神「お主のチート能力は『いらすとや召喚』じゃ」
ひと目で手抜きとわかる、真っ白な空間。
「いらすとや召喚……?」
「そう、それがお主のチート能力じゃ」
俺は、自称『神』と対面していた。
平々凡々な大学生にすぎない俺だが、不運にも事故死してしまい、異世界に転生することになったらしい。
神はため息をつく。
「最近は、神界も予算不足での」
「予算不足」
「なのでフリー素材に頼ることにしたのじゃ」
「フリー素材」
オウム返しにする俺。
しかし「いやまて」と、そもそもの疑問に気づく。
「あの……なんで俺に、そんな能力をくれるんですか?」
「徳が貯まっていたからじゃ」
「徳」
そんなに善行を積んだ覚えもないけど。
「徳とかあるんですか」
「ある。徳を積むことで、上位の存在になることもできるぞい」
「上位の存在?」
「人間が言う天使とかそういうのじゃ。さらに徳を積むと神にもなれる。ちなみに基本的に徳は来世に持ち越しじゃ」
「そういうシステムなんですか」
知らなかった。輪廻転生がそんな仕組みだったとは。
「じゃあここで能力をもらうより、来世に徳を持ち越した方が良くないですか?」
別に神になりたいわけじゃないが、それが『ゴール』ならそっちの方が良い気がする。
「いや。今回使わないと、徳の有効期限が切れる」
「徳の有効期限」
「十回くらいしか持ち越せんのじゃよ徳は」
「ええ……」
つまり、俺は最低でも十回は輪廻転生してるってことか……前世の記憶とか欠片もないんだけど……
「もしチート転生を望まないなら、そのまま輪廻転生の流れに放り込むが」
「あ、いえ、ぜひ転生させてください」
このまま『終わる』には、人生に未練がありすぎる。
チート能力アリで転生できるなら、ちょっとぐらい楽しんでもバチは当たらないだろう。
ただ――その肝心の能力が――
「『いらすとや』召喚って、どういう能力なんです?」
「1日3回、『いらすとや』に存在するイラストと同じものを召喚できる」
神は即答した。
「……同じもの、ですか」
「例えば、『いらすとや』の『剣』を召喚してみると」
「これが出てくる。性能は、転生先の世界基準で『平均的な』ものじゃ。普通に物も切れるし重さもあるが、見かけはあくまで『いらすとや』のままじゃ」
「なるほど……生き物とかは?」
「召喚できるぞい。基本的にはお主に忠実で言うことを聞く。ちなみに『消えろ』と強く念じれば消える」
「はぁ……」
出てくるものが普通に使える性能なら、便利な能力かもしれない。
『いらすとや』には、たいていの物は何でもあるもんな……
「説明としてはこんなところかの。そろそろ異世界に送ろうと思うが」
「あっ、体と記憶はこのままなんですか?」
「赤ちゃんプレイしたいなら現地人に転生させてもいいが?」
「えー……」
赤ちゃんプレイというワードのせいで、やりづらくなった。
「……このままでお願いします。言葉とかは?」
「通じるようにしておくぞい」
「助かります」
「最後に、アドバイスじゃ。徳を使ってチート能力を得たわけじゃが、転移先で善行を成せばもっと徳を積めるかもしれんぞい。あと『徳』はあっても『業』は存在せんから、好きに振る舞うとよい」
それでは良き人生を――
目の前が明るくなったかと思うと、
俺は、気づけば森の中に立っていた。
「マジで異世界転生か……」
現実感がない。自分の体をみれば、事故死する直前の服装だ。ジーパンにスニーカー、シャツと薄手のジャケット。財布やスマホなどは持っていなかった。
「……どうしよう」
というか、ここどういう世界なんだろう? もっと根掘り葉掘り聞けばよかった、と俺は早くも後悔し始めた。
(というか、能力はどう使うんだ?)
そう考えて、頭の中にデータベースのようなものがあることに気づく。
そこにキーワードを入力する感覚で検索すれば、該当する『いらすと』を召喚できるらしい。データベースに存在しないものは、当然召喚できないようだ。
「なるほど、こういう風に使うのか……」
ひとり納得する俺。
と、近くの茂みが、ガサガサと音を立てた。
「ギャッ、ギャッ」
緑色の肌の、醜い小人が姿を現す。ボロ布を腰に巻いただけの格好で、その手には錆びた長剣。そして反対側の手で、血まみれの動物の死体を引きずっている。
「…………」
見つめ合う俺たち。
これ……あれか……ゴブリンとかいう……
「ギシァ――ャッ!!!」
動物の死体を放り出し、ゴブリンが俺に襲いかかってきた!
「うわあああああ!!」
反射的に俺は走り出した。待って!? 何の心の準備もできてない!!
「ギシャッ、ギシャッ!」
錆びた剣をぶんぶん振り回しながら、ゴブリンが追いかけてくる! 頭がデカイせいでバランスが悪いのか、走るのはあまり速くないが――俺も運動は苦手だ! 追いつかれる!
「ヤバい! ヤバい!」
どうする!? 戦うか!? 神様みたいに剣を召喚するか!? でも剣なんて握ったこともない! 上手く使える気がしない!!
ならどうする――銃を召喚? いや使い方がわかんないのは一緒だ! 防具? 身につける時間がない、どうすれば――
「……そうか! 俺が戦う必要はない!」
そこで気づく。生き物も召喚できることに。
ゴブリンがいるってことはファンタジーな世界だろう。俺が召喚すれば、『その世界基準で平均的な能力』を持つものが現れる。平均的でも強そうな何か、といえば――
「召喚! ドラゴン!」
俺は叫んだ。
頭の中のデータベースに、ビシッとキーワードが打ち込まれる。
『ゴガアアアアァァァァッッ!!』
俺の前に、十メートルはあろうかという巨大なドラゴンが出現した!
「すげえ! ……すげえ、けど……!」
いや……違和感がやべえ!
普通の景色の中に、立体的な『いらすとや』のドラゴンがいる!
作風が作風だけに、周りから浮いてるとかそういうレベルじゃねーぞ!
「ギャギャッ!?」
ゴブリンも尻もちをついて、「何だコイツ!?」という顔をしている。気持ちはすっごくよく分かる。
『グガアアアァ!』
吠えたけるドラゴンは、そのまま容赦なくゴブリンに尻尾を叩きつけた。
「ギャピッ」
一瞬で、ゴブリンが血煙と化した。尻尾の一撃に巻き込まれ、周囲の木々も冗談みたいに吹っ飛ばされる。
たった一薙ぎ。それだけで、森の一角がごっそりと削り取られていた。
「…………」
余波を食らってすっ転んだ俺は、言葉も出ない。
『グルルルル……』
くるっ、とこっちを振り返るドラゴン。「こんな感じでどうっスか?」と言わんばかりの顔だ。
「あ……ありがと、う……」
どうにかこうにか、感謝の言葉を絞り出す。ドラゴンは嬉しそうに頷いた。
「へへっ、可愛いじゃないか……」
強がろうとするも、震え声。
いやまあ、そうだろ。
見かけは違和感バリバリだけど、これは間違いなくドラゴンだ……。
というか、これでこの世界の『平均的な』ドラゴンなのか。最上位のドラゴンとかヤバそう。関わり合いにならないよう気をつけなければ……
「これ、思ったよりヤベー能力かもしれない」
使い方次第だが、応用の幅が広すぎる。
一日三回という制限はあるものの、『いらすとや』にあるものなら何でも出せるってのがヤバい。
「しかも、『消えろ』って念じない限りは存在し続けるんだろ……?」
例えば今日ドラゴンを三体召喚して、そのままにしておけば、明日また三体追加できるってことだろ? ヤバくない?
――頭の中の『データベース』によると、召喚された『いらすと』は、無敵ではないらしい。生き物の場合、食べたり飲んだりする必要もあるとのこと。攻撃を受ければ、普通に怪我をしたり破損したりする。そしてその結果、死んだりどうしようもないレベルで壊れたりすると、『いらすと』は跡形もなく消滅するそうだ。
「つまり、お前も致命傷を受けたら消えるのか?」
『ゴガッ』
そうだよ、とドラゴンが頷く。
「……俺の言葉がわかるってことは、この世界のドラゴンは賢いのかな?」
『ゴガァ?』
わからない、と首をかしげるドラゴン。
ひょっとしたら、『俺の言うことを聞く』という特徴のせいで、知能がブーストされているのかもしれないな。
「まあ、何はともあれ……しばらく、俺の護衛を頼む」
『ゴガッ』
了解、と再び頷くドラゴン。
これでひと安心だ。最上位のドラゴンが来ない限り、安全だろう。
「今日、能力を使えるのはあと二回、か……」
ドラゴンで戦力は充分だが、せっかくだし何か召喚してみたい。
「何がいいかな……」
俺がこの世界で、何をしたいか、だな。
「……ハーレムとか作りたいなぁ」
可愛い女の子にモテまくりたい。ファンタジー世界っぽいから、色んな種族がいるんじゃないかな? 俺のこのチート能力があれば、きっとモテモテに――
「煩悩が溢れ出てくるな……」
そうだなぁ、どうせならこう、エッチなサキュバスのお姉さんとかに――
――データベースに、ビシッとキーワードが打ち込まれた。
『うふふ……わたしを喚んだのは、あなたね?』
エッチなサキュバスのお姉さんが現れた。
「…………」
『ふふ……黙り込んじゃって、かわいい』
「…………」
『お姉さんがメロメロにしてア・ゲ・ル……』
何やら、俺の視界がほわわわ~んと揺らめいて、あっ、気持ちい――
「って勝手に魅了すんなッ!!!」
消えろ!!!
反射的に念じると、サキュバスはかき消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「うわ~まじかよ……」
貴重な能力を無駄遣いしてしまった。明日になったら回復するからいいけど。
ってか召喚のトリガー軽すぎだろ!
ちょっと想像しただけで出ちゃったじゃねえか!
「サキュバスだけに早漏ってか……」
やかましいわ!
セルフツッコミしながら頭を抱える。
……いや、この『軽さ』のおかげで、さっきは咄嗟にドラゴンを召喚できて、命拾いしたんだけどさ……。
「これ、気をつけないとな」
何かの拍子に、ヤベーもんを召喚しかねない。
存在するだけで周囲に被害が出るものとか。見ただけで発狂するクトゥルフ関連とかもヤバそう。
……でも、さすがにその手のヤツは『いらすとや』にもないか。
「アザトース召喚! なんてな、ハハ」
まあ、出ないだろ。
「あ゛ァッ!」
俺は発狂した。
完
イラストはいらすとやさんからお借りいたしました。
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