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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
4.巣別れ
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4-7 頼りになる先輩

 赤い月精石を車輪に大量に使っている荷車に乗り込む。

 この荷車を引くのは翼が生えた馬だ。二頭もいる。そのおかげか、荷車は飛ぶように大地を駆けた。

エリック一行は彼の故郷を目指している。月精石で筋力や運動力を高めてあるから目的地まではそう時間はかからないらしい。

 全員が口を噤んでいるので、荷車の上は恐ろしく静まり返っていた。

 緊張感が満ちている。

 エリックとミリィは一度戦った相手だ。とはいえ、完敗して敗走している。

 何度、戦闘を趣味レーションしても、勝利を掴むイメージが湧いてこない。それでも、戦わなければならない。いや、戦って勝たなければならない。村の人のために。

「聞け」

 アドルフォが真面目な声で言う。

「まず、村人の命を最優先する。援護がくるまで、村の人たちをモンスターから守るのが、仕事になる」

 アドルフォの声に皆が頷く。

 エリックだけは簡単に素直に頷くことができなかった。

 村の人たちは絶対守りたい。今、守れなければエリックには何の意味もない。

 だけど、ダンジョンが消えなければ、村の人たちは疎開しなければならない。どうすればいいのか、分からない。

 エリックは両手をグッと握りしめた。どれだけ力を入れても手が震える。緊張と恐怖が消えてくれない。自分の手の温度がどんどん下がっていくような気がした。

「……ク、……リック? エリック!」

 ミリィの声が突然、エリックの耳に正確に届いた。肩が跳ねた。

 慌てて声がした方を見れば、ミリィが心配した顔でのぞき込んでいた。ミリィの眉が八の字を描いている。

「大丈夫? 無理してない?」

 ミリィなりに精一杯に気を使ってくれているのが分かった。穏やかな緑色の瞳は少しばかり陰を帯びているような気がした。

 エリックは無理矢理笑顔を作って見せる。

「大丈夫。俺は……、やらなきゃいけないんだ」

 エリックの言葉に、アドルフォがスッと目を細めた。アドルフォの耳がひょん、と跳ねる。それは重要なことを教える前の予兆だ。

「エリック、それは違うと思う」

 言い方は静かだった。しかし、しっかりした口調だった。

 アドルフォは真っ直ぐエリックを見つめている。エリックもアドルフォを正面から見つめた。

 青色の垂れ目には強い光が宿っている。

 覚悟が足りないと怒られるかもしれないと更に手を握り締めた。

「育ったところを愛せるってことは凄いことだよ。僕にはそんな感情はないから。……なおさら、すごいって思える」

 エリックの予想に反して、アドルフォは穏やかな口調だった。どこかを懐かしむような、哀しむような。そんな風にアドルフォの瞳が一瞬、遠くを見つめる。

 見たことのない表情に、エリックは回りを見まわす。

 アドルフォと幼馴染だと言っていたグレイシャで目が止まった。

 二人の思い出は余り良いものではないらしい。グレイシャの表情も曇っていた。

 幼馴染ってもっとキラキラしたものではないだろうか、とエリックは勝手に思っていた。だが、二人には幼馴染以上の何かがあったのかもしれない。

「ボクが生まれたところは貧しいところでね。ゴロツキが溢れかえるほどいるような場所だったよ」

「え?」

 エリックは思わず、アドルフォとグレイシャを見比べてしまう。

 サラサラしたピンクの髪を持つグレイシャの容姿は優雅でお嬢様みたいだ。姉御肌ではあるが、その動作は滑らかで、エリックはグレイシャのことをどこか身分のある人に見えていた。

 そんなグレイシャの隣に座るアドルフォだって、貴族、とまではいかないが、ごく普通の生まれに見えるのだ。所作も特別に汚い、なんてことはない。

「鈍感だね。半獣人族なんだからさ、裕福な生活が望めるはずないじゃん」

 それまで会話に参加してこなかったカルロスが耳にはめていた小型通信機を外しながら、エリックに言った。表情はフードのせいで、見ることはできなかった。

「そうなんだよね。でも、僕はグレイシャと知り合うことができた。だから、あんな真っ暗な街でも少しはマシだと思える。……でも、僕は、あの町を愛せないんだ」

 アドルフォが静かに目を伏せた。

「だから、正直、エリックのことがすごく羨ましい。エリック君は、そのまま真っ直ぐ生きてほしい」

 そう言って、アドルフォが笑う。

 その笑顔にエリックの肩に入っていた力がするっと抜けるのを感じた。

「……とは言え、エリック君はまだまだひよっこだから、僕らが全力で支えてあげる。だから、振り向かず、今は信じた道だけを進めばいいよ。君がやりたいようにやりなさい」

 アドルフォがそう言いながら、手を伸ばしてエリックの頭を撫でた。

 エリックの体から不思議と力が抜ける。緊張は残っているけれど、動きを制限するものではなくなっていた。震えていた指先もいつの間にか震えが治まっている。

 荷車はそのまま、エリックの故郷への道を飛ぶように走っていくのだった。



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