5-4 学園長の……
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エリックを送る人の手配を終えて、ステッカ学園長は銀遊士協会本部にある自室へ戻ってきた。
そこではアークがまだ紅茶を傾けていた。今回の青い紅茶は甘いからミルクを入れなかったのだ。猫舌の彼は、冷えるまで待つしかできない。
彼はお茶を飲み切らなければ帰らない。だから、敢えて、この青い紅茶にしたのだ。
ステッカ学園長は溜め息をつきながら、自分の椅子へと腰を下ろした。
アークは何も言わずに黙って紅茶を飲んでいる。学園長は何かを言おうか迷って、結局口を閉ざした。
短い溜息が部屋に反響した。学園長の口から洩れたものではない。とすると、と学園長はアークを見つめた。
「嘘、つきましたね」
アークが青い紅茶を見つめながら、言葉を投げかけてきた。問い詰めるとき、彼はいつも目を合わせない。
責められている気がして、ステッカ学園長は苦笑いを零した。
「嘘なんてついていない。あの時、私は確かに死んだのだよ。仲間と共にね」
ステッカ学園長の言葉に、アークがさらに視線を落とした。それはただの屁理屈だ、と言っているようにも見える。
学園長自身に後ろめたい気持ちがあるからだろうが、アークの行動は刺さった。
「死んだからこそ、今の私がいる、ということだ。あの子は知らなくていい。それに、実際、銀遊士になってほしかったわけじゃない。むしろ、もっと自由で幸せな道は一杯あっただろうに」
どうして、という言葉は出て来なかった。それは無責任すぎるからだ。
エリックに夢を見せたのは間違いなく過去のステッカ学園長そのもので、だったら、その責任は今の自分にも引き継がれるわけだ。
「こうなったら、私が全力であの子を含め、銀遊士を護ればいいことだ。そうだろう?」
しかし、アークは口を引き結んだまま、何も答えない。何か、不満を覚えているらしい。
ステッカ学園長は短く息を吐き出した。この話を続けても、自身の擁護にしかならない。
「さて、本題に入ろう」
ステッカ学園長の言葉に、アークは一つだけ頷いた。
「これまでのダンジョンの調査とモンスターの動向を見て分かったことがある。間違いなく、背後によからぬ組織が動いているようだ」
ステッカの話をアークは黙って聞いている。
「その組織は密猟を行っているようだ。早いうちに対処しなければ大変なことになる」
アークが目を眇めた。茶色の瞳が剣呑な光を帯びる。
「仮説を立て、人員を送り込んだ。そして、尻尾を捕まえたよ。近いうちに事が動く」
ステッカ学園長の言葉にアークが顔を上げた。
少しばかり疑っているような目だ。疑うことは悪いことじゃない。むしろ、生きていく上では大事なことだ。
「本当だとも。証拠なら、彼がね」
ステッカ学園長の合図で姿を現した人物にアークが目を見開いた。彼がここまで表情を崩すなど珍しい話だ。
「さて、ここからは奴らとのスピード勝負になる。動いてくれるか?」
ステッカ学園長の言葉にアークがぴくり、と反応した。それから、茶色の瞳で、吸ってか学園長のことを凝視する。
「……それは命令か?」
静かに聞いてくる。
ステッカ学園長は、静かに頷いた。
アークが席を立ちあがった。それから、片膝を付き、頭を垂れた。左手を心臓の上に重ねる。
「銀遊士協会所属アーク・ブラッディー・ロメオ。現時刻を持って任務に着任します」
黒い髪がアークの表情を覆い隠す。
ファミリーと違ってソロは協会代表の命令には絶対の服従を強いられる。
一体、彼はどれほどの思いを飲み込んでここに立っているのだろう。ステッカ学園長はアークを見つめた。
アークの首から下げられた銀色の呼子笛が揺れた。
あれは彼にとっては鎖でしかない。
しかし、この世界をまわしていくにはなくてはならない存在だ。
ステッカ学園長は静かに目を閉じた。それから、意識を変えると目を開けた。
「それでは、作戦会議を始める」
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