7-6 決着
アークの言葉に、エリックはハッとした。
何を怯えていたのだろう。
何を悩んでいたのだろう。
エリックは自分の行動や気持ちがすごく恥ずかしくなった。
世界の均衡を保つ――それが、銀遊士の存在意義。
人を護るだけじゃない。モンスターと人間の世界のバランスを取るのが、銀遊士だ。そのためにダンジョンに潜るし、そのために人を斬ることだってあるだろう。
それでも、そんな仕事に憧れたのはエリックだ。
世界を護る銀遊士の背中に焦がれて。その背中を追ってここまでやって来たのだ。
馬鹿にされても、みっともなくても、それでも頑張れたのは、そんな風に世界を護ってきた人が、世界を教えてくれたから。エリックに世界を見せてくれたその人がやっていた仕事。その物語に憧れたのはほかでもないエリック自身なのだ。
いつか、自分もそうなりたいと心からそう思ったから。
だから、エリックはここにいる。
いつかはいつだって、今、目の前にあるのだ。
「うわぁあぁああああっ!」
エリックは声を上げながら、《ディスター・クイーン》に突っ込んだ。
アークの隣をすり抜けて、走る。
武器を構え、硬い体毛に剣を突き立てる。いい音が響いて、剣先が潰れた。
腕に衝撃が伝わり、痺れたような感じがした。
それでも、エリックは諦めず、飛び上がり、《ディスター・クイーン》の体に飛び乗った。固い関節を蹴って、上へ。羽の攻撃をもう切ることのできない剣で弾く。上へ、上へ進む。肩に飛び乗り、さらに首へ。
ここで負けたくない。ここで死にたくない。
狙うところはたった一つ。
《ディスター・クイーン》の首回りにある後光のような骨は光だけではなく熱も帯びていた。
だが、エリックは不思議と熱さも痛さも感じなかった。
《ディスター・クイーン》の羽がエリックの装備を破り、皮膚割いていく。それでも、エリックは構わずに《クイーン》の顔の前に飛び出した。
潰れた剣を構える。
腕輪がいつかの時と同じように輝き始めた。
そして《ディスター・クイーン》の額にある赤い目に剣を突き立てた。
『――――――ッ!』
《ディスター・クイーン》が人間の聞こえない音で悲鳴を上げた。
首を激しく振って抵抗する《ディスター・クイーン》から振り落とされないようにエリックはぎゅっと剣の柄を握りしめた。
そこへフィクヒオのヒオが飛び込んできた。
腕輪と同じぐらい発光しているのが見て取れた。
胸の奥が熱い。血流が廻る。潮騒のようなおとが聞こえて、止まらない。
――今なら。
ここで一歩進むのだ。
エリックは強くそう思った。
そして、叫んだ。
『彷徨える愚者 我……いや、俺はここに願う。
来たれ、万物を灰に帰す豪華を呼ぶ精霊よ、俺は銀を背負いし守り人。
あの人の背中だけを追ってここまで来た。
でも、違う。違ったんだ。
俺は尾の人に追いつきたいんじゃない。あの人を追い抜きたい。
そのぐらい凄い銀遊士になる。
もう、迷わない!! だから、応えろ!
眼前に坐する仇敵を薙ぎ払い給え!』
《幻獣の炎哮!》
眩い光がダンジョンを満たした。
持っていた剣が炎の龍を纏い、《ディスター・クイーン》の体内を駆けた。
内側から焼かれた《ディスター・クイーン》が動きを止めた。
あちらこちらの体毛が、衝撃で地面へと落ちていく。エリックもそれに巻き込まれ、地面へと落ちていく。なんとか体制を立て直したものの、かなりの衝撃が体内を走った。
臓腑にきた振動で、エリックは吐き気を覚えた。
《ディスター・クイーン》が唸り声をあげた。仕留めることが出来なかったのだ。
前足を両方上げて、エリックを踏み潰そうとする。
「エリック!」
アークの言葉にエリックは顔を上げた。視線が交わる。一つ、頷き合う。
「うわあぁぁあぁあああっ!!」
エリックはありったけの力を込めて、いまだ燃えていた炎の龍を纏う剣を振り下ろした。
炎の柱が巻き上がった。
《ディスター・クイーン》がのたうった。
アークが跳躍した。黒い鎌を振りかざす。
真っ黒なロングコートが翻る。
そして。
黒い一閃が走った。
《ディスター・クイーン》の首が落ちる。
アークが地面に着地する。土煙が上がる。
その後ろで、《ディスター・クイーン》の体が揺らいで、ゆっくりと地面へ倒れていった。
振動で、エリックもアークも床へ転げることとなった。
アークの手から元の形に戻った槍が滑り落ちた。鈍い音を立てる。
突っ伏したアークはそれ以降、起き上がってくる気配がない。アークの周りにどす黒い赤の水溜まりが広がっていく。
アークは鍵爪で貫かれたのだった、と思いだした。エリックは慌てて、アークに駆け寄り止血をした。
布を押し当て、圧迫する。
「うっ……」
アークが短く呻いたが、あまり気にしてやれない。
申し訳なくは思ったが、そのまま強めに縛っておく。
金色の瞳がゆるり、と開いた。
「帰る……か」
アークが掠れた声で言った。
エリックはアークと視線を合わせた。どちらともなく、笑いが零れた。
二人の笑い声がダンジョンに木霊したのだった。




