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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
4.巣別れ
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4-8 村の現状

 村に到着したぞ、と御者が荷車を止めた。ここまで全速力で駆けてきてくれた翼をもつ馬は鼻息荒く、いまだ落ち着かない様子で地面を蹴っている。

 エリックは言葉少なに礼を言うと、荷車を飛び下りた。村の状況を肉眼で確認し、息を飲む。

 穏やかだった田畑は荒れ、サソリ型のモンスターが我が物顔で闊歩している。破壊された家々。誰の笑顔も笑い声も聞こえず、あたりに人影はない。

 取り逃がした《クイーン》の手下も確かにサソリ型をしていたということをはっきり思い出す。間違いなく、あの日逃がした《クイーン》がこの村に来ている、とエリックは確信した。

 教会の人や、近所のおばさんはどうしているのだろう。ぎゅ、と心臓が縮んだような気がする。

 エリックはたまらなくなって走り出した。

「エリック! 待って! 危ないよ!!」

 ミリィの静止の声が聞こえてきたのだが、エリックはこの衝動を止めることが出来ない。当然のように歩いているサソリ型モンスターの一体を目指し、剣を抜こうとした。

「ほんっとに世話が焼けるよね!」

 カルロスの言葉がすぐ後ろで聞こえた。肌が粟立つ。

 次の瞬間には、視界が暗くなる。しまった、と振り向いたときには遅く。

 カルロスの綺麗な回し蹴りのフォームが見えた。そして、エリックの顔面にカルロスの足がめり込んだのだった。

「カルロス!」

 グレイシャの声が響き、カルロスがさっと身を低くする。その様子をエリックは地面から見ていた。

 ヒュン、と高い音が空気を割いた。

 グレイシャの放った矢が先ほどまでエリックの頭があった位置を通り過ぎて行く。向かう先は、カルロスに襲い掛かろうとしていたモンスターだ。その喉笛に、もう少しで矢が届く。

 しかし、サソリ型もグレイシャの攻撃に気が付いていたらしい。矢を左の大きな鋏で、弾く。

「くそっ!」

 エリックは勢いよく立ち上がろうとした。

「邪魔!」

 立つことは出来なかった。カルロスがエリックの背中を飛び台にして跳躍したのだ。その反動で、エリックは再び地面に逆戻りすることになる。

 空中に躍り出たカルロスは、襲い掛かってきたサソリ型の首に鎖を巻き付けた。そのまま、サソリ型の後方へ飛び降りて、鎖を強く引く。

 エリックに襲い掛かろう前へ体重を預けていたサソリ型は自分の勢いで、自身の首を折ってしまった。

 緑色の血を噴き出しながら、サソリ型が倒れ込む。

「走れ! 平地だと囲まれるぞ!」

 アドルフォの指示が聞こえる。

 エリックは今度こそ起き上がり、アドルフォの後に続けるように走り出した。

 仲間が殺されたことに気が付いたサソリ型が後から後から姿を現す。

 エリックは走る足に力を込めた。

「どんくさいな、本当に。オレがいなきゃ今頃死んでたからね?」

 カルロスが走り寄って来て、エリックの腕を掴む。そのまま、一緒に走り出す。カルロスの足は速くて、飛ぶように景色が過ぎ去っていく。強く掴まれた腕が痛んだ。

「こんな全力疾走しなきゃいけなくなったのも、君のせいだからね?」

 走りながら、カルロスが愚痴る。

 これだけ走っているのに、息も切れていない。器用な人だと思う。だけど、いつまでも足手まといではいたくない。そっと手を解いて、自分の力で走り出す。

「すみません」

 小さな声で謝罪するとカルロスはわざとらしく、聞こえないな~と言ってきたので、無視することにした。

「村で、避難場所とされてんのは何処なんだい!?」

 前方を走りながら、アドルフォがエリックに尋ねてくる。

 エリックは少し頭を巡らせる。いつも、近所のおばさんや教会の人たちが教えてくれた場所。避難訓練もやったことがある。

 小高い丘の上にある鐘を鳴らす塔。そこには村の周りを覆う塀とは別に堀が設けられていて、長槍を使って自分たちの身を守れるような装備があるのだ。

「こっちです!」

 エリックが叫んだ時だった。家の影からサソリ型モンスターが姿を現した。鋏を振り上げている。

 回避は間に合わない。

「……っく!」

 エリックは剣を引き抜いた。

 襲い来るサソリ型を剣腹であしらう。

 正面からやっても勝ち目はない。鋏の攻撃を左へと流す。サソリ型の体制が崩れた。エリックは右へと回り込む。盾替わりの鋏が無ければ他は存外脆い。

 柔らかな関節の部分を狙って、剣を振り下ろす。

 緑色の液体をまき散らしながら、サソリ型モンスターはゆっくり地面へと倒れていく。しばらく藻掻いているので、エリックはさらに剣を押し込んだ。ずぶずぶと何かを絶つ感触があり、やがて、静かになる。

 エリックは正面を向いた。

 サソリ型が次々、走り寄ってくる。

 エリックは死骸から剣を引き抜くと走り出した。殺さなくてもいい。ここさえ突破できれば村人の安全が確認できるはずだ。

 アドルフォがエリックに続いて走ってくる。

 凄いのは、後援支援を務めているグレイシャとミリィの援護だ。

 弓や銃弾が次々とエリックの行く手のサソリ型モンスターを倒していく。目の間に現れたサソリ型に構える、だが、次の瞬間には倒れている。

 人間離れした技にエリックが関心していると、視界が暗くなった。サソリ型モンスターが背後に回り込んできていた。

 慌てて飛びのくのと、鎖が付いた銀色のナイフが飛んでくるのは、ほぼ同時だった。

 ナイフはサソリ型の外殻を貫いて、心臓を一撃で仕留める。そのまま、鎖が強く引かれて持ち主の手の中へと戻っていく。

「集中できてんの?」

 カルロスの言葉に、エリックは再び前を向いた。まだまだ、自分が弱いということを思い知らされる。

 切り込むのはエリックとアドルフォで、後援支援の二人を守るのがカルロスだ。それなのに、前衛であるはずのエリックのことをカルロスに守らせてしまった。それでは駄目なのに。

 背中は大丈夫。自分のやるべきことをやらなければ、とエリックは前を向いた。もう、すぐそこが避難場所である塔だ。


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