4-1 季節外れの……
雷が光った。
どこかに落ちたのか、大きな音がした。続いて、大地が細かく振動する。エリックは目をこすった。
やがて、大粒の雨が降ってくる。
道端でしゃがんでアークが来るのを待っているエリックとミリィを大粒の雨が容赦なく濡らしていく。
「こりゃ、今日は来ないだろ」
雨が道や木々、葉っぱに当たり砕け散る。そのせいで、視界は靄がかかっているようだ。
見通しも悪いし、ダンジョンは地下にある。こんなに雨が降ったら、水が流れ込んできて出られなくなるかもしれない。
「そうだねー。ちょっと残念な気もするけど、君の意見に賛同だよ」
ミリィが立ち上がる。
また、雷鳴が聞こえた。
地面が揺れる。
「今日はよく落ちるね」
ミリィが苦笑いしながら言った。そう言って立ったミリィの足はガクガクと震えている。どうやら、雷が苦手のようだった。アホ毛も心なしか、いつもより下向きな気がする。
森に棲んでいる一族のはずなのに、雷が落ちるたびに特徴的な耳がピクリ、と反応する。
「ああ、まあ、うん。そうだね」
可愛い、なんて言葉は言えず、曖昧な返事をする。
ミリィがエリックの服の裾を握ってきた。
何故だか心拍数が上昇した。ミリィを守らねばという使命感が沸き上がってくる。
また、振動を感じた。
「また、落ちたのな?」
そう言葉にして、揺れが先ほどとは明らかに違う、ということにエリックは気が付いた。
揺れは段々大きく激しくなってきているのだ。
立っているのも難しくなり、体制を低くする。
「な、何これ?」
ミリィが涙目でエリックに縋りついてくる。
二人はボールのように弾んだ。
ミリィを怖がらせないように、エリックは弱音こそ吐かなかった。しかし、内心ではだいぶ焦ってはいた。何が起きているのか、状況が飲み込めない。
不意に目の前の地面が山なりに持ち上がった。
脳内の警鐘がけたたましく鳴り響く。
ミリィを抱え、エリックは後ろに飛び退いた。
何とか着地して、現状を見つめる。
大地に亀裂が走った。
割れた地面がゆっくりと隆起していく。土が崖のようにそびえたち
地形が変わっていく様をエリックは息を飲んで見つめることしかできない。
「何か来る――」
エリックは山のようになった大地を穴が開きそうなほど見つめた。
割れ目から、長い尾が姿を現す。岩をも砕きそうな硬そうな尾に身震いが止まらなくなる。
更に土が盛り上がり、地下に隠れていた本体が出てきた。豪雨に土が流され、透き通った外殻が姿を現す。背中から棘のある尾までを覆っており、まがまがしい雰囲気を放っていた。
六本の足が巨体を支えるために地面を穿っている。そして、何より特徴的なのが左右に備わった鋏。
姿を現したのは、巨大なサソリ型のモンスターだった。
透き通っている外殻の奥底に黄色の大きな月精石を見ることが出来る。
さらに、この大きなサソリ型の腹を見れば、はち切れんばかりに卵を抱えている。
エリックは戦慄した。この目の前に現れたモンスターは。
「《クイーン》!!」
エリックの言葉に応じたように、《クイーン》の取り巻きであろう、モンスターが地下から顔をのぞかせる。どれもサソリ型で、《クイーン》よりは二回りほど小さいように見えた。
しかし、左側だけが異様に大きい鋏を使ってこちらを牽制してきている。
エリックは反射的に剣を抜く。日々の訓練で培われた成果の賜物だ。
ミリィもエリックの後ろで、銃剣を構えている。
「何これ!?」
ミリィが喉奥から声を絞り出すようにしてエリックに聞いてきた。
そんなの、エリックだって誰かに聞きたい。しかし、喚いても嘆いても現実が変わらないことをエリックはよく知っている。
「……巣別れ、だと思う。多分」
鳴りやまない歯茎を押さえつけ、エリックはモンスターから目をそらさないように口にした。
「春に終わるんじゃなかったのっ!?」
ミリィが泣き出しそうな声で叫んだ。
エリックもそうだと思っていた。だが、目の前で起こっている現象は、巣別れ意外の何物にも見えない。
こんな、在り得ない。そんな気持ちで一杯になりながらも、エリックは目の前の《クイーン》とその集団を睨みつけたのだった。