2-1 入学
入学式の内容はほとんど頭に入らないうちに終わりを告げていた。
白髪をオールバックに整えている学園長の姿を見た。鼻が通った綺麗な顔立ちで、老いをあまり感じさせない人だった。
ピンと伸びた背中に皆が見失っている誇りのようなものを見た。そう言う姿をみると、憧れの気持ちは大きくなる。
学園長の茶色の瞳。透き通った、瞳にエリックはどこか懐かしさを感じていた。
しかし、肝心なステッカ学園長の話は、エリックの耳をすり抜けていく。
ミリィの話が頭にこびりついて仕方ない。消えない。
気が付けば、教室への移動が始まっている。
エリックは釈然としない気持ちで、席を立ちあがったのだった。
振り分けされた教室に入る。座るところに指定はないらしく、もう何人かが席についていたり、駄弁ったりしていた。
上下に動かすことが出来る二面の黒板。教卓は黒板の真ん前においてある。そして、その教卓を囲むようにして半円に生徒の席が並んでいる。席は奥へ行くほど高くなり、どの人からも黒板と講師が見えるようになっているようだった。
田舎にはこんな施設はなかった。自分の故郷と比較したら、思わず感嘆の言葉が漏れる。
声を掛け合うような仲間もいなければ、自分から会話に混ざろうという元気もなかった。だから、そのままぼんやりと頬杖をついてミリィのことや、銀遊士のことを考えた。
「はい、席に座って~」
そうしていると、この教室の担任になった優しそうな女性の先生が入ってきた。
先生は荷物を教卓の上に乗せると、学生たちを見回した。
「これから四年間、君たちは学び鍛え、銀遊士になります。成績や実力が認められれば在学中デビューも夢じゃありませんよ」
先生は楽しそうに笑いながら言った。だけど、どこからも返答はない。重苦しい沈黙ばかりが教室を満たしている。
エリックは俯いた。茶色の机が視界を一杯に埋める。
先生は明るい声で説明を続ける。
「学園の校章バッチを配ります。これが生徒証明になることもあるから、私服でもちゃんとバッチをつけて歩くこと」
先生が校章バッチを配る。
鉄でできている校章はひんやりしていて、どこか重く感じた。
「それから、銀遊士見習いのリングを渡します。このリングにはまっている透明な月精石には個人情報が山ほどあるから、無くしたり盗まれたり盗んだりしないこと。買いなおすと高くつくわよ?」
先生は笑顔で告げた。
透明な鉱石はデータを与えれば、全てを記録保存する。特殊な刺激を与えることで、そのデータを取り出し、視ることが出来る。
便利だが、とても稀少な月精石で一般の人じゃ手が届かないくらい高い。
それが今から渡されると思うとエリックは緊張してきた。
先生が一人ずつ名前を呼んでいる。名を呼ばれた人が席を立って、先生から白い箱を受け取っては席に戻っていく。
既に何人か、休んでいるらしい。姿を現さない者もいて、エリックの虚しさを募らせた。
エリックはブンブンと頭を左右に振った。弱気になってはいけない。自分の夢が周りの態度で変わるのかと言えば答えはノーだ。今までだって散々反対されてきたのだから、これぐらいなんともない。
自分に言い聞かせる。
「エリック・ジルソン」
「はい!」
元気よく返事をして、箱を取りに行く。
席に戻って、箱を開ける。銀色のリングと説明書が入っていた。
銀色のリングの真ん中には磨かれた透明な月精石がはまっている。その左右に一回り小さい穴が開いている。そこには任務に応じて、月精石を入れるらしい。
手に取ったリングを説明書通りに腕に通す。すると、一瞬発光して、リングは肌に密着した。決してきつくもなく緩くもない。
「最新技術って凄いな」
やっぱり驚いて、感嘆の声を漏らせば何人かがクスクス笑った。
田舎者だと思われたら恥ずかしい。エリックは慌てて顔を引き締めると、席に戻った。
「さて、全員に行き届いたかしら? そのリングは身分証明になる他にも、学園都市でのクーポン替わりになるってことも覚えておいて。この学園都市は白銀専門学校の生徒の為にあるようなものなの。だから、そのリングを見せれば、大抵のものは割引、もしくは無料で提供されるわ」
先生の言葉にどよめきが走った。
一気に生徒が活気付いたように見える。
「はいはい、盛り上がりたいのは分かるけど、聞いて! これから、皆さんには《ファミリー》を組んでもらいます」
その言葉にまた教室が賑わう。
《ファミリー》とは、ダンジョン内で生存率を高めるために組まれるチームのことを指す。モンスターの巣であるダンジョンは地下に形成されることが多く、視界が通りにくいところもある。人数で死角を減らすのだ。
一人でダンジョンに潜る人を《ソロ》というが、ソロは相当な実力がなければ厳しい。だから、一流の銀遊士でもファミリーを組むのだ、と教会の授業でやった。
「私たち、一緒に組もうねー?」
「ねー?」
だけど、クラスは席替えの前のような気軽な感じだ。仲がいいものや、今さっき会ったばっかりでも、波長が合う者同士で組もうとしている。
エリックは完全に取り残されている形だ。これはさっきの時間に誰かと会話しておくべきだったかと思い始めた時だった。
先生学校大きく手を鳴らした。
「はい、聞いて。多くの人が勘違いしているみたいだけど、この学園でのファミリーは学園の方から指定させていただきます」
その一言に生徒からブーイングの声が上がる。
「聞きなさい!」
先生が大きな声で言った。穏やかそうな先生だから、面食らったのだろう。みんなが口を閉じた。
「毎年、多くの学生がダンジョン攻略実習の時に亡くなったり、再起不能の怪我を負ったりします。だから、この学園では少しでも経験を積んでいる先輩方、つまりお兄さんお姉さんを加えたファミリーにする制度を作りました。この兄姉制度を取り入れたことによって他の国には見ることが出来ない生還率を達成しています」
先生の言葉に現実味を感じられない人もいるようだった。
本当に銀遊士を目指している人は少なさそうだとエリックは、改めて感じさせられた。
「今後の生活は、兄姉を含めたファミリーで行動するようにします。見ず知らずの人がファミリーになるのは難しいことだと思います。だから、普段の生活を一緒にすることで、より連帯を取りやすくしています。それでは、リングのボタンを押してください。学園都市の地図が開かれるはずです。その中に赤い点がありますね?」
先生の指示通りにリングのボタンを押す。すると、半透明な青い地図が宙に浮く映像として現れた。
驚きつつも、赤い点を探す。
「その赤い点がファミリーとの待ち合わせ場所になります。ホームルームは以上です。質問がなければ、各自、待ち合わせ場所に向かってください」
その言葉を聞いた学生たちが各々思ったように行動し始める。中にはまだ不満に思うことがある生徒がいるらしく、先生はその対応に追われて大変そうだった。
エリックは筆記用具をリュックにしまうと、背負って歩き出した。