6-9 アークの指示
エリックはカルロスの続きの言葉を待った。
「その絶叫は自分の月精石の半分のエネルギーを使うらしいのだけど、その代わり、周りの月精石を活発化させるらしくて……」
カルロスがそこで言葉を区切って、眼下を見つめた。
エリックも釣られて、モンスターの乱闘を見つめた。今も狼型のモンスターの虐殺が続いている。狼型のモンスターは他のモンスターより一回りぐらい大きく、あっという間に食い殺してゆく。
「生態系が崩れていたところに、フィクヒオの絶叫……か。これはまずいな」
アークが狼型をじっと見つめながら、呟いた。
「まずいって、何がですか?」
ミリィが震えながら、アークに問いかける。
「この下に眠る《ディスター・クイーン》が目を覚ます」
その言葉に空気が凍った。
いくら田舎者のエリックだって知っている。
《ディスター・クイーン》は世界に数匹だけ存在する。巨大な体を持った《クイーン》の総称で、普段はその体の大きさ故に、眠りについている。
だが、ふとした時に目を覚まし、人間を喰らい、国を滅ぼし、新しい住処へと移動する。
そこで力尽きるまで暴れ狂い、再び眠りにつく。
生きた『厄災』だ。
エリックは噂で、この国の海岸に《ディスター・クイーン》がいるという話を聞いたことがあった。まさか、本当に存在するとは思ってもみなかったが。
「だけど、目覚めはまだ数百年先だって言ってなかったっけ、うちの協会」
カルロスが冷や汗を流しながら、呟いた。
だが、それがただの現実逃避だということは、エリックも含めたその場の全員が理解していただろう。
再び地面が揺れた。
「このままじゃ、モンスターが都市に出て行っちゃうんじゃない?」
カルロスの言葉に全員がハッとした。
アドルフォの指示を仰ごうとエリックは振り向いた。だが、彼は縛られたままだ。隊長なのに、どうして、という質問は出来なかった。
アドルフォは項垂れ、ずっと地面ばかりを見ていた。
動けない人間がいることに気が付いたらしい。狼型たちが何頭かこちらに走ってやってくるのが見えた。
「総員、戦闘準備!」
鋭いアークの声が響いた。
エリックはその言葉に弾かれて、慌てて剣を構えた。
アークが槍を横に薙いだ。飛びかかってきた狼型の群れに銀色の一線が走る。
狼型たちの体が左右にずれて、ドシャッと地面へ崩れ落ちていく。。
「アドルフォへの判断は後だ。この証人たちを誰一人殺すわけにはいかない」
アークの言葉がエリックには凪いでいるように思えた。すべての感情が殺されたような気がした。結ばれている黒髪が風もないのになびいた。金色の瞳が静かに襲い来る敵を見据えた。
槍の切っ先が弧を描き、狼型たちを指し示す。
「油断はするなよ! 行くぞ!」
アークの鋭い言葉を聞いて、従わなければいけないと感じた。
エリックは改めて、剣を握り締める。飛び降りていったアークの後を追い、エリックも飛び降りる。
カルロスはそのまま、罪人たちの護衛に入るようだ。
ミリィとグレイシャが後ろから援護射撃をくれた。
「数が多すぎる!」
襲い掛かってくる狼型を次から次へと斬り払うが、終わりが見えない。
ミリィの砲撃のおかげでなんとか立ち回れているが、攻め込むのは難しい。
一方、アークは恐ろしい勢いで槍を振り回し、狼型を寄せ付けない。しかし、狼型の勢いは増すばかりで、その表情は焦りの色が見えた。
凛と高い音が響き渡った。透き通った綺麗な音色だった。
アークが銀色の呼子笛を吹いたようなのだ。
「さすが《死神》。もう一踏ん張りかな? さあ、死にたい子からかかっておいで!」
カルロスの言葉がはっきりと聞こえた。
細い鎖が縦横無尽に踊る。光を受けて反射するナイフは確実に狼型を倒している。
カルロスの左腕に狼型のモンスターが噛みつこうとしているのが見えた。
「カルロス先輩っ!」
エリックは駆け出した。
戦場で慌ててはいけないと訓練で何度も言われていたのに。体が勝手に反応してしまったのだ。
エリックの視界の外、地面の下から何かが飛び出してきた。狼型のモンスターだと理解するよりも早く、灼熱の痛みがエリックを襲った。狼型の角が左腕に直撃したのだ。
深々と切れ、血が滴る。左腕から力が抜けた。
「うそ……」
あまり笑えない状況だ。暖かな血が、零れ落ちてくるのが見えた。




