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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
4.巣別れ
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4-17 願いを叫べ

 エリックは眩しさを感じて目を開いた。

 いつの間にか気を失っていたらしい。

 目の前の《クイーン》は残った方の瞳を乱々と輝かしている。巨大な鋏を構え、傷ついている針をそれでも持ち上げている。強靭な顎がガチガチと音をたてた。

 どうやら、気を失っていたのは、わずかな時間だったらしい。随分懐かしいものを見たような気がする。

 歯を食いしばって、起き上がる。剣を構え、《クイーン》を睨みつけた。

 この《クイーン》に勝ちたい。――いや、勝つ。

 エリックはギュッと剣を痛くなるほど固く握りしめる。

 光がエリックの周りに集まって来ているような感覚。その光は月精石の輝きにも似ている。

 だが、エリックはその光を気にも留めず、《クイーン》を見据えた。

俺が倒す、絶対に。その強い思いだけがエリックを突き動かしていた。


 ――強い願いが魔法を発動させる。いいか、こう言うんだ――


 エリックは静かに口を開いた。


《彷徨える愚者 我ここに願う

 万物を灰に帰す業火よ、

 眼前に座する仇敵を薙ぎ払え


 幻獣の炎哮(エイディア・ルッジート)!》


 エリックの思いに神様が応えてくれたのだろうか。

 集まって来ていた光がエリックの持つ剣に宿った。

 そして、真っ赤な紅蓮の炎を纏った大蛇が剣を覆う。熱く燃えているのに、エリックが焼かれることはない。

 エリックはもう迷わなかった。

「うわぁぁあぁあぁあっ!」

 言葉にならない叫び声を上げながら、《クイーン》に突っ込む。

 《クイーン》が巨大な鋏を盾にする。

 しかし、その強靭な盾をも貫通し、エリックの剣が《クイーン》を刺し貫いた。

 剣はやわらかいものでも斬るかのように、ダイヤに覆われた《クイーン》を真っ二つに切り裂いたのだ。

 あっ、と思う間もなく、炎の大蛇が躍る。

 ゴオォォ、と炎の大蛇が天井へと立ち上った。

 熱風に煽られ、立つことすら困難になっていたエリックは軽々と地面を転がった。

 地面に這いつくばる力もなく、飛ばされるままになる。壁が迫って来る。だが、防御はもう、間に合わない。エリックにできたことと言えば。慌てて目を閉じるぐらいのものだった。


 やがて、空気を焼くような熱風も収まった。

 しかし、壁に激突したような痛みはない。感覚でも鈍ったのかもしれない。

 そっと薄目で状況を確認する。視界は逆さまだった。瞬きを繰り返す。

「もう、下ろすからな」

 抑揚のない声が聞こえて、エリックはそっと地面へ置かれた。体中傷だらけだ。痛まないところがないくらいだ。おまけに、左目は未だにあまり見えない。

 それでも、視界を巡らせる。

「あ……」

 腕を組んだアークがエリックを見下ろしている。茶色の切れ長の瞳は金色に見えたり、茶色に戻ったり。まるで、感情が揺らいでいるように見えた。

「えと、その……」

 エリックが体を強打しなかったのは、アークが体を滑り込ませ、受け止めてくれたからだろう。お礼を言わねばならないのに、言葉が出てこない。

 《クイーン》の体は未だ、炎に包まれていた。その光が、アークを照らしている。アークは何かを言いかけ、そして、口を噤む。何を言おうとしたのか、エリックには分からない。

 そのまま、アークの視線は《クイーン》へと向けられた。エリックも振り返って、《クイーン》を見つめる。

 《クイーン》の巨大な針が少しだけ、動いた。だが、それも炎に煽られただけだった。

 やがて、黒い灰となって崩れ落ちて、消えていく。

 それを見届けると、とたんに意識が朦朧としてきた。

「終わ、った……?」

 誰に呟くわけでもなく、かすれた声で口にする。

「ああ、これで終いだ」

 アークの返答が聞こえた。

 安心した。心の底から、ホッとした。

 意図せず涙が溢れだす。

 肩の荷が下りた気がした。

 体が揺らいだ。立たねば、と思うのに、力は残っていない。地面が急に近くなった。

「おいっ!?」

 アークに何かを言われている気がしたが、エリックは静かに目を閉じた。心地よい気分で、闇へと飲まれていく。

 熱風に煽られて熱いはずなのに、手先からどんどん冷えていくような感覚だけがいつまでも残っていた。


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