一作目「花」
金曜日。少女は授業を終えるとまっすぐに家に帰りました。身を包む制服は有名な女学校のもので、少女の家柄が裕福で育ちが良い事を周囲に示します。
慣れた手つきで門を開けて、家の玄関を開けます。少女が「ただいま」と言うと「おかえり花ちゃん」とママが言いました。花はこの家でママとパパとお姉ちゃんと4人で暮らしています。螺旋階段を上った2階の自室に真っ赤なランドセルを置いた後、大好きなママと一緒にごはんを作りながら、今日学校で何があったかをいつものように話します。夜にはお姉ちゃんの部屋に行って、眠くなるまで一緒に遊びます。ぬいぐるみを戦わせて遊んでいるとママがやってきました。
「今からママとパパでお出かけするけど一緒に来る?お留守番してる?」
「「ママと一緒に行く」」
二人で即答です。いつもなら寝なさいと言われる時間にお出かけができる事にお姉ちゃんはわくわくしました。花は大好きなママが自分も連れて行ってくれることに嬉しくなりました。ママは「大事なものだけ持って行こうね」と花たちに言うので、花はお気に入りの黒いウサギのリュックにチョコレートと携帯電話と充電器を詰め込んで、ママとお姉ちゃんの後に続いて螺旋階段を降ります。1階はソファもテレビも絨毯も冷蔵庫も何も無くなっていてがらんとしていました。ママが玄関をそっと開けて駐車場に出るといつもの車とは違う灰色の車にパパが乗って待っていました。みんなで急いで乗ってお出かけに出発です。
パパが右側の運転席。ママが左側の助手席。お姉ちゃんと花が後ろの座席です。窓から見える夜景がきらきらしています。お姉ちゃんがイヤホンを耳につけて音楽に夢中なので、花はママとたくさんお話をしながら夜のドライブを楽しみました。
高速道路に入って、車のスピードがはやくなります。どんどんどんどんはやくなります。車はぐわんぐわんと揺れます。
「こわい!」
イヤホンを落としてお姉ちゃんが言いました。
「一回で終わるようにするから」
ハンドルを震わせながらパパが言いました。
パパは右にぶつけるか左にぶつけるか前の車にぶつけるか決めてなかったみたいで、まだまだぐわんぐわん揺れます。お姉ちゃんが「なにしてるの!?死んじゃうよ!」と怖がります。花は、死ぬのはパパが決めた事だから仕方ないし一回で終わるならいいけど、もし失敗して痛くなったらどうしよう思うと怖くなってお姉ちゃんに抱きつきます。
数分経ち、周りの人たちが通報したのか警察の車に囲まれてしまいました。警察はうぃーんうぃーんとうるさい音を鳴らして周りを走りながら、パパの車に止まるように言います。
パパはそれでやっと決心がついたようで、アクセルをぐっと踏んで思い切りスピードを出して前を走るパトカーに車をぶつけました。
左側に座っていたお姉ちゃんが死にました。
ママは左腕を怪我して気を失いました。
そのまま警察から逃げて病院を探します。
パパと花は警察に見つからないように車のナンバープレートを変えてから、市の病院に着きました。
お医者さまが見せてくれたママの左腕のレントゲン写真は骨がバラバラになっていて、花はママが痛い思いをしていると思うと泣きたくなりました。病院の白いベッドで寝ていたママが目を覚まします。
ママが花に「少し病室の外に出ていて」と言うので花はママとパパを二人きりにしました。はっきりとは聞こえないけど中で二人が喧嘩しているのがわかりました。喧嘩が終わったら部屋に入れてもらえてママに抱きしめてもらいました。ママの腕は紫色と赤色でぼろぼろなのにママは平気そうにしています。花は、ママが花に心配かけないために無理して平気そうにしているのがわかったので腕の事を聞くのはやめました。
「花ちゃん、家に帰る?」
右手で花の頭を撫でながらママが言います。
「うん、ママと一緒に行く」
花が答えます。
ママが死にたいなら花は死んでもいいけど、ママが死にたいのをやめるなら花も死にたくありません。
パパの運転する車に乗って真っ暗な家に戻ります。
パパが「誰にも戻って来たことをバレないようにしなきゃいけない」と言うので花はカーテンを閉めて外から見えないようにします。
ママは隠れる気がないのかカーテンを開けてしまうのでそのたびに花がカーテンを閉めます。数回繰り返したらママは諦めたのか、2階の寝室で眠りにつきました。
朝になって、近所のおばさんが庭に入ってきました。おばさんは玄関から家の中に侵入してきます。リビングにいる花は、一番はじめにおばさんに見つかってしまいました。
おばさんは何か言いながら花に近づいてきて、花は「このおばさんは殺人鬼じゃなく一般人だから、殺してくるならきっと一撃で終わらない。痛い思いをしなくちゃいけない」と恐怖でいっぱいになりました。花は痛いのは嫌いです。
「パパ!たすけて!」
花は叫びます。パパが急いでリビングに来ます。
包丁を手にしたままパパがおばさんを羽交い締めにして、おばさんは何か喚いています。
「パパ!はやく!刺すの!」
花が必死にパパに言います。
でもパパは抵抗があるのか葛藤します。
「刺さなきゃ私が死ぬの!そう!頭に刺すの!刺して!刺して!」
パパはおばさんの頭のてっぺんから包丁を刺しておばさんを殺しました。おばさんは死にました。
そしてパパは用事があるからと、おばさんをカバンに詰めて出て行きました。花はパパが死体の処理をしに行ってくれるんだと分かりました。
花はママが心配すると良くないと思い、おばさんの返り血のついた服を脱いで着替えます。
螺旋階段を上がりながら、ママにもう1階は見せないようにしようと決めました。
ママを起こします。
「おはようママ」
「おはよう花ちゃん」
ママの腕は相変わらず痛々しかったけど、ママは変わらず優しいし花を愛してくれています。
「はな」おわり