4-12 《クイーン》の咆哮
半透明の殻で覆われた楕円形の球体が整然と並んでいる。中身はぬらぬらと光る薄緑色の液体で満たされており、血管のようなものを見て取ることが出来た。
中には茶色になっており、目や外殻が外から分かるものもある。
エリックは知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。
「これって、もしかして……」
ミリィが銃剣を構えつつ、言葉を詰まらせる。
エリックもミリィもこんなに沢山のモンスターの卵を見たことはない。
「卵……」
エリックが言えば、ミリィも不安そうに頷いた。
不思議な、でもどこか神秘性のあるその卵にエリックの意識は奪われる。
「ねえ、エリック! 卵を産んだ《クイーン》は何処にいんの!?」
ミリィの焦った声が響く。地下の空洞に声が反響する。
エリックが我に帰るのとほぼ同時に、エリックの視界が急に暗くなる。
生臭い、ぬるい風を感じる。それが何かの吐き出す息だと気が付いて、エリックは上を見上げた。
そして、視界一杯に広がった《クイーン》の、怒りで真っ赤に燃えた瞳を見た。
ひゅ、と喉奥が音を立てる。振り下ろされる巨大な尾。
咄嗟に、隣で呆然となっているミリィを突き飛ばす。
「エリックっ!」
引きつった声が聞こえた。
――ズガァァン!
次の瞬間、大きな振動がダンジョンを揺らす。
少しばかり土のつららが崩れたのだろう、土煙が立ち上る。
エリックは咽た。幸いにも、最初の一撃を回避することが出来たが、渦巻く茶色の煙の中では、呼吸すら難しい。
「エリック、無事? エリック?」
ミリィの不安そうな声が聞こえるが、視界が悪い。ミリィの姿を捉えらない。そして、《クイーン》の姿も。
だが、確かにすぐ目の前にいるはずなのだ。エリックは自分の剣を強く握りしめ、必死に呼吸を整える。
視界の端で何かが煌めいた。
《クイーン》が鋏だ。
剣を縦に構える。左手で刀身を支え、《クイーン》の鋏を凌ぐ。
――ガチィィイン
青い火花が散る。
《クイーン》はエリックが鋏の突きを防ぐと、土煙に乗じて姿を消した。気配を読もうにも、集中できない。視界にばかり頼ってしまう。
エリックはそっとしゃがみ、地面に手を置く。
昔、助けてくれた銀遊士が教えてくれたのだ。敵や仲間を見失ったら、地面の振動で探すこともできる。慌てるなくても大丈夫だった、と。
やるのは初めてだ。
エリックはスッと目を閉じ、耳と手先の感覚に意識を向ける。
何かが背後にゆっくり迫ってくるのを感じた。大きな揺れ。この振動で人間はあり得ない。《クイーン》か、判断する。
エリックは目を開け、振り向いた。
「がぁっ!?」
刹那、横から凄い力が加わり、エリックの体はいつかの時と同じように真横に吹っ飛んだ。
振動を感知してからの判断の遅さが回避につなげられなかったのだ、とぼんやり思う。
それでも、耐衝撃体制を整えることはできた。
土煙の中から飛び出し、背中を強打する。呼吸は一瞬止まったものの、以前木にぶつかったときと比べれば衝撃は小さい。
呻きつつもエリックは体を起こした。腕が糸を引く。体中ねばつく液体で濡れていた。緑色の液体と、強烈な臭い。一瞬、眩暈を覚える。
見れば、卵が割れているのが見えた。この卵のおかげで致命傷を免れたのかと思うと微妙な気分になる。
「エリック! 君、大丈夫かい!?」
土煙が収まり始め、エリックを見つけることが出来たのだろう。
ミリィがエリックの元へ走り寄ってくる。
エリックは立ち上がり、まだ戦えるか軽く飛ぶ。多少、あちらこちら痛むが、体に異常は感じられない。
「大丈夫そうだよ」
エリックは答えて、すぐ剣を構えた。
《クイーン》がエリックとミリィを真っ赤な目で見つめている。鋭い鋏、透明な外殻。そして、緑色の液体を垂らす針。明らかな殺意。
どうやら、今まで以上に怒っているらしい。卵が割れたことで、憤慨しているようにも見える。
「そんな無茶苦茶な……」
エリックは小さな声でぼやく。潰したくて潰したわけじゃないし、そもそも《クイーン》の攻撃でこうなったのだから、自業自得だと思う。
だが、そんなエリックの思いが通じるはずもなく。
《クイーン》が顎を開いた。
エリックとミリィも各々の武器を構えた。いつ《クイーン》が突っ込んできても大丈夫なように態勢を立て直す。
しかし、《クイーン》は予想外の動作に出た。
『――――ッ! ――――ッ!』
耳をつんざくかと思う悲鳴に近い大声。叫び声を上げたのだ。




