7-1 始めの一歩
港にある偽造船に二人分の足音が響く。音は反響して暗闇へと消えていく。
エリックは静かに息を飲んだ。
その音さえ、偽造船の中に木霊したのではないかと息をひそめる。
「そんなに警戒するな。モンスターはダンジョンの中だ」
静かにアークが言った。
闇の中では切れ長の瞳は金色に見えるのだ、と思いつつ、エリックはアークを見つめた。
「何でですか?」
エリックは出来る限り声を潜めて聞いた。どこからモンスターが襲ってくるかなど、分からないのだから、警戒してしかるべきだと思ったのだ。
しかし、アークは余裕そうで、普通に歩いている。警戒はしているのだろうが、エリック程にガチガチに動けなくなっているわけではない。
「まだ、ダンジョンの準備が出来て無かったんだからな」
アークはそれだけを静かに口にした。それ以降の説明があるかとエリックは耳を澄ましたが、アークはそれ以上を語ってはくれなかった。
不意にエリックの肩にモフモフした何かが触れた。
エリックは悲鳴を上げかけて、必死になって飲み込んだ。
大音量の悲鳴が聞こえたら、モンスターだって流石に放っておかないだろう。
エリックは肩に手をまわし、そのモフモフをとろうとした。首回りを逃げまどうふわふわとした生物にくすぐられて、エリックは笑いを堪えた。
ようやっとの思いでふわふわの正体を肉眼で確認して、エリックは目を丸くした。
「フィ、フィクヒオ?」
拍子抜けして、エリックが呟けばアークが振り向いた。
フィクヒオが殺されてしまうかもしれないと、エリックは手の中に隠した。フィクヒオは心地よさそうに目を細めている。
「フィクヒオがそんなに懐くのは珍しい」
アークの言葉にエリックはまじまじと自分の手の中を見つめた。
フィクヒオはエリックの手にすり寄ってくる。真っ白な毛並みがその度に手の平をくずぐって、ちょっとだけ笑いそうだ。
「あの、この子、どうすればいいんですか?」
フィクヒオを殺すのは忍びない。モンスターは殺さなければならないというエリックの考えは少しずつ変わりつつあった。
「殺すな。フィクヒオはただでさえ、絶滅が危惧されている。ちゃんと申請すれば保護もできる。それは銀遊士だからこそできることだ」
アークが前を向きながら答えてくれた。
エリックはもう一度、手の中のフィクヒオを見つめた。フィクヒオは何かを感じ取ったのか、丸い愛くるしい目でエリックを見つめ返してくる。
「君の名前はヒオだよ。俺が守ってあげる」
勝手に名前を付けたらいけないかもしれないが、こっそりと名付けてやった。
フィクヒオ――ヒオは静かに目をぱちくりさせて、嬉しそうに短く鳴いたのだった。
そこで、アークが足を止めた。
エリックも続けて止まる。そして、アークが見ているであろう物を見た。
ダンジョンの入口がある。入口は完全にはできていない。この大きさでは、《ディスター・クイーン》は通れないだろうと判断する。
狼型が前足で入口を削って広くしようとしているが、まだまだ時間がかかりそうだ。
そして、入口の中には見張りなのだろう。赤い目が爛々と輝いている。
アークが静かに槍を構えた。アークの目つきと雰囲気がサッと変わっていくのが、エリックにも分かった。
「ここからは最短距離を目指すぞ」
その声にエリックは頷いた。
アークが地面を蹴った。エリックも遅れまいと走り出す。
そこからはあっという間だった。
襲い掛かってくる狼型のモンスターをバサバサと斬っていくアーク。その間にも凄い速さで走り抜けていく。
エリックは横から襲いくる狼型を斬りながら、後を追うので必死だ。
アークの放つ斬撃は、縦から横へ。複雑な線を描く。効率よく排除する動き。洗練されていて一種の美でもあるような気がする。
アークの強さを目の前で見せられて、改めて圧倒される。そして、敵わないかもしれないとも思った。
それでも、いつか勝ちたいと強く思った。
この背中を超えたい。
アークの大きな背中を見ながら、そう思った。




