4-16 彼の記憶
最初に動いたのはエリックだった。地面を蹴って、《クイーン》へと突っ込んでいく。
《クイーン》も負けじと攻撃を繰り出してくる。蠍の尾を回避し、鋏へ一撃入れる。鋏が左右に揺れ、エリックを叩き落とそうと狙ってくる。大きく飛んで、回避。
巨大な鋏にはアークがやったのだろう、傷が入っているのが見えた。
「ここを狙えば!」
エリックが突き出した剣は見事にアークが付けた傷の部位へと吸い込まれた。一瞬、勝ちを思い描き、口元が緩む。
しかし。
「硬い!?」
突き出した剣先は弾かれて、エリックの体は宙に浮く。
横から、もう片方の鋏が襲い来るのが見えた。慌てて体を捻り、着地して地面を転がる。上から振り下ろされた鋏をギリギリのところで交わし交わし、《クイーン》の腹の下に潜った。固いけれど、外皮に比べれば柔らかい。腹を浅く切り裂きながら、エリックは走る。
痛みにたじろいだ《クイーン》の足から、上へと駆け上がる。跳躍。鋏の上へと飛び乗った。
「ここだっ!」
鋏の上から、《クイーン》の目を目掛けて剣を振り下ろす。
目の部分は豆腐より柔らかく、予想通りに剣が突き刺さった。
サソリ型の《クイーン》が絶叫してのたうち回る。
ここが攻め時だ。
エリックは剣をがむしゃらに振るった。何度も振り上げては、叩きつける。
でも、決定的な一撃にはならない。
「っ、このままじゃ!」
いつまでアークが黙って見てくれているか分からない。
焦りがエリックの中に募っていく。
「それでも、俺は!」
剣を握りしめ、《クイーン》のもう片方の目を狙う。
だが、二度は上手くいかないようで。気が付けばエリックの体は吹き飛ばされていた。頭から地面に叩きつけられる。
強い衝撃に目の前が真っ白になった。頭がぐわんぐわんと響き、脳が揺れている感じがする。光が瞼の奥で飛び散って、世界と切り離されるような、そんな感覚に飲まれる。
エリックはそのまま意識を失いかけた。
真っ白な空間で、エリックは思い出していた。
昔、エリックを助けてくれた銀遊士が、優しく頭を撫でてくれたことを。
その温度にものすごく安心したことを。
そして、はっきりと思い出す。
彼がエリックにしてくれた話の一つを。
それは彼が再び旅に戻る前日の話だった。エリックはごねて、彼を困らせていた。
彼は苦笑いを浮かべながら、『とっておき』の話をしてくれたのだ。
「本当に追い詰められた時、俺を救った一つの呪文があるんだ。それを俺は『魔法』と呼んでいる。心の底からの願いに神様が応えてくれる、のかもな……。どういうからくりなのかは分かってないんだが、とにかく願いが力になるんだ。何せ、心の底からの強い願いがないと発動しないんだ。発動条件が不安定で……。だから、俺はこれを誰にも伝えることが出来ないんだ。本当は完成させて、誰かにこれを教えたかったんだが……」
そう言って、銀遊士は困ったうに頬を掻いた。
話の半分も理解できなかった当時のエリック。それでも、魔法、と言う言葉に強く惹かれた。とってもかっこよく思えたのだ。何より、その人の必殺技を知りたいと思った。
「教えて!」
元気に振り向いて、そう、ねだった。
「未完成の業を誰かに伝授するのは俺のモットーではないんだが……。ふふふ、そうキラキラした目で見られたら仕方ないな。エリック、特別に教えてやる。だが、魔法は必ず発動するわけじゃない。だから、信じるなよ?」
無邪気な子供、というのはそれだけで効果があったりするものなのだろう。
銀遊士が頭を掻きむしる。
「分かった!」
元気良く返事をして、エリックは姿勢を正した。
銀遊士は、迷って、やがてゆっくりと口を開いた。
「何百年も昔の言葉を使って心の中で呼びかける。いいか、こう言うんだ――」




