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「ぎゃああああああああ!?」


 ガネルの火炎掌を正面から撃ち抜いた純白で穢れない炎は、着弾と同時に巨大な火柱となり、高位の死霊スペクターを上空へと打ち上げた。夜空に輝く満月と同じくらいの大きさに見える――ガネルはそんな高度に到達してから、




「ひゅうううううううううぐえっ!?」


 地上に落下げきとつし、かしゃんという軽い音を立てた。組み上がって慌てて立ち上がる。




「相殺したってのによぉ!? なんでだ!?」


「ふふふふふ……本当に相殺したんでしょうか?」


 狼狽した様子の高位の死霊スペクターに対し、プリシラは微笑みを向けた――ただし、頬を引きつらせている。顔つきが愛らしいためか妙な迫力がある。さすがのガネルも表情を凍り付かせた。




「新たな恐怖を発見したぜ!?」


「ガネルさん……突っ立てて良いんですか?」 


「ひゅー! 一発くれた程度で調子に乗るなよ、お嬢さんんんんんんんんんん!?」


 再び立ち昇った火柱がガネルを空高く打ち上げ――彼は再び、かしゃんと地上に落下した。




「何でだ!? 神術を使った様子はねぇってのに……」


「ふふふふふ」


 プリシラは微笑みを浮かべたまま両手を胸の前で組んだ。その両手は震えているが、恐怖しているわけではない。




「僕は男だって何回言わせるつもりですか!?」


「ひゅうううう!?」


 怒り心頭に発したらしいプリシラは、周囲にいくつかの光球を出現させた。神術を展開した様子など全くなかったにも関わらず唐突に――




「そうか!? 時間差だな!?」


「正解です」


 神術に限らず、術は決められた手順――魔力を溜め、術を編み、展開し、発動する――を経て完了に至る。


 高速発動クイック・キャストは術を編む段階を高速で行うのに対し、さきほどプリシラが使ったのは、発動の時間タイミングを調整する遅延発動コンフューズ・キャストと呼ばれるものである。そして相殺は発動と同時に行う必要があるのだから、その時間タイミングをずらされては予知でもしない限りは対応のしようがない。




 ぼんっ!




「ひゅうううう!?」


 そんな訳で――ガネルは三度目のお月様ごっこをする羽目になり、そして三度目の軽い音を響かせた。




「無効化するタイミングが読めねぇ……このお嬢さん、化け物みてえだぜ!?」


 最年少とはいえ、プリシラはこの国に十七人しかいない大神官のひとりである。そんな彼が全力を振るえば、高位の死霊スペクターなど敵ではない。頬をひきつらせている状態であればなおのことである。




「何度でも言いますけど、僕は男です!」 


「何度も言わなくても分かってるぜ、お嬢さん!」


「男だって言ってるのに!?」


「特別な神官のお嬢さん! 黒服を任されてる俺も、ただの高位の死霊スペクターって訳じゃねぇんだぜ!?」


「お馬鹿な高位の死霊スペクターですか?」


「『お』をつけても許されねぇことがあるんだぜ!? ひゅうううううううう!」


 頬――肉はないので雰囲気だけである――を引きつらせたガネルが立ち上がり、大きく息を吸い込むと、渦巻いていた下位の死霊フライング・ヘッドたちのなかの十数体が、彼の口に吸い込まれていった。その直後、ガネルの魔力が全回復し――そこから更に跳ね上がる。




「死霊と連携?」


「ひゅー!」


 下位の死霊フライング・ヘッドたちが着いてきた理由――




(違う! これは吸収……)


 いや、連れてこられた理由を悟ったプリシラが防御神術を展開した直後、吸い込まれた死霊たちの断末魔が、ガネルのあばら骨の奥から響く。




”苦シイイイイイイ!”


”痛イイイイイ!”




「悪いが……そのために集めたんだからなぁ! ひゅー!」


 結界の維持に全力を注ぎながら――プリシラは、ガネルが放った衝撃波の中に、苦痛に歪む死霊たちの顔が映り込んでいるのをはっきりと見た。




(なんてことを……)


 非業の死を遂げ、”光”に還ることさえ出来ずに彷徨い続けていた彼らの最期。それは魂を変換され、ガネルの魔力源になるというものだった。




「……」


 破壊の暴風が去った時、プリシラは無事だった。そんな大神官に、ガネルは驚愕の眼差しを送った。 




「生きてるとはやるじゃねぇか。だが――げぁっ!?」


 そして、なにやら決めのポーズを取っていたところに砕けた墓石――ガネルの衝撃波が砕いたものである――を投げつけられ、再び仰向けに転倒した。頭蓋骨を抑えながら身を起こし、抗議の声を上げる。




「ヒトがやっちゃいけねぇことをしなかったか!?」


「うるさい! 死霊の人たちを魔力に変換するなんて下衆もいいところですよ!」


 全魔力――要は魂の全てを魔力へと変換されてしまっては”光”に還ることも、”闇”に呑まれることさえ出来ない。そうやって消滅した彼らは、新たな生命としてこの大地に生まれてくることが出来ない。




「俺ぁ、一人だと言ったはずだぜ? 奴等は仲間でも何でもねぇただの魔力源さ!」


「仮にも元人間が言う台詞ですか!?」


 神術の相殺、魔力の回復――これらの行動でガネルが魔力源にしてきた下位の死霊の数は不明だが、十や二十ではないだろう。そして数の問題でもない。




「ふっ……コイツらが可哀想だって言うなら、お嬢さんがとっとと死ねばいいのさ! 同情するなら出来るだろう?」


 痛むらしい頭蓋骨を撫でつけているガネルの周囲に、再び死霊たちが集められる――




「圧殺・死霊拳ヘビー・フィアー!」


 呪に縛られた死霊たちが砲弾となってプリシラに迫る。強引に押し固められた彼らは苦悶の表情を浮かべている。迎撃、または回避で対応すれば、彼らの全てが破壊力に変換されることになる。直撃しても同じである。異なるのはプリシラの生死のみ――




「僕は女性ではありません」


 両腕を、ぶらりとさせたプリシラは、据わった眼差しでガネルを見据えた。




「大神官です」


 呟きと共に、小柄な肉体から膨大な魔力が溢れ出る。穢れない力。万能の力。あらゆる不死の怪物に救いを与える”光”の力――




「”燦然たる呼び声アフェクション・コール”」


「ひゅううううううううう!?」


 墓場に出現した純白の輝きを前に、ガネルの顎が、ぽとりと落ちた。




(死霊共が……)


 ガネルの頭上で渦巻いている死霊たちは全て呪じゅによって縛られている。


 だが、そんな彼ら――墓地に浮遊していた全ての下位の死霊フライング・ヘッドが、呪じゅから解放され、輝きへと吸い込まれていく。いや、非業の死を遂げたという無念を手放し、自らの意志で輝きの中へと飛び込んでいく。




「今のは……光……”光”を呼び出したのか……!?」


 片膝を突いたプリシラに襲い掛かることも忘れ、ガネルは呆然と呟いた。肉体を失い、心まで不死の怪物に堕ちた彼にすら温もりを与える救いの輝き。それは”光”そのものだった。




「ふっ……」


 ガネルは目の前の大神官が迎撃、または回避すると思っていた。慈悲ある心をひけらかそうが、ヒトであればそうするだろうと確信していた。最も大切のは自分であり、他人への献身など余裕をお裾分けする程度でしかないと――




「負けたぜ……」


 ”光”を呼び出すというのは、ガネルにしてみれば魔王を呼び出すようなものだった。かつて人を滅ぼしかけた魔人。単独でさえ神官数人、魔人の格によっては数十人がかりで戦ってなお、確固たる勝利を築けない魔人。そんな超常的な存在の頂点に在る魔王の召喚。それがどれだけ危険なことなのか――仮に可能だったとしても、実行するなどガネルには考えられなかった。




「……」


 無言で帽子をかぶり直したガネルは、立ち上がったプリシラに背を向けた。




「俺みたいになるんじゃねぇぜ……プリシラ」


 かつて男であった不死の怪物アンデッドは、自らの敗北を認め、何処へと立ち去って――




「逃がすかあああああ!」


「ひゅー!?」


 当然と言えば当然だが――プリシラはそれを許さなかった。全体重をしっかりとのせた飛び蹴りのお手本のような一撃が、ガネルの背中に命中し、彼はうつ伏せに倒れ込んだ。慌てて立ち上がろうとしたようだが――




「ひゅ、ひゅー!? 体が動かねぇ!?」


 飛び蹴りには神術が込められていたらしく、仰向けになるので精いっぱいらしい。全身の骨を蒼白にしたガネルに、プリシラは優しく微笑んだ。




「悲惨な死に方をした死霊の人・たちをさらに苦しめるような真似をしておいて……お家に帰れると思ってるんですか?」


「ちげぇんだって!? 俺みてえな目立つ不死の怪物アンデッドは長いものに巻かれねぇとやってけねぇっつーか、お声がかかったら断れねぇんだよ!?」


「ああそうですか。アンデッド業界も大変ですね」


「あ、おい!? 殺すことぁねえだろ!? この通り頼むぜ!? ちょっと――」


挿絵(By みてみん)


「あなたが祈る相手は魔王でしょう?」


「ひゅ……」


 プリシラは優しい微笑みを浮かべたままである。


 しかし、魔力の輝きによって下方から照らされているため、非常に恐ろしい微笑みとなっていた。ガネルは背筋せすじ――いや、背骨を凍り付かせた。




「ままっまっまま待て! な!? ちょっと話し合いっつーか、神官とか冒険者も殺さなかったし未練があるから死霊になったって言うか――」


挿絵(By みてみん)


「祈る相手が違います」


「ひゅうううううううううううううう!?」


 とりあえず――滅されずには済んだようだが、ガネルはとても痛い目にあった。



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