6-12 彼の立場と返答と
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アークがエリックのテントを訪れる少し前のことであった。
《ディスター・クイーン》対策本部にステッカ学園長は訪れた。銀遊士協会の理事として。
大変なことになった、とは思うけど気持ちは落ち着いていた。予想はできていたことなのだから。だが、想像以上に後手後手に回っているのも否めない。
その場には数多くの銀遊士が所狭しと立っていた。
その中によく見知った顔を見つけ、ステッカ学園長は人をかき分けて近寄った。
相手もステッカ学園長には気が付いたようだったが動く気配はない。
「大丈夫かい?」
静かに問いかけると、アークは目を開いてちらりと視線をよこした。考え事をしている最中らしく、すぐ視線を逸らしてしまう。
「大変なことになったね」
それでも声をかければ、アークは考え事を諦めてくれたらしい。ようやく正面から学園長を見つめてくれた。
その瞳が赤く燃えている。アークの闘志が消えていないのを見て、安心した。
勝手な話だが。
アークは自分の意思で銀遊士になったわけではない。ただ、国の宝とされている武器、貴宝に選ばれてしまった。それだけで、強制的に銀遊士をしている。
強い敵と相まみえ、死を意識した瞬間、戦えなくなることだってある。
そうなれば、アークは国によって貴宝の持ち主と認められなくなり、次の使い手を選定してもらうために殺されてしまうだろう。使い手が国のために戦えなくならなければ、貴宝は無駄になってしまう。だから、国は手っ取り早く使えなくなった使い手を殺すのだ。
そんなことさせるつもりはステッカ学園長には微塵もないが。
それでも、本人の戦う意思は生き延びるためにも必要なものだから、彼の目を見て、戦えることを確認するのはもはや、習慣であった。
「貴方だろう?」
不意にアークが静かな声で言った。
その声は周りのざわめきに消されるほど小さな声だったが、ちゃんと聞き取れた。
「何がだ?」
ステッカ学園長の返答にアークが不機嫌そうに目を眇める。
「貴方が、フィクヒオをけしかけたのだろう? 俺は貴方の部屋でフィクヒオを見たことがある」
アークの言葉にステッカ学園長は笑うしかない。隠してもしかたのないことだ。
「その通りと言えばその通りだけど、私は彼の友達を彼の元に返しただけさ」
ステッカ学園長の言葉にアークが不可解そうに眉を潜めた。不機嫌を隠していないアークを見るのは珍しく、思わず笑みがこぼれてしまう。
「私が彼と出会った時、彼はやっぱりあの子を護っていたんだ。覚えてないみたいだけどね。保護のために私が一時預かっていただけだ。でも、もう、彼の元に返せると判断したから、今度、一任しようと思っていたんだ。しかし、今度の事件でそうも言ってられなくなってね」
ステッカ学園長の言葉にアークはしばらく口を噤んだ。
しばらく考え込んだらしい。
「だが、フィクヒオの声で《ディスター・クイーン》は目を覚ましたんだぞ? 何で大事なことを伝えない? どうするんだ?」
アークの言葉にステッカ学園長は笑みを濃くした。まだまだ若いな、と思いつつ、ゆっくりと口を開いた。
「わざとだよ。密猟者の乱獲によって生態系が崩れるのは時間の問題だ。このままでは確実に《ディスター・クイーン》は目を覚ましただろう。完璧な力を持ってね。でも、フィクヒオの声で強制的に目覚めさせれば、《ディスター・クイーン》が完全に覚醒するまでの時間が稼げる。それまでに対策が練れる、ということさ」
ステッカ学園長の言葉にアークは再び目を細めた。
納得してくれた部分としてくれない部分があるだろう。しかし、彼はそのあたりを全て飲み込んで、現実だけを見据える。
起こってしまったことはいまさら言っても仕方がない、と思っているようだった。
「なら、どうする?」
アークの低い声にステッカ学園長は目を伏せた。アークの問いはもはや、問いではない。
入ってきた時に確認したが、この《ディスター・クイーン》を倒せる可能性がある者や、ファミリーは居なかった。
一人を除いては。
多くの者は、拭い切れない怯えを瞳に移していた。それ以外の者には、傲慢や功名心が見え隠れしている。
どれもが戦場では死を招く。
「毎度、お前さんには迷惑をかける」
その言葉で全てを察したらしいアークはわずかに首を振った。左手で持っていた槍の柄を右手でそっと撫でている。すでに覚悟は決まっている、と言いたげに。
「頼まれてくれるか?」
「ああ」
アークは静かに答えた。その言葉は今までの承諾と比べても、静かで重かった。
そのまま、アークはそのテントから出て行ってしまった。
ステッカ学園長はその背中を静かに見届けた。
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