4-15 救援を得て
大量のモンスターが流れ込んでくる。卵を器用に避けながら、勢いよくエリック達を目指しているのが分かる。
逃げ場はない。
ミリィの銃声が聞こえた。入口付近の様子は迫り来るサソリ型のせいで見えない。しかし、ミリィが一人で入口を死守してる状態だ。
エリックは歯を食いしばった。血の味がした気がした。それでも、強く強く歯を食いしばる。
いつまでも護られてばかりではいけない。誰かを護りたい。護れるだけ力が欲しい。武器がなくたって、絶体絶命にピンチだって。この手で全てを塗り替えるだけの力が欲しい。
「もう、誰かに守られるわけには……いかないんだ!」
腕に力を込める。激痛が走った。それでも、よろめきながら立ち上がる。
その時だった。
再び土煙が当たりに舞い上がった。それと同時に銀色の閃光がいくつも走るのが見えた。
一瞬、何が起こったのか、エリックには理解が出来なかった。
だが、この間にミリィと合流したほうがいいかもしれない。
そう思って、動こうとエリックが一歩踏み込んだ時だった。
砂ぼこりの中で何かが煌めいた。勢いよく近づいてくる物が何か悟った時、エリックは後ろへとのけぞった。
「うわっ!?」
エリックが先程投げた剣が飛んできたのだ。エリックのすぐ後ろの壁にぶつかって、カシャーン、と無機質な鉄の音が響いた。
少しずつ土煙が晴れる。一体何が、とエリックは目を凝らす。
靄の中から、黒い長身の男が姿を現す。光の加減で瞳は金色に光っているように見えた。不機嫌そうな顔がエリックのことを冷ややかに見下ろしていた。
「視界が悪い時はむやみに動くな、大声を出して相手に位置を気取らせるな、自分の獲物は投げるな、全部基本だ」
聞いたことのある低い声が敵意に近い怒りを内包して、エリックに向けられていた。
「あ、アークさん……」
名前を言えば、アークは更に不機嫌そうに顔を歪ませた。
返答はせずに、横にして抱き上げていたミリィをそっとエリックの隣に下ろした。
ミリィは気を失っているらしかった。外傷は見られないが、安心はできない。打ち所が悪かったら、と心配になる。
護れなかったから、と胃が痛む。
申し訳なさと不甲斐なさが込み上げてきて、エリックは唇を噛みしめた。
「見ろ、これが現実だ。あんたに銀遊士は向いていない」
アークの言葉がエリックの胸に鈍く突き刺さった。
土煙が完全に消え失せようとしている。《クイーン》の姿が認知できるようになれば、ここはまた戦場になる。
アークが静かに槍を構えた。白く長い指が槍の柄にそっと添えられる。綺麗で長い指だった。だが、使い込まれた槍の柄がアークが沢山戦ってきたことをエリックに教えてくれた。
エリックは飛んできて目の前に転がったままの剣を見た。
それから、ミリィを見た。
村の人たちの顔を思い出し、ファミリーの人たちの顔を頭に思い浮かべた。
最後に、ステッカ学園長の言葉を思い出した。
しゃがんで、剣を拾い上げる。確かめるように、握り慣れた剣の柄に指を這わせ、しっかりと握り込んだ。
いつまで、弱い自分を許容するつもりなのだ。ずっと護られるなら、銀遊士なんて目指さなくて良かったはずだ。でも、それが出来なかったから、エリックはここにいる。誰かを護る。その手段がここにあるのに、また、ここでアークに護られるのか。
だったら。
もし、このままアークに護られて、のうのうと生還することを自分に許すくらいならば、ここで死んだ方がいい。
エリックは足を踏み出した。
「アークさん。ミリィのことをお願いします」
エリックの言葉にアークが驚いた表情で振り返ったのだ見えた。
アークの隣に並び、剣を構える。
「確かに、俺はまだまだひよっこで、何も出来ない強がってる子供なのかもしれません。まだ、夢を見てる少年なのかもしれません」
言いながら、エリックは剣を握りしめる手に力を籠める。
土煙が薄くなり、《クイーン》の影が見えた。《クイーン》もこちらを視認したのが分かった。
だけど、もう、竦むことはない。
「それでもっ!!」
エリックは剣の柄をぎっちりと握りしめ、力の限り叫んだ。
「俺は銀遊士になって、人々を救う! そして、新しい世界を見るんだっ!」
エリックの言葉にアークが目を見張ったのが見えた。
だが、アークが何かを言うより前に、エリックは続ける。
「だから、これはその一歩だ。……この《クイーン》は俺が倒すっ!!」
アークが口を堅く引き結ぶ。
土煙が完全に晴れた。視界がクリアになり、《クイーン》の巨体がはっきりと見えた。
剣を構え、足を開き、腰を落とす。
左目は依然、見えない。体中、痛む。
だけど、それら全てが気にならないくらいに胸と頭が熱い。ここでやれなきゃ、銀遊士になるなんて嘘だ。
「俺が憧れたあの人はこんなところでやられない! こんなことで挫けない!」
エリックが言い切れば、アークがくすり、と笑った。
「倒さなくちゃいけない、じゃなくて、倒す……、か。好きにしろ」
エリックの方が驚く番だった。アークを穴が開くほど見つめて、その真意を聴こうとする。
だけど、アークはそれ以上、何も言わなかった。踵を返し、ミリィを安全なところへと運んで彼女を護るように立つ。壁の端から、エリックのことを視ることにしたようだ。
部屋の中央にはエリックと《クイーン》。エリックの背後にある壁際でアークが静かに腕を組んでいる。この戦いに手を出さないと暗に告げられている。
エリックは改めて、巨大なサソリ型の《クイーン》と対峙することになった。




