6-7 並ぶ檻と白いモンスター
アドルフォとアークの闘いが始まった頃、エリックは何も知らずに歩いていた。
アークやファミリーの仲間に何かが起こるなど、考えてもいない。いや、そもそも自分のことで手一杯で、ファミリーのことまで頭が回っていないのだ。
ただ、自分がこれからどうすればいいのか。銀遊士を目指すことは間違えていないのか。ひたすらそれだけを考えていた。
モンスターから人を守るのが、自分たちの使命ではないのか。
人間と戦って、いざという時に人を殺すことが出来るのか。人と戦うことが、本当に必要なことなのか。
どれだけ考えても答えはでない。
自分が何のために銀遊士を目指していたのかさえ見失いかけそうになっている。存在意義も未来も揺らぐ。
――キュウ
不意に聞きなれない音を聞いた。
「ん?」
エリックは耳を澄ます。すると、どこからか低い唸り声が聞こえる。耳を澄ます。もう一度、聞きなれない鳴き声が聞こえた。
何の声だろうと首を捻り、ポケットから黄色の月精石を取り出し、光らせてみた。
「うわっ」
エリックは思わず、後ずさった。
何にもないと思って足を進めていた暗闇の中には、たくさんの檻が所せましと並べてあった。檻の中からは真っ赤な瞳がいくつもエリックを凝視している。
檻は大小、様々なサイズがあり、閉じ込められているモンスターも多種多様だった。エリックが見たこともないようなものもたくさんいた。
織の中からエリックに向けられる視線は殺意や敵意を物語っている。中には牙を見せて威嚇してくるものもいた。織を突き破ろうと、頑丈な鉄格子に体当たりしているものもいる。
「なんだ、これ……」
エリックは腰を抜かしそうになる。
――キュ……
そんな中、蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。色んな音がひしめく中、その声は不思議なぐらいはっきりと聞こえた。
大きな檻の後ろからだと推測する。
エリックはそっと回り込む。すると、そこには真っ白いモンスターがいた。いや、モンスターと判断してしまっていいのかもエリックに分からなかった。
犬のようにつぶらな瞳がエリックを見上げている。
拳一つ分ぐらいの大きさだろうか。真っ白な綿毛のような体躯で、フヨフヨ浮いているものの、力がそんなに残っていないのか、浮き上がれてさえいない。
「大丈夫か?」
エリックはそっと手を差し伸べた。
すると、そのモンスターはよろめきながらも、ふよふよ逃げてしまう。
「あ、待てよ」
そう言ってエリックはその子を追った。
怖がらせることがないように。足音を殺して、歩調に気を付ける。
そして、エリックは足を止めた。
そのモンスターがとある男のズボンのすそを咥え、動きを止めようとくいくい引っ張ているのが見えた。
男は小さいモンスターを殺し、鉱石を取り出そうとしている。
白いモンスターは男の脛辺りに体当たりを繰り返している。
このモンスターは仲間を助けようとしているのだ、とエリックは気がついた。
そして、すごく当たり前のことなんだが、モンスターも必死に生きているということをいまさら思い出したのだ。
「なんだぁ? この、離せよっ!」
男はまだエリックに気が付いていない。
白いふわふわのモンスターに気を取られ、ブンブン足を振り回している。
「やめろよ!」
何をするのが、正しいのかは分からない。
それでも、目の前で頑張っている白いモンスターに手を貸してやりたくなった。
「ぁあ? もう銀遊士がきたのか! くそっ」
男がそう言って、白いモンスターをもう片方の足で踏みつぶした。
エリックの目の前で。キュ、と小さな音を立てて、靴の下敷きになった。
ヒュッと喉奥で音が鳴る。次の瞬間、エリックは駆けだしていた。男をめがけて、渾身の力で踏み出す。
「うわぁああっ!!」
声を上げて、男に突進する。
予想できなかったらしい男はバランスを崩し、檻の角に頭をぶつけた。短く呻いて、そのまま気を失ったようだった。
エリックは男を放り出し、モンスターに駆け寄った。そっと手の平に掬い上げた。
ふわふわの塊はまだ、小さくなったり大きくなったりと呼吸をしているようだった。温かい。その体温が手の平に染みた。
「良かった。まだ、生きてて、よかった」
エリックがかすれた声で呟けば、白いモンスターがそのつぶらな瞳を開けた。
ホッとした瞬間、エリックは頭に強い衝撃を受けた。
「がっ!?」
エリックは崩れ落ちながら、首を巡らせた。視界の隅にはさっきの男を捉える。棍棒のようなものを持っているのが見えた。殴られたのだと理解する。
忘れていた、とエリックは歯を食いしばる。密猟者は殺しのプロだ、とアークは言っていた。確実に気を失わせて身体を拘束しなきゃダメだったといまさら反省した。だが、もう遅い。
「痛ぇな! ぜってぇ許さねぇ。死ねぇぇえっ!!」
男が棍棒を持ち上げながら、叫んだ。
エリックは咄嗟に、腕で顔を庇おうとしたが間に合いそうにない。死ぬかもしれない、という思いが脳裏をよぎった。
エリックの手の平から白いモンスターが滑りぬける。
「ダメだ!」
エリックの反応速度では間に合わない。するりといなくなる温度。
白いモンスターが男の前に飛び上がる。
そして、白いモンスターが絶叫した。




