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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
エピローグ
62/63

8-2 慧眼か愚計か

     ~  *  ~


 エリックがヒオの登録を始めようとしている頃、ステッカ学園長の部屋に来客がやって来た。

「どうぞ」

 学園長が言いながら、見上げればいつもの仏頂面をしたアークが立っていた。お腹に穴が開いたと思わないぐらい背筋が伸びている。痛そうな雰囲気は微塵も感じられない。

「具合はどうなんだい?」

 ステッカ学園長が問えば、アークは静かに口を開いた。

「もう平気だ」

 アークはそう言っていたが、顔はまだ青白く、血の気が無い。

 ステッカ学園長は静かに冷蔵庫から、カシスジュースを注いでアークの前に置いた。

 少しでも、血を増やしてほしいと思ったのだ。そのまま、椅子に座るように勧めた。

 アークは小さく礼を言いながら座り、深く息を吐いた。口では大丈夫、と言いつつも体はだいぶ疲れているようだった。彼の体は常に酷使され続けている。

 この国を代表する銀遊士として、搾取され続けている。

 そして、アークを疲弊させているのは自分だという自覚がある。

「お疲れさん。無理させたな」

 彼がお礼や謝罪を求めていないことは知っているが、それでもステッカ学園長は言いたいと思った。

「本当にすまない。そして、ありがとう」

 深々と頭を下げれば、アークがゆっくりと瞬いた。アークの瞳は光の差し加減で茶色に見えたり、金色に見えたりする。美しい、とステッカ学園長は思う。

 アークはしばらく何も言わなかった。

 静けさが空間を満たした。

「……別に。それが仕事だ」

 いつも通りの答えにステッカ学園長は苦笑を隠せなかった。

「それよりも」

 珍しくアークが言葉を続けた。

 ステッカ学園長は顔を上げた。真っ直ぐ、アークを見据えた。

「いきなり三級まで格上げにしたと聞いた。国のお偉いさんが黙ってない」

 アークの守護の存在しない言葉に、ステッカ学園長は何も答えなかった。

 彼の心配は的を射ている。

「……貴方らしくもない」

 黙っているステッカ学園長に畳みかけるようにアークが呟いた。

 茶色の瞳は揺れるカシスジュースの水面を見つめている。その瞳の光も不安げにゆらゆらと揺れていた。

「正当な判断だと思うぞ。実際、彼がいなければ《ディスター・クイーン》は葬れなかったわけだ。そしたら、今頃は皆、仲良く瓦礫の下さ」

 ステッカ学園長の言葉に、アークが拳を握りしめた。拳は静かに震えている。怒りか、悔しさか。アークの感情を読み取ることはできない。

「それに。上手くいけば、銀遊士はもう一度輝きを取り戻せる」

 アークが顔を上げた。驚いたように口が開いている。

「もう一度、銀遊士は憧れと誇りを取り戻す。なあ、アーク。そしたら、お前さんのように無理矢理銀遊士にさせられる人もいなくなる。それがどういうことか分かるか?」

 卑怯な質問だということはステッカ学園長だって分かっている。

 こういう時、アークがどう考えるかなど知っていた。

 これからがどんなに良くなろうと、アークはもう銀遊士を止めることは出来ない。いつか貴宝「ブラッドファウシル」の後継者が見つかるまで戦い続けなければならない。

 言ってしまえば、これからの未来のことなど、アークには関係ないこと。

 けれども、アークは優しい。そして、苦しみ、哀しみを知っている。その辛さが他人の身に降りかかることを、アークは良しとしない。

「……全ては貴方の目論見通り、ということか」

 全ての感情を押し殺したのだろう。長い長い沈黙の後、呻くように呟く。そして、アークは俯いた。真っ黒な前髪が、学園長からアークの表情を隠した。

「そんなわけないだろ? 私はただ、自分にできることを成そうと思っただけだ」

 ステッカ学園長は息を吐きながら、目を閉じる。

 かつて、苦い経験をした。死ぬほどの怒りと悲しみに身を焦がれた。それを誰かに体験してほしいとは思わない。

「ただ、銀遊士になった子たちに後悔してほしくないだけだ。かつての私の様に、あの子たちが、銀遊士になんかなるんじゃなかったと思うような未来を私は許さない。あの子たちが自分の過去の選択を心から呪うような日が来ないように。それだけを願っているよ」

 ステッカ学園長は静かに言った。

 アークに納得してほしいわけじゃない。だが、忘れないで欲しいという思いもあった。彼はなりたくて銀遊士になったわけではない。それでも、何かあった時、後悔だけはしてほしくないと願っていることは知っておいてほしかったのだ。全ては学園長の驕りだ。

 再び沈黙が下りた。

 アークの手は握りしめられていた。

 それから、アークはカシスジュースを飲み干した。

「……どうだか」

 アークはカップを置きながら、言った。カン、と音を立てる。

 アークの視線とステッカ学園長の視線が真っ直ぐに絡んだ。

「だが、今はそういうことにしておこう」

 それだけ告げると、アークが立ち上がる。

 彼はこれから任務がある。ほんの僅かな時間だが、彼にはとあるファミリーを率いてもらうことになっているのだ。

「アドルフォ君については、改善の兆しもある。また《ディスター・クイーン》出現時の働きも大きいから、様子を見て戻すかもしれない」

「……甘いな」

 アークが気難しい顔で告げた。素直ではない。ステッカ学園長は込み上げてくる笑いを押し殺した。

「くれぐれもエリック君のことを頼む」

 その言葉に立ち去ろうとしていたアークが足を止めた。

「それは、命令か?」

 振り向かず、アークが尋ねてくる。

「いいや、ただの老いぼれのお願いさ」

 アークにそう告げれば、彼は返答をよこさず歩き去っていった。

 部屋を出る直前で、右手がひらり、と宙を踊ったのが見えた。

 アークはきっとこなしてくれるのだろう。優しすぎる彼のことだから。


     ~  *  ~



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