教会への連絡を遅らせる理由は他にない。




「ごごごごご誤解してらっしゃるようでででですが……」


 何とか立ち上がったビリーは、転がり込むようにソファーに座ると慌てて口を開いたが、プリシラの微笑みが遮った。




「清浄なる流れホワイト・ブリーズ」




 ごうっ!




「おうえあああああ!?」


 高山に流れるような冷たく、そして穢れない突風がビリーの冷や汗を蒸発させ、ついでに彼の口を閉じさせた。 




「冒険者たちのことは置いておくとして……あなたは神官が到着していないと言っていましたね?」


「はい! それは間違いありません!」


 ビリーがどういった悪行に手を染めていたのかは、今までの態度で何となく分かったが、




(これについては嘘を言ってないわね)


(……そうですね)


 ビリーの様子から判断するに、彼が神官の到着を知らなかったのは――彼の頭蓋骨を引っ張り出して確認する間でもなく――真実だろう。




「そう! プリシラ様! 今晩は我が屋敷にお泊りいただけませんか!? 素晴らしいおもてなしを――」


「いえ、すべきことが増えてしまったので」


「失礼するわ」


 おもてなしの内容も何となく分かったので、プリシラたちは屋敷を後にした。




(奴らが生きていたと!? くたばるまで待ったつもりだったが……焦り過ぎたか!)


 顔面を怒りでしわくちゃにしたビリーはソファーから立ち上がると、怒声でメーヴィスを呼び出した。



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