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村から徒歩数分の所に地下遺跡――死霊の墓場へと通じる洞窟が、ぽっかりと口を開けていた。落盤を防ぐためか、入り口は木材と金具でしっかりと補強されており、入口脇の掲示板には作業員たちのシフト表や工期の予定表などが画鋲でとめられている。
「それにしても結構な数の作業員が働いてたのね」
既にぼろぼろとなったシフト表には、ざっと数えて五十ほどの名前が縦一列に記されている。指揮や衛生管理など、発掘以外の業務に携わっていた者たちを含めれば、百名を超える人々がこの遺跡発掘に関わっていたと考えられる。村すら作られたことに鑑みても、当時の期待の高さがうかがえよう。
だが――
「結局は何も出なかったんだから無常ね」
「遺跡は宝箱みたいなものですから……」
開けるまで中身への期待は膨らみ続け――その期待はやがて”早く開けたい”という欲求へと変わる。そして工期短縮のために公的な資金が投入され始めると、利益の気配を察知した資本屋・たちが多額の融資を申し出て――そんなことを話しながら二人は洞窟を下って行った。
「最後はみんな揃って転んでしまったと……お気の毒に……」
「本当に気の毒なのは、この村に移住したヒトたちだけどね」
誰も自分から荒地に住もうなどとは考えまい。恐らくではあるが、甘い話に乗って――いや、乗せられてしまったのだろう。住み慣れた町や村を離れて移住したものの、開墾作業に精を出した報酬は寂れた村での寂れた生活。しかも悪徳村長ビリーという丸いオマケ付きである。
「せめてビリーさんが真っ当な人間になってくれれば良いんですけどね」
「生まれ変わらせた方が早いわよ。燃やす?」
「……試すべきことをやってだめだったら考えましょう」
大規模な資本が投下されただけあって、地下へと下る道も入口同様、しっかりと補強されている。等間隔に設置されたランプに火を灯しながら降りていくと、やや広い空間に出た。見回せば柱や女性をかたどった像などがいくつも倒れており、墓場といった印象はない。
というか――
「あれってベンチに見えません?」
「テーブルっぽいのもあるわよ」
壁面に沿って並べられた小洒落たベンチ。そして大理石マーブル模様のテーブル――死者を弔う施設といった雰囲気はまったく感じ取れない造りである。
「何をもって『墓場』と名付けたんでしょうね?」
「きっとあれよ。ほら」
パメラの人差し指に合わせて視線を上向かせると、壁の上部に看板――やはり洒落たデザインである――が掛けられていた。何やら文字らしきものが描かれているが、看板は損傷が激しい上に、プリシラは人間以外の言語を習得していないので内容は不明だった。
「……専門家の人はこれを『死霊の墓場』って解読したんですね」
納得したようなしないような顔で小首を傾げていたプリシラだったが、
「あそこを見て」
「え?」
従者の声ですべきこと思い出し、彼女が指さした方――向かいの壁へと慌てて視線を向けた。ランプから離れているせいではっきりとは見えないが、壁は大きく崩れている。
「ビリーさんが言っていた大地震で崩れたんでしょうね」
「とりあえず確かめましょう。付いてきて」
パメラは近場に提げられていたランプを手に取ると崩れた壁に向かい、プリシラも続いた。壁際まで進んだ二人は、そっと内側を覗き込む――
「深そうね」
「はい。ランプでは無理ですね」
壁の内側は半球状の空洞になっており、中央に円柱状の縦穴が掘られている。縦穴には梯子はしごらしきものまで設置されていた。壁の内側に立ち入ったプリシラは、右手のひらに光球を創り出して縦穴の内部を照らしたが、かなり深いらしく光は底まで届かない。
「この梯子が遺跡の埋蔵物だとは思えないわ。ということは――」
「誰かが入ったんでしょうね」
「神官リアーナかしら?」
「土埃の量からして……設置されたのはもっと前かと」
梯子に積もった土埃の量を左手で確かめていたプリシラが、緊張した声で呟いた。
「未発掘の遺跡に入るってことは、自殺志願者か盗掘目的の誰かってことね」
「はい。こういった場所は危険ですから」
未発掘の遺跡は防衛石兵ガーディアンや魔物などと遭遇する可能性があり、非常に危険である。そのため、発掘の前に複数の神官を中心とした探索部隊が派遣されるのが通常なのだが――金のためなら危険に飛び込むことも厭いとわない者にとっては、一攫千金のチャンスでもある。
「あの丸っこいビリーは危険に飛び込むなんて柄じゃないから……あいつに雇われた盗掘専門の冒険者ってところかしら」
「もしそうだとしたら、死霊のどんちゃん騒ぎは地震が原因ではないかも知れません」
「冒険者が遺跡を稼働させた」
または稼働させてしまったか――どちらにせよ、先に進まなければ分からない。そして危険に飛び込むのはプリシラたちの平常業務である。
「行きましょう」
「そうね」
大神官とその従者は、躊躇うことなく地下遺跡へと潜って行った。
・
・
梯子を下りた先は通路だった。洞窟というよりは建物を連想させる、一直線で整然とした通路であり、壁や床が崩れてもいない。天井に設置された水晶球によって淡く――または妖しく――照らされており、人間が”墓場”と聞いて想像する雰囲気とはかなり差があるように思える。
そんなことより――
「この遺跡……やっぱり稼働してます」
「いよいよ楽しくなってきたわね」
遺跡は”光”と”闇”が争っていた時代に、彼らの軍事拠点として造られたものが多い。死霊を呼び寄せるものであれば”闇”――つまりは魔王の管轄であった可能性が高い。稼働中ともなれば、侵入者を撃退する機能が生きていても不思議ではない。
二人が魔力をまとった瞬間、
「プリシラ!」
「はい!」
通路の奥から背丈の低い何かが猛スピードで突っ込んで来た。通路自体の見通しは良いが、天井の水晶球は青白い光を放っており、やや暗い。突っ込んで来る物体が何なのかは鳴き声を聞いて分かった。
”バウ! ワウ!”
「腐乱した猟犬アンデッド・ハウンドですね」
「殴っても良いけど……衛生的な理由から殴りたくないわ」
「じゃあ僕が!」
パメラを下がらせたプリシラは、右手を前方へと突き出した。
”ワフ! ワフーン!”
「なんか人懐っこい鳴き声ですね」
「ワフワフしたいなら止めはしないけど、蛆虫だらけの顔面みてから判断した方が良いわよ」
「……」
腐乱した猟犬――要は犬の動く死体アンデッドである。生前の記憶でじゃれつこうとしているだけなのかも知れないが、魔を滅する神官であるプリシラは魔物と化した彼らとワフワフする訳にはいかない。それは腐った彼らが非衛生的であるというのが理由の十割ではない。
「三割ってところかしら?」
「彷徨い続ける彼らに速やかな安らぎを与えるべく、ワフワフすることなく滅ぼします! 輝きよ!」
背後からの楽しそうな声に何やらぎくりとしたようだが――プリシラが展開した神術は問題なく腐乱した猟犬アンデッド・ハウンドの群れを消滅させた。
しかし、通路の奥から新手のワフワフの群れが迫ってくる。
”クウーン!”
”キュウーン!”
「子犬!? ああ、でも……代えの服は宿屋だし!」
「あなた犬派?」
「どちらかと言えば猫派ですが犬も好きです!」
「じゃあ私がやるわ。まぁ踏みつぶせばそんなに汚れないでしょ」
「いえ、僕がやります。幼くして死を遂げてしまった彼らをごりごり踏み躙るえげつない姿を網膜に映したくありません」
「靴底に怨念を染み込ませる趣味なんかないけど?」
半眼になったパメラは、じっとりとした視線をプリシラの側頭部に突き刺したが――本格的に神術の展開を始めたプリシラは気付いていなかった。
「ちょっと滅ぼしますけど……痛くありませんから安心してくださいね!?」
「……紙に書いたらすごい字面になりそうね」
と――
『AROSSYOAMOSU!』
「え!?」
プリシラは背後からの謎の声に神術を中断した。首だけで振り返った彼が目にしたのは、白骨死体スケルトンが埋め込まれた壁だった。唯一、壁から突き出している両腕を、がしゃがしゃと動かしながら迫ってくる。
「壁が向かってくるわ!」
「来世では未練を残すことなく”光”に還ってくださいね!」
素早く展開した神術で腐乱した子犬アンデッド・ワフワフの群れを消滅させたプリシラは、パメラの手を引いて通路の奥へと全力ダッシュを開始した。
『JYASUAGONAMUASOMODUSINU!?』
白骨死体の壁スケルトン・ウォールは、意味不明な叫び声を発しながらそれなりの速度で迫ってくる。肉の無い両腕を、がしゃがしゃと振り乱しながら迫ってくる姿は、生者を食らおうとする亡者そのものの不気味さである。
「掴まったら取り込まれる系でしょうか!?」
「握手されるだけかも知れないけど、とにかく走りなさい!」
そういう訳で、プリシラたちは反撃も忘れて逃げる一方となっていた。幸いにも壁が迫ってくる速度自体は、両足をもつ生者に追いつけるほどのものではないので、振り切るのは難しくない。挟み撃ちでもされなければの話だが。
”ウィィィッスー!”
”ウォオオオオー!”
”ウオオオオオン!”
「神術を編むので止まってください!」
「何が控えてるか分からないんだから、魔力は温存しなさい」
通路の奥から迫って来たのは下位の死霊フライング・ヘッドの群れだった。その名の通り、透けた人の頭部が飛んでいるだけであり、死霊と呼ばれてはいるが、単体であれば大した脅威にはならない。不死の怪物アンデッドに詳しくない者が遭遇すれば、悪夢を見る程度の被害は出るかも知れないが、神官であれば無害とさえ言い切って支障はない。
だが――
「こういう状況なら容赦しないわ」
華奢とは言え、プリシラは鍛えられた戦士である。そんな彼の脚力を圧倒する速度で、パメラは死霊の群れへと飛び掛かった。
「僅かでもプリシラに危険を及ぼす存在は滅するのみ!」
口と同時に動かした左右の拳は、言葉通りに下位の死霊フライング・ヘッドの群れを滅ぼした――ように見えたが、ばらばらに砕かれた死霊たちはパメラが着地した時、既に復元を終えていた。
「復元した!? 下位の死霊が私の攻撃で滅びないなんて……」
「パメラさん、壁が迫ってます!」
追いついたプリシラはパメラの腕を掴んで――微妙にショックを受けている――彼女を半ば強引に走らせた。
”イタイイイイ!”
”ウワアアアア!”
”テキカアア!?”
二人が走り去って数秒後。攻撃されたことに気付いた死霊たちは反転し、ふくれっ面でプリシラたちを追った。
『OBORURORUTUHOKEMORAMOSI!』
そして白骨死体の壁スケルトン・ウォールは、理解不能な言語で何かを叫びながら、速度を大幅に上げてくる――
「壁なのに早い! こういうタイプって攻撃力は高いけど遅いのが常識なのに!?」
「ねえ、あなたは生命のピンチっぽいし……私はプライドのピンチだから全力でやっていいかしら?」
「それはダメです! 絶っ対にダメですからね!?」
「でも私のプライドにひびが入ったっていうか、大暴れしたい感じっていうか……なんかもう、この辺り一帯の悉ことごとくを滅殺したい気分なのよねー」
「『お化粧ののり・・が悪いのよねー』みたいな感覚でこの辺り一帯に滅びをもたらさないでください!」
「……了解したわ」
「本当にダメですからね?」
「はーい」
渋々といった様子ではあったものの、とりあえずパメラは引き下がり――安堵したプリシラは額の冷や汗を拭った。走っているにも関わらず全身に寒気を感じるのは、不死の怪物アンデッドの群れに追いすがられているからではないらしい。
(危なかった……)
とはいえ気ままな従者である。いつ考えを変えるか分からない。
『やっぱりヤることにするわ』
それを想像しただけで、プリシラは全身に冷や汗を浮かべた。このままでは数分の内に替えの法衣が必要になるだろうが、替えの法衣は手元にない。つまり、今すぐに何とかしなくてはならない。
「あ!」
そんな時、従者と不死の怪物アンデッド――ふたつの脅威に挟まれたプリシラは、通路突き当りの扉に気が付いた。薄暗い通路の中でそれに気付くことが出来たのは”光”の救いか、”闇”の誘いざないなのか――
「派手に蹴破りましょうか?」
「その破壊神寄りの思考、もう少しこっち側に傾けません?」
半眼で返しつつ、プリシラは現状を打破するための神術を編み上げた。荒い呼吸を整えてから、叫ぶ。
「穢れなき救いセイクリッド・テン!」
”ふふふ”
女性の笑い声がプリシラの周囲に響く。死や滅殺とは無縁であろう、穢れない白。そんなものを連想させる上品な笑声。それに続いて二本の腕――どちらも手首から先のみであり、白く輝いている――が出現した。
「女の子の手よね? いやらしい神術もあったものだわ」
「え?」
何がどういやらしいのかプリシラは理解しかねたようだが、編み上げられた神術はすべきこと理解しているようだった。
”ふふふ!”
人には不可能な速度で扉へ飛ぶ。そして、
がちゃりっ!
扉を開いた。
「何がいやらしいのか理解しかねますけど、これは――」
簡単に言うのなら”術者がやって欲しいと思っていることをやってくれる”神術である。標準的な女性の腕力の範囲内でしかやって・・・くれないが、その分、簡単に編み上げることが出来るので、今のような状況では非常に重宝する神術である。
「便利っていえば便利だけど……ベッドで女の子の手が必要になった時は私を呼んでね」
「えっと……」
ぱちくりと眼を瞬かせる大神官に艶やかな笑みを送った後、従者は安全確保のために先行し、扉の中に飛び込んだ。
「安全クリアよ!」
「ありがとうございます!」
身を挺した従者に心からの感謝を送ったプリシラは、扉の中にスライディング気味に飛び込んだ。
そして――
挿絵(By みてみん)
「逃げる一方だと思わないでくださいね!? く・ら・えええええ!」
挿絵(By みてみん)
「浄化滅魔の大爆光シャイン・フォール!」
立ち上がるや否や法衣を翻し、通路に向かって殲滅神術を叩き込んだ。
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