5-2 魔法を知る人物
ドラゴンが止まったのは、銀遊士協会の本部とされている建物の前だった。
「ここ、ですか?」
「ああ」
戸惑うエリックを他所にアークはするするとドラゴンから降りてしまう。ドラゴンも座り込んでしまい、動く気配はない。
「どうした?」
唐突な流れについていけていないエリックに対して、アークが一言。
これはついて行くしかなさそうだ、とエリックもドラゴンから滑り降りた。
先を行くアークの後ろを追う。
赤い鉱石が取り付けられているドアが自動で開いて、大理石の床が現れた。
建物内は広く、音が反響する。広間の中央に階段があり、踊り場に大きな天使の絵が掲げられている。踊り場から壁伝いに半円を描くようにして階段が続く。階段には全て赤い敷物が敷かれている。
エリックは恐れ多く感じて、足跡を残さないようにそろそろと歩いた。
歩調を合わせてくれているアークは入り慣れているのか、それとも何も感じていないのか実に堂々と歩いていく。
中央の階段を上り、踊り場で左に。階段を上り切ると、広い廊下に出た。とても、二階と思える広さの廊下ではない。ある程度真っ直ぐ進んだ後。さらに左へと折れ、細い道へ進む。そこは沢山の個室が並んでいた。
アークがそのうちの一室の前で足を止めた。
エリックも続いて止まる。
アークが三度ほど、短くノックする。返事も待たずに口を開く。
「連れてきた」
アークの言葉遣いにエリックは内心ひやひやした。個人の部屋を使っているのだから、相当偉い人のはずだ。機嫌を損ねたらどうなるのか。
エリックが生唾を飲み込んだ時だった。
「ああ、待っていたよ。どうぞ、入りなさい」
そんな声が聞こえてきて、ドアが開いた。どこかで聞いたことがあるような声だと思う。
アークが入っていくので、エリックも慌てて後を追った。
部屋の中は壁が美しく塗られ、金箔が付いてる。しかし、非常に落ち着きのある感じで、整っている印象をエリックに与えた。広い窓には白いカーテンがかかっており、深い赤色のカーテンが左右で束ねられている。
天井は高く、優しい光のシャンデリアが室内を照らしていた。
エリックは驚いた。
部屋の装飾も見事だが、それ以上にエリックを驚かせたものがあった。
部屋の奥に接客用とは別の机があり、そこに見たことある顔が座っていた。
エリックは口をパクパクさせてしまう。
その様子をステッカ学園長がにっこりとほほ笑んで見つめている。
「……え?」
永い沈黙のあと、思わず間抜けな声を出してしまった。
アークがエリックにもっと奥へ入るように促してくるので、足早に室内を進む。アークが後ろでドアを閉めてくれた。
ステッカ学園長が使っている部屋は学園長室と似ていて落ち着きがある。
それでも、溢れる高級感にエリックはそわそわしてしまう。
「お茶を入れようか」
ステッカ学園長がそう言いつつ、ティーカップを並べる。白い陶器にバラの模様の入ったカップはやはり高そうに見えた。
エリックがぼうっと突っ立っていると、アークがソファーに座らせてくれた。ふわふわの座り心地の良いソファだ。アークも隣に座る。
「え、でも……」
部屋の主に促されたわけでもないのに、と立ち上がろうとする。
「座ってなさい」
学園長が優しい笑顔でエリックに言う。仕方がないので、促されるままにそこへ腰を落ち着けた。
そして、エリックの前にお茶が差し出される。お茶は青い色で、とても良い香りがした。
「さて、報告を聞いたよ。まずは、お疲れさん。お前さんが村を護り、救ったんだ。誇りに思っていいぞ」
ステッカ学園長がそう言って顔をほころばす。
穏やかなステッカ学園長の言葉はいつだって、心に真っ直ぐ落ちてくる。温かくて、大事にしておきたいと思える。
エリックは言葉にならず、頭を下げた。
ステッカ学園長は何かを勘違いしたらしい。エリックの頭を優しく撫でてくれた。大きな手。節々が強張った、鍛え抜かれた人の手だった。
エリックはどこかでこの手を感じたことがあるような気がした。
「ところで、『魔法』を使ったそうだね?」
ステッカ学園長の言葉に、エリックの考えは霧散する。弾かれたように顔を上げた。
エリックが使った技について、エリックは何も言っていない。
思わずアークの横顔を見る。アークは何か知っていたのかもしれない。だから、『魔法』だと報告したのかも、と思ったのだ。
しかし、アークも変な顔をして学園長を見ている。アークが『魔法』のことを知っているわけではないようだった。
それではステッカ学園長はどうして知っているのだろう。ますます疑問が深まる。
『魔法』の存在だって、エリックを助けてくれた銀遊士の人の言葉を覚えていたので、誰にも話していない。銀遊士の人は言ったのだ、不完全な技を他人に教えることは好まない、と。だから、エリック以外にそれを知る人物がいるとしたら。
エリックの心臓が大きく脈打った。




