4-13 外部の抗争と希望
~ * ~
アドルフォたちは丘を降りて、村の湖のほとりにある第二の避難場所を目指していた。
「思ったより人数いるわね」
グレイシャは移動する村の人たちを見つめた。
村の人たちは怯えていて、足取りは重い。周りを気にしてばかりで遅々として進まない。
ひゅ、と空気を切り裂く大きな音がした。続いて振動が村人を襲う。遅れて、じゃらり、と鎖が鳴る音が響く。
グレイシャが見上げると、そこには少し大きめのサソリ型モンスターが倒れていた。そして、その上でカルロスが頬に着いた返り血を乱暴に拭っている。その視線がグレイシャと絡み合うことはない。すでに周りの警戒をしている。
カルロスがサソリ型を真っ二つにしたのだ、と回りの村人もようやく理解が及んだらいい。
「ひぃっ!」
誰かが悲鳴を上げた。その悲鳴によって、モンスターが寄ってくる。
重い音が響く。そして、揺れ。
恐怖が伝染していく。
中には蹲ってしまう者も出てきた。
早く進んでほしいのに、早く避難を完了させて後輩の助けに行きたいのに。もどかしさがグレイシャの胸を焦がす。
「大丈夫です! 必ずお守りしますから、進んでください! 急がず、焦らず、落ち着いて!」
アドルフォの声が飛んだ。
村の人たちはまたのろのろと進み始める。
ダンジョンから少しずつ離れているはずだ。しかし、サソリ型の数は減らない。このままでは、何人かモンスターの餌食になってしまう。
グレイシャは走ってくるサソリ型を見つけた。
弓を構え、矢をつがえる。
狙いをすまし、限界まで弦を引き絞った。呼吸を止めて、その間合いを計る。
そして、矢を放つ。
放たれた矢は真っ直ぐ飛ぶ。勢いは殺されることなく、サソリ型の胸を貫いた。
「よし、いい感じ!」
サソリ型はゆっくり倒れていった。あとどのぐらい続くのだろうか。グレイシャは湖を見つめた。第二の避難場所と指定されているほとりまでは、まだ、距離がある。
その時だ。
『――――ッ! ――――ッ!』
空気が裂かれた。甲高い、悲鳴に近い咆哮。肌が粟立つ。
「今のは……」
村の人の護衛を務めていたグレイシャはダンジョン方面で空気が揺れたことに気が付いて、振り向いた。その視線の先には、塔が見える。そして、見えないけれど、その下にダンジョンへの入り口がぽっかり穴をあけているはずだ。
そこから、怪しい雰囲気が漏れ出ている。嫌な感じだ。
離れて近づくモンスターを狩っていたカルロスがグレイシャの隣に降り立った。彼も厳しい顔つきでダンジョン方向を見つめている。細長い切れ長の緑色の目を釣り上げ、アドルフォを見つめる。
「そろそろ、二人を回収するべきじゃないのかな、隊長?」
口調はいつものものであったが、語気は強い。
グレイシャもカルロスの意見に頷いた。
しかし、アドルフォは首を縦に振らなかった。
「いや、村の人の搬送がまだ終わっていない。二人はまだ大丈夫そうだから」
アドルフォは特徴的な耳が動いた。ダンジョン内の音を聞いたらしい、アドルフォが苦し気に言葉を押し出す。アドルフォも二人が心配なのだ、とグレイシャは気が付いた。
「じゃあ、ここはわたしたちに任せて、アドが行けばいいわ」
「駄目だ!」
グレイシャの言葉にアドルフォが吠えた。強い口調であった。
びっくりして、グレイシャは口を噤む。
「……今は村の人が最優先だよ。ちょっと考えれば分かることだろう?」
アドルフォがいつもの口調で言って来るが、それだけではないような気がして、グレイシャは頷くことが出来ない。
カルロスは緑の瞳でアドルフォを見つめるだけで、何も言ってくれなかった。
「い、いいの? あの子たち、……死んじゃうかもしれないのよ?」
グレイシャが恐る恐る言えば、アドルフォは静かに俯いた。
「分かってる、そんなこと、俺だって分かってるよ。それでも、村の人たちの命には代えられない。……それに、あの二人なら大丈夫だと思うんだ。大きな経験を積んで帰ってくるよ、きっと」
アドルフォが目を閉じ言い切った。
隊長として辛い判断をしているのだ、とグレイシャは思った。これ以上の言葉はアドルフォを傷つけ、責めるだけだと判断をする。
グレイシャは黙って任務に取り組み始めた。少しでも早く村人の避難を完了させるために。
「そんなこと言っちゃってさ、後悔しても知らないからね?」
その段階になって、カルロスがいつもより低い声で告げる。
アドルフォが顔を上げて苦しげに笑ってみせた。その表情は今にも泣き出しそうに見えた。
「ああ、分かってるよ。……それより、いつの間にエリック君とカルロスは仲良くなったんだい?」
アドルフォが苦し紛れの軽口を紡ぐ。。
カルロスが視線を逸らした。
「……オレが心配してるのはクソガキじゃなくて、ミリィちゃんだから~」
カルロスもまた簡単な軽口をその場に残して、走り去った。
グレイシャは村の人を護衛しつつ、湖を目指して歩いて行く。辺りを警戒するものの、モンスターの気配はまるでない。
さっきの《クイーン》の咆哮に呼ばれ、ほとんどがダンジョンに戻ったようだった。
ほっと息を吐く。だが、グレイシャの緊張はすぐに戻ってきた。
何かが、近づいてくる気配があるのだ。
アドルフォが素早く武器を構え――、その手を下ろした。
砂煙が近づいてくる。銀遊士協会と白銀学園の旗が見えた。
「本当に遅かったわね!」
言ってやれば、アドルフォがそうだね、と表情を少しばかり柔らかくしたのだった。
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