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 プリシラの放った光球が通路に着弾した瞬間、二本の腕――救いの指先セイクリッド・テンが扉を、ばたんと閉じた。そのおかげで、扉の向こうを襲った大爆発がプリシラとパメラを脅かすことはなかった。轟いた爆音が耳鳴りとなって数秒間だけ留まりはしたが、通路側の惨状を想像すれば、可愛いものだと肩を竦めるのは容易だった。


 とはいえ――




「今の全力だったでしょ? やり過ぎだと思うわ」


 パメラが言った通り、先ほどの一撃には下位の死霊フライング・ヘッドや白骨死体の壁スケルトン・ウォールを退ける目的で見舞うには、過剰と言わざるを得ないほどの魔力が注ぎ込まれていた。この辺り一帯の悉くことごとを滅殺するに足る魔力の量ではなかったが――プリシラが消耗したのは間違いない。




「ヒトの魂は儚いんだから自重しないとだめよ」


「それは分かってます。ただ――」


 救いの指先セイクリッド・テンに額やら頬やらの汗をハンカチで、ぺんぺんと拭われていたプリシラは、扉の方を警戒したまま続けた。




「見習いだった時に先生から『後顧の憂いはお肌の天敵。ぐっすりと眠るために追手は必ず断ちましょう』と教わったから仕方ないんです」


「……あなたの先生が女性だっていうのだけは分かったわ」


「具体的に何を断つのか示さない辺りが奥ゆかしいですよね?」


「『追手にはどんなことをしても良いんですよ』って暗に示してる気がするんだけど」


「そんなことありませんよ!? 先生は――」


 何やら頬を膨らませたプリシラは、勢いよくパメラの方へと向き直った。そして反論を展開しようとしたが、




「うわあああああああ!」


 振り向いた先に立っていた死霊――若い女性である――と近距離で目を合わせ、尻もちを付いてしまった。




「あなたの先生が『うわあああああああ』なのは置いておくとして……ここはなんだと思う?」


「なにって……えっと……」


 プリシラの顔を心配そうに覗きこんでいた死霊を適当に放ったパメラは、プリシラに手を貸して立ち上がらせた。目の前の光景に絶句した大神官は反論も忘れ、困った顔で周囲を見回していたが――




「酒場に見えない?」


「見えます」


 プリシラは従者の問いに即答した。分かってはいたのだが、その言葉を発するのが躊躇われていたのだろう――墓場と聞かされていた場所で、ずんちゃずんちゃと音楽が流れていてはそれも仕方ないのだろうが。




「ていうか、酒場以外に思い当たる施設がありません」


 プリシラが見上げた先――高い天井には青白い輝きを放つ巨大な水晶球が設置されており、それを中心にして無数の下位の死霊フライング・ヘッドが円を描いて飛んでいる。


 床にはテーブルがいくつも並べられており、動く骸骨スケルトンや腐乱した死体デッド・ボディーなどがグラスを傾けている。彼らから少し離れたところにある、一段高いスペースにはソファーさえ設置されており、着飾った死霊――高位の死霊スペクターと呼ばれる”厄介な”不死の怪物である――が女性の腐乱した死体デッド・ボディーの肩に腕を回していた。談笑などしているようだが、死に方と言う共通の話題で盛り上がっているのかも知れない。




「墓場と酒場。似てるから看板の解読を間違えたのかしら」


「誤訳……?」


 遺跡に刻まれた文字の解読には、専門の知識を持った者たちがあたるのだが、彼らも人間なのだから間違ってしまうこともあるだろう。さらに言えば、それを指摘する魔人ものもこの大地には既に存在しない。




「……」


「……」


 何ともいえない脱力感に身を任せた二人は、壁際の舞台ステージから聞こえてくる不死の怪物アンデッドたちの演奏に耳を傾けた――というかそうするしかなかった。


 と――




「AROSSYOAMOSU!」


「え? あの……」


 露出が多い服を着た白骨死体スケルトン――店員だろう――がプリシラに声をかけてきた。理解不能な言語だったので、滅する以外の選択肢が思いつかず、どうしたものかと頬を掻いていたプリシラだったが、店員は笑顔――肉がないのであくまで雰囲気である――で会釈すると手近なテーブルを指差した。




「”いらっしゃいませ”って言ったんじゃないかしら」


「OTARONEESUKAHUDEIZE」


「”あちらのお席へどうぞ”かしら」


「お酒は飲めないんですけど……」


「DUHOEMAZIWEEMETASAMOSI」


「”ではお水をお持ちします”だって。確信はないけど」


「あの、じゃあ……お願いします」


「カシコマリ、マシータ」


「……人間ひとの言葉がお上手ですね」


「エッヘン!」


 もはやどうでも良い話だが、不死の怪物アンデッドに飲み物を注文した神官は、プリシラが初めてだった。




「あの……これどうしましょう?」


「燃やす?」


 二人は適当な席につき、死霊の墓場――ではなく、酒場を見回した。




「繁盛してるみたいね」


「……はい」


 店内はぎゅうぎゅう詰めの一歩手前であり、パメラが言った通り、繁盛している。


 とはいえ、数多くの不死の怪物アンデッドが踊ったり歌ったり愛を囁き合っている光景は、いかに大神官とは言え恐ろしいの一言であり、墓場と酒場の境界線すら曖昧な施設など、きれいさっぱりに浄化してしまいたいというのが本音だったろうが――




”サイコーダアァァァァ!”


”ヒアウィイゴオオオオ!”




 生前の未練――多分――を発散している彼らが襲ってくる気配はない。なかには生前の姿でリズムを踏んでいる者もおり、火力で片付けるというのはさすがに躊躇われた。




「まぁ焼くも燃やすも神官リアーナを探してからってことね」


「はい。それにしても……よく飲めますね」


 プリシラの前には氷水の入ったグラスが運ばれてきた時のまま置いてある――さすがに不死の怪物アンデッドが運んで来たものに口をつける勇気はないようである。そんな大神官とは対照的に、パメラが持つグラス――琥珀色の液体が入っている――は、ほとんど空である。




「安心なさい。これはただのお酒よ。ていうか、味からしてヒトが作ったお酒ね」


「それはそれで勤務中に飲酒していることになりますよ?」


「さぁ、一息ついたし張り切って働くわよ! まずは物理的な足をもつ連中を探しましょう」


「……白骨死体スケルトンと腐乱した死体デッド・ボディーは除外ってことですね」


「さすが私のご主人様マスター……冴えてるわね!」


「ちょっと飲んだくらいで減給なんかしませんから安心してください」


「そういうところも好き♡」


 機嫌良さそうにプリシラの頬を、ぷにっと突いたパメラは、空にしたグラスを置くと立ち上がった。懐から取り出した数枚の銀貨をテーブルに並べ、酒場中央のカウンターに向かって叫ぶ。




「代金は置いておくわよ! お釣りはとっておいて」


「オーケイだぜ! ひゅー!」


「じゃあ行きましょう」


 右肩をぐるぐると回し、やる気充分をアピールするパメラに苦笑しつつ、プリシラも立ち上がった。


 と―― 




『神官のネーチャン! 良い飲みっぷりじゃねぇか!』


『神職者を舐めてはいけません! せあああああ!』


『兄貴ぃ! 負けんなよ!』


 プリシラたちの後方から、活き活きとした叫び声が響き渡り――そこに死霊たちの歓声が足された。大盛り上がりと言った様子である。背伸びしてそちらの方を見やったパメラが楽しそうに呟く。




「両足のある連中が酒で勝負してるわね。法衣着て飲んだくれてるのが探してる神官じゃないと良いけど」


「……」


『兄貴って呼ばれてんのは伊達じゃねってところを見せてやるぁ!』


『かっこいいぜ! 兄貴ぃ!』


『この神官歴十年のリアーナに勝てるとお思いですか!?』


「あらあら……まぁ生きてて良かったわ」


 とりあえずの目標を達成したからなのか、再び腰を下ろしたパメラは新たに酒を注文し――瞼を半分ほど下ろしたプリシラは騒ぎの中心へと向かった。




「かっこいいぜ! 兄貴ぃ!」」


 騒ぎの中心となっているテーブルには人間が三人いる。向かい合って飲み比べ勝負をしている神官リアーナと冒険者風の男性。そして飲み比べの審判を務めているらしい男性――兄貴と叫んでいたのだから、冒険者風の男性の舎弟か部下か兄弟だろう。さほど重要な区別ではないが。




「七つ目です!」


『オオオオオ!』


 二人が向かい合うテーブルには酒が注がれたグラスがいくつも並べられており、交代交代にグラスを飲み干しては、空になったグラスを並べていく。半眼になった大神官が、つかつかと近寄って行く間にも、テーブルには空のグラスが並べられていく。




「あなたの番です!」


「も、もう無理だぜ……」


 それからすぐに、冒険者はテーブルに突っ伏した。




「兄貴ぃ!?」


 舎弟か部下か兄弟の男が意識を確かめるように、冒険者の肩を揺すったが反応はない。その様子を見ていたリアーナが、観客へ向けてガッツポーズをとった。




「”光”のご加護は内臓にまで及ぶのです! 貴殿らも精進すると良いでしょう!」


 泥酔した様子の神官は感極まったような声を上げると、手付かずだったグラスを手に取り、宙高く放り投げた。酒が並々と注がれたグラスは、実体を持たない死霊たちを素通りし、




 ぱしゃっ!




 中の酒ごとプリシラの頭を直撃した。からん、という軽い音。床に落ちたグラスが立てた音である――硝子ではなく、なにか軽い素材で出来ているらしい。それでプリシラが肩を竦める訳でもなかったが。




「さあ、ここからは私の独壇場! 新記録に挑みます!」


「かっこいいぜ! 神官の姉貴ぃ!」


『オオオオオオオオ!』


 酒場全体を巻き込みつつある大騒ぎの中、頬を膨らませたプリシラは神官のそばまで駆け寄ると――新たな記録を樹立しようとしていた――彼女からグラスを取り上げた。甲高い声で叫ぶ。




「いい加減にしてください! 何してるんですか!? ていうか、何するんですか!?」


「はて!? 私の新記録を阻もうとする貴殿は一体、どこのどなたでしょう!?」


「そういうあなたは教会から派遣された神官リアーナさんですよね!? 同姓同名同年齢同職業の人違いっていう、天文学的な確率の偶然という心配はありませんよね!?」


「ありません! 私は教会から派遣された神官リアーナです!」


「じゃあ何で飲んだくれてるんですか!? あなたは亡くなったものと判断されてみんな悲しんでいるっていうのに、お酒飲んでお酒に呑まれて新記録ってどういうことですか!?」


「ふっ……」


 不敵な笑みを浮かべたリアーナは、顔を真っ赤にしたプリシラから顔を逸らすと――いや、最初から見てもいなかったのだろう――他のグラスに手を伸ばした。




「女には負けられない時があるのです。貴殿もオンナになれば分かるでしょう!」


「オンナ……」


 プリシラは――いわずもがな男性である。


 しかし、少女のような顔と華奢な体で間違われることが多い。普段であれば苦笑いで済ますのだが、




「……体内のお酒を浄化してあげます」


 色々あった後でお腹一杯・・・・だった大神官は、満面の笑みを浮かべ――その身に宿した”光”の力を解放した。天井へと掲げた両手の先に”光”の奇跡ちからが編み上げられる。




「癒す清浄の灯ホーリー・ライト!」


 眉を小刻みに痙攣させるプリシラは、頭上に輝く宝珠オーブを出現させた。


 本来は身体に侵入した毒などを消滅させる聖なるの灯りである。酒にも効果があるのかどうかは、前例がないので何とも言えないが――




『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』


「え!?」


 死霊にとっては滅びの輝きに違いない。遠巻きに騒ぎを眺めていた死霊たちが一斉に悲鳴を上げると、酒場にいた全ての死霊たちがプリシラを取り囲んだ。




「あ、まさか!?」


 気付いた時は手遅れだった。




”コロサレル! コロサレル!”


”コロサレルウウウウウ!”


”イヤダアアアアアア!”


 自分たちが浄化されると思い込んだ死霊たちは、魔物の性を剥き出しにした。




(まずい!)


 神術は桁外れの奇跡を起こすのだが――それだけに複数同時展開は非常に困難であり、体内浄化と広域殲滅とを同時には展開できない。


 おまけに、




「殺スノダアアアアア!」


 下位の死霊フライング・ヘッドのみならず、高位の死霊スペクターまで戦闘態勢に入ってしまった。




「部屋いっぱいの死霊の中で浄化の術なんか使ったらこうなって当たり前よ?」


「ごめんなさい!」


 プリシラを抱きかかえたまま酒場のドアを蹴破ったパメラは、プリシラの神術が穿った陥没穴を飛び越えると、来るときに疾走した通路を反対方向へと疾走した。異なるのは、全身の魔力を全開にした全力疾走であるということだった。




”ワフ! ワフーン!”




 そして、復元したらしい腐乱した猟犬アンデッド・ハウンドやら腐乱した子犬アンデッド・ワフワフやらの群れ飛び越え、白骨死体の壁スケルトン・ウォールが迫って来るよりも早く地上への梯子を飛び越え、縦穴の傍に着地した。




《JYASUANAMUASOMOGOEKOURADUSINU!?》


「……まぁそんなところよ」


 パメラは、ふぅと一息ついてから白骨死体の壁スケルトン・ウォールの叫びに返事をした。




「……骸骨の壁はなんて言ってたんですか?」


「”女性二名様がお帰りですね!?”」


「カラダは華奢でも神術の腕は凄いんですからね!?」


 プリシラの甲高い抗議は、死霊の酒場と書かれた看板を微かに震わせてから消えた。




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