4-5 強くなるための
夏の早朝は新緑の甘い香りがする。
エリックは新しく支給された剣を馴染ませるべく素振りをしていた。
動けなかった分、体力は落ちている。取り戻さなければならない。自主練習にも手が抜けない。
頭に巻かれていた包帯は先日取れたばかりだった。上半身の傷は初めのころに比べれば、だいぶ治ってきているが、まだ傷の方が目立つ。
「一生懸命で結構ね」
グレイシャの声が聞こえ、エリックは素振りを止めて振り返った。
「おはよう」
「おはようございます、グレイシャ先輩」
ピンクの髪はまだ縛られていない。風に揺られて、踊っている。
挨拶を返してもまだそこに居るグレイシャにエリックは首を傾げた。グレイシャが手招きをする。
汗を拭きながら、グレイシャの元へ歩み寄る。
グレイシャの陰からミリィが姿を現した。エリックは目を見開いた。
「ミリィ! もう大丈夫なのか?」
エリックの言葉にミリィが照れくさそうに笑いながら頷いた。
見せてくれた微笑みに泣きそうになる。反応が返ってくることが嬉しかった。
エリックはミリィに向かってそっと手を伸ばす。壊れ物に触れるように、丁寧な手つきで頬を撫でる。
綺麗な黄緑色の髪を束ね、いつも通り、三つ編みにしている。顔にできてしまっていたかすり傷も綺麗に治っている。肌ももちもちだ。
「もう、平気だよ」
ミリィの言葉にもう本当に大丈夫なのだと思った。視界が少しだけ曇った。
あの日、夕立の中、ミリィの体温が失われていく感覚を鮮明に覚えている。その分、しっかりとした温度を感じられて本当に安堵した。涙腺が緩みそうになる。
気が付いたらミリィを抱きしめた。
「え!?」
戸惑った声が聞こえて、それはそれで安心した。反応があるということがこれほどまでに安心できるものだと知る。
「っんん……ええっと? わたしの前で何をしてるのかしら?」
グレイシャの咳払いが聞こえて、エリックは我に返った。
慌てて、ミリィから離れる。
あはは、と引きつった声で笑いながら、ちらりとミリィを見た。すると、ミリィは真っ赤になって俯いている。
エリックも自分の顔が熱くなってくるのを感じた。
「見せつけてくれるじゃない」
グレイシャの言葉に、エリックはさらに動揺した。何か言いたかったが何も言葉にならなかった。
「二人とも、動けるようになって本当に良かったわ。もう、危険なところへは行っちゃだめよ」
珍しくグレイシャが静かな声で言ってきた。
エリックは弾かれたように顔を上げる。
その時にはもう、グレイシャは廊下の奥の扉へと消えていった後だった。どんな顔で今の言葉を告げたのか分からない。
いまさらになってカルロスの言葉を思い出す。一年生の時に半分ぐらいが脱落するのだ、と。命を落とす者もいる、と。
もしかしたら、アドルフォもカルロスも口にしないだけで、心配してくれたのではないだろうか、と思った。
自分の浅はかな行動の数々が申し訳なく思えてくる。
「俺たち、もっと強くならなきゃだな」
風が、二人の間を吹き抜けて、空へ舞い上がる。
「そうだね。もっと強く、強くなろう。もう、誰にも負けないぐらいに」
二人は強く頷き合った。




