6-5 緊迫する空気
~ * ~
グレイシャは密猟者たちの身体を拘束した。
それから返り血をハンカチで拭う。真っ白でレース付きのハンカチはすぐに赤黒く染まった。気持ち悪さは薄れることはない。
グレイシャはため息を吐いた。
もうこのハンカチは使えない。新しいものを買わなければ、と現実逃避を兼ねた今後を考える。
後輩たちがはうまくやれているだろうか。心配になり視線を巡らせた。
アークとエリックが言葉を交わしているようだった。アークの言葉にエリックは苦しげな表情を浮かべている。
そして、エリックが覚束ない足取りで歩き始めた。
ちゃんと歩いている様子を見る限り、怪我はしていないようだ。見送るべきか声をかけるかを少しだけ悩む。
そこへミリィが歩いてくるのが見えた。
ミリィはしっかりした足取りでグレイシャの方へ歩いてきている。
「よく頑張ったわね」
グレイシャだって初めての対人戦だった。内心はだいぶ動揺している。
しかし、グレイシャは自分が先輩であるということを自覚していた。後輩に心配を与えないように必死に笑顔を作る。
「ほら、拭ってあげるわ」
そう言って、ハンカチを折りたたみ、きれいな面を出す。
ミリィの頬についてしまった血を拭った。
優しくミリィの頭を撫でながら、状況の確認に努める。
奥のコンテナの上に立っているカルロスは割と平気そうな顔をしている。冷静な顔をして、辺りをぼんやり見つめている。
グレイシャの幼馴染であるアドルフォも一見平気そうな顔をしていた。
「みんな、無事なのね」
グレイシャが良かったと胸をなでおろせば、ミリィもこくり、と頷いた。
「だけど、エリックが……」
ミリィはエリックが歩いて行った方向を見つめ、眉を下げる。いつも明るい色を宿している黄緑色の瞳は不安げにゆらゆら揺れていた。
「そうね……少し、様子を見に行った方がいいかしら?」
そう言って、グレイシャはミリィに笑いかけた。上手く笑えているか分からない。自分の顔が見れないのって不便だわ。思考が散らばりやすくなっている。
頭を振って、もう一度ミリィに微笑む。
「行きましょうか」
グレイシャはミリィの手をとって、エリックの後を追おうとした。アークを見つけて、声をかけようとした時だ。
「あら?」
グレイシャは首を傾げた。
アークとアドルフォの異様な雰囲気に気が付いたのだ。グレイシャは足を止める。
偽造船の中は恐ろしく静まり帰っている。
アークの足音が軋む床に響く。アークが奥へと近づいていく。
「待て、どこに行くんだ? 聞きたいことがある」
不意にアドルフォが口を利いた。
静かな言葉は反響した。
アークが足を止め、アドルフォを肩越しに振り返る。だが、何も言わずに、もう一歩、アークが足を踏み出す。
アドルフォが鞘にしまったはずの片刃刀を抜き放った。
「え?」
グレイシャの疑問がぽつり、と声が漏れた。
次の瞬間。
鋭い音が響き渡った。
グレイシャは驚いて、二人を凝視することしかできない。
アドルフォがアークに斬りかかったようだった。しかし、アークは槍を地面に突き立てて、柄の部分で攻撃を凌いでいる。その表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
グレイシャから見て、アドルフォが苛立っているころだけは分かる。だけど、それ以外は何も。何が起こっているのかすら、理解できない。
「どうした?」
気だるげに槍を持ったまま、アークがアドルフォに聞いている。
「な、なにが起こってるの?」
何が起こっているのか分からなくてグレイシャは動揺した。手を繋いでいるミリィも困惑している様子だが、グレイシャに取り繕う余裕はない。
「……何考えてんだ? テメェが考えていること、全部吐け!」
アドルフォが素の口調でアークに詰め寄る。
幼馴染のグレイシャから見ても、猫かぶりのアドルフォが、素を出して怒るなんて珍しいことに思える。
「考えてること、か。人を斬ることもあることを早めに知っておくべきだ。より残酷な現実を知る前に」
あまり表情を崩さないアークが笑みを浮かべた。だが、見惚れるような奇麗な笑みではない。人を馬鹿にするような表情にも見える。
「ちょっと!」
「嘘つくな!」
グレイシャの静止の声とアドルフォの怒鳴り声が被った。アドルフォのあまりの迫力にグレイシャは続きの言葉を失った。
アークとアドルフォのにらみ合いが続く。
「あんたこそ、嘘を吐くな。……まあ、嘘はあんたの専売特許らしいがな」
アークが茶色の瞳を細めた。その瞳が金色に輝く。
「嘘? 俺が? 嘘ついてんのはテメェだろ? テメェは現実を知らせるためだけに、この計画を練ったって言いたいのかよ?」
アドルフォの言葉に、アークは何も答えない。口元に淡い笑みをたたえたまま、一歩、奥へと踏み出す。
空気が粟立った。
アドルフォの耳が、逆立つ。
「あんたが怒っている……いや、怒っているフリをする理由はこの奥に俺を行かせたくないからだ」
アークの言葉に、アドルフォの青色の瞳がわずかに見開いた。
そして、アドルフォがさらに刀に力を込める。
「ダメ!」




