7-2 美しき魔王
アークの背中を負うのに夢中になっていたら、狼型が背後に回ってしまった。
応戦しようと向きを変える。目の前にせまる狼型のモンスターを見据える。間合いを計る。
瞬間。
銃声と共に狼型の頭が弾け飛んだ。真っ赤な液体が花弁のように散った。
「相変わらず危ないんだから、エリックは」
そう言ってミリィが姿を現した。銃剣を持っている。どこか自慢げに笑ってエリックを見ている。
ここにはいないはずの、その姿を見てエリックは思わず唖然としてしまった。
「ミリィ!?」
エリックが声を上げたので、アークも驚いて振り向いたらしい。
短い舌打ちが聞こえた。しかし、アークは止まることはしなかった。
「止まるな! 自分の身は自分で護れよ!」
アークはミリィに怒鳴るように言った。
ミリィの肩が跳ねた。しかし、着いてくることを許可されたと考えたらしい。嬉しそうに顔を上げた。
「はい!」
ミリィが元気な返事をした。
エリックにはアークの考えることは完全にはわからない。しかし、多分、ここから一人で帰すのは危険と判断したのだろう。
エリックは色んな事を考えるのを止めた。ただひたすら前を向いて真っすぐ走り出した。
出くわしたモンスターだけを斬って斬って、奥へ進む。
道は他のダンジョンと違って分かれ道はほとんどない。一番大きな広い通路は天井が高く、家が建てられそうなくらい幅もある。
《ディスター・クイーン》のダンジョンに圧倒された。
全てが大きい。いや、巨大だ。自分がどれだけ小さな存在なのか思い知らされる。
柱も千年樹のようだ。ちょっとやそっとでは崩れないだろう。
脇目も振らず直進していると、アーチが見えた。そこから冷気を感じる。肌がぬるりと冷えた気がして、エリックは身震いを一つ。
聳え立つアーチはまるで人間が作ったかのような装飾が施されている。きらびやかなのに、地獄の門のように見えた。
エリックは思わず立ちすくみかける。
「行くぞ!」
怯んだエリックに気が付いたのか、アークが声を張り上げた。
真っ黒な姿が真っ先にアーチを潜って、夜より濃い闇へと消えていく。
「くそっ!」
一瞬でも恐怖に捕らわれた自分が悔しくて、エリックは悪態を吐いた。
それから、自分もアーチの先の闇へと体を投げ入れた。
《ディスター・クイーン》がいる最奥部の部屋は本当に地下かどうか疑いたくなるほど、広かった。
暗がりに真っ青な火が燈る。それが、辺りを照らしたことで部屋の大きさが確認できたのだとエリックの理解が追い付いた。
青い灯は四方八方へ飛び散って、部屋を昼間のように照らし出した。
そのことによって、エリックは初めて《ディスター・クイーン》の全ての大きさを把握したのだ。
そして、《クイーン》の姿にエリックは震えた。
十数メートルはある大きな狼のモンスター。四肢はドラゴンの足に似ている。胴体は灰色の固い体毛で覆われていて肩や足の関節から翼のようなものが生えかけている。翼のようなものは固くなった体毛が重なってできたようで、内側から黄色、外側になっていくにつれて、オレンジ、赤、青となっていて、とても、綺麗だ。
背中から尻尾にかけて、甲冑のような骨に覆われている。
モンスターの顔は見上げなければ首をちょっと傾けただけじゃ見えない。
真上を向く感覚で、顎を上げる。エリックをのぞき込むようにしている《ディスター・クイーン》と目が合う。
狼の口と鼻をもち、黒い目で周りを見ている。そして、額に赤い第三の目を持っている。狐のように長く尖がった耳が注意深く、エリックたちに向けられている。
頑強な首の周りには、ぼんやりと輝く灰色の骨が露出し、まるでその部分を守っているようだ。その光が部屋を満たしていた。
エリックはその《ディスター・クイーン》を見て、息を飲んだ。正直、怖かった。同時に神秘的な美しさを感じた。
人を引き付ける魅力に飲まれた。
戦わなければならないということすら忘れて、エリックはしばらく見惚れた。美しさへの感嘆さえ洩らしたのではないだろうか。
ただただ、この圧倒的な生き物の前にエリックは無力だった。その視線一つで絡めとられて息も忘れるくらいに。




