6-4 覚悟は……
しばらくすると偽造船内が静かになった。エリックはようやく吐き気が収まるのを感じた。
その頃には戦闘もだいぶ落ち着いてきていた。。
昂ってしまった感情もようやく落ち着いてきて、次第に状況が見えてきた。先輩たちは慣れた様子で、密猟者を次々に無力化していく。
特に、アークは手慣れているようで、襲い掛かってくる敵を簡単に素手でねじ伏せている。槍を人間に向けることはない。殺す気はないようだ。
最初はこの作戦に渋っていたアドルフォの動きも素晴らしいものだった。相手を翻弄し、隙を見逃さず、攻撃を仕掛けている。だが、アドルフォには余裕がないらしく、相手の安否は気にすることはない。
「俺は……」
銀遊士は人間と戦うこともある。時にはその命を奪うことも。
それをエリックは失念していた。
いや、違う。
人間を相手にする可能性を考えまいとしていた。そして、目を背け続けたことによって、覚悟を決めることも出来なかった。
返り血が冷えて、だんだん乾いていく感覚が気持ち悪い。
エリックは静かに俯いた。
同じ偽造船の中にいるのに、正規の銀遊士であるアークとの距離をとても遠く感じた。あの背中が、とても遠い。近くに感じたのが嘘のようだ。
コツコツと良い足音が聞こえてくる。
エリックは顔を上げた。すると、槍から血を滴らせたアークがエリックを見つめていた。その冷たい瞳に、エリックは何も言えず唇を噛みしめた。
「これが、現実だ」
アークがそう言って、槍を軽く振った。半円の形に血が飛び散った。最初の人の血だろうか。それ以外にも斬ったのかもしれない。エリックが見ていないだけで。
生々しいその光景にエリックは目を背けた。
「見ろ」
アークが静かに命令口調で言った。
エリックは静かに目を開いて、現場を改めて見つめた。
むせ返りそうな血の臭い。どこか鉄と似たような臭いで、肺を焼きそうだとエリックは顔をしかめる。
転がる体の部位は先ほどまで本体についていたとは思えないぐらい、無機質のもののようだ。
あちらこちらに飛び散った血液が夜の黒とコントラストを作っている。
エリックは自分の手が細かく震えていることに気が付いた。必死に手を握りしめごまかそうとするが、うまくいかない。
「これでも、銀遊士になりたいのか?」
アークの問いに、エリックは彼の顔を見つめた。
その通りだと答えるには、現実は残酷過ぎて。簡単に答えをだしてはいけない気もした。
自分は人の命を奪えるほどの人間ではない。そんな権利、誰にもありはしない。今、自分が何をどうしたらいいのか分からない。
「俺は……俺は!」
エリックは拳を握りしめたまま、俯いた。体は相変わらずみっともないくらい細かく震え、それを制御する術もない。
エリックにとって、銀遊士とは英雄的な仕事で。憧れであり、理想であり、完全無欠のヒーローのような存在だった。
だけど、現実は違う。人を殺すのも仕事で。それは本当にヒーローなのだろうか。
「……少し、考えさせて下さい」
エリックはやっとの思いで、それだけを告げた。
もっと言わなければいけない言葉は他にある気がする。だけど、それ以外どうしても出てこないのだ。
頭が揺れているような、そんな心地だ。考えが一切まとまらない。
「そうだな。頭を冷やしてこい」
アークの言葉に、エリックはフラフラと歩き始めた。
「エリック……」
「行かせろ」
ミリィが名前を呼ぶ声が聞こえた。
一度、足を止めたが、アークの言葉をありがたく受け取っておく。エリックは偽造船の奥へと足を勧めた。
暗い方へ、暗い方へ、と。




