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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
3.戦うということ
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3-10 その人物、選ばれしもの

「いてててっ!」

 エリックは腕を引っ込めかけた。

 ファミリーの共有ペースで、エリックは涙目を浮かべている。

 ダンジョンの実践学習の時に作ってしまった傷はまだ、癒えていない。

グレイシャに消毒液を掛けてもらったのだが、これが中々に染みるのだ。

 しかし、腕はがっちりとカルロスに抑え込まれている。

「あのさ~、こんぐらいでいちいち騒がないでくれる? 命があって、五体満足ってだけでも君は幸運なんだからね? てか、オレがグレイシャさんに怒られちゃうでしょ?」

 グレイシャさんを強調して言ったカルロスをエリックは恨めしげに見上げた。

 グレイシャを怒らせるのが得策ではないことをエリックも、理解ができる。それ以上にアドルフォは怒らせたら大変ということも知っている。

 普段、穏便な人ほど、起これば怖い、というやつだ。

「あら、わたし、そんなことで怒ったりしないわよ?」

 グレイシャが微笑む。絶対、嘘だ。

だが、口には出さない。出したら後が怖い。

 エリックは苦笑いで誤魔化した。

「えー、そんなの嘘だ~」

 エリックの後ろから、カルロスがさわやかな笑顔で言った。

 勇者だ。勇者が居る。エリックは思った。

「へぇ? あんたはわたしがすぐ怒る人だ、と。そう言いたいのね、バカルロス?」

「あ、ちょっと! バカくっつけないでよ!」

 カルロスの言葉を聞いて、エリックの方が冷や汗をかいてしまう。突っ込むところはそこじゃない。

「このっ!」

 グレイシャの拳骨がカルロスの脳天に落ちた。

 床に崩れ落ちるカルロス。

 振り向くこともせず、グレイシャは部屋を出て行ってしまった。

 静かに合掌だけしておく。

 そこで、扉が開いた。

「すごい音したけど……、エリック、大丈夫?」

 入れ替わりで部屋にミリィが入ってきた。

「あー、今のは俺じゃないから大丈夫」

 カルロスを指させば、ミリィは緩く首を振った。どこまでも扱いが可哀想である。

「カルロス先輩か……。ところで、怪我の方の具合はどう?」

 言われて、エリックはハッとした。

 ミリィの瞳が不安げに揺れている。

 エリックがダンジョンから出てこなかった間、真っ青な顔をして震えていたのだと、グレイシャから聞かされた。一番心配してくれたのだろうという予想もつく。

「ミリィ、その……ごめん。」

 心配させてしまったこと。無茶をしてしまったこと。そのくせ、一瞬でも、死を覚悟して諦めかけてしまったこと。

 全てが申し訳なかった。謝ってすむことではない。

 だけど、何度も何度も口にしてしまう。そのぐらいしかできることはない。

「ううん、大丈夫。こうして、エリックは戻って来てくれたんだから」

 何度目からの謝罪だが、ミリィは快く受け入れてくれる。それが逆に不甲斐なくもある。

 それから、ミリィは微笑みながら近づいてきた。

 その笑みに、心臓がドキリ、と不整脈を打つ。

「ミリィ、そのっ、いてててててっ!?」

 エリックがミリィを改めて呼んだ瞬間、腕に激痛が走った。

 視線をやれば、カルロスが楽しそうに、消毒液を傷口に振りかけていた。

「ねーねー、オレが居ること忘れないでくれる~? それから、ミリィちゃんに言い寄らないでくれるかな?」

「それ、カルロス先輩が言います?」

 痛みに堪えながら口答えすれば、カルロスがそれは楽しそうな笑顔を浮かべた。

 エリックが、間違えたと思ってももう遅い。

 カルロスは包帯を巻いたうえから、ちょっと強めにパシパシ叩いてきた。

 普段ならなんてことない振動なのだろうが、今日は違う。うっすら全体的に擦りむいた腕に響く。おまけに、痛みに体が強張り、打ち身になった部分が痛んだ。顔の筋肉が一気に引き締まる。

「いい気味だよね~」

 ケラケラ笑いながら、カルロスが湿布を取り出した。

 何故だか、その湿布は緑のねばねばに包まれている。

「それは……?」

 そっと聞いてみれば、カルロスとミリィが顔を見合わせた。

「これは、ラル族に代々伝わる秘伝の薬だよ。きっと良くなるからね」

 ミリィがエリックの問いに答えてくれた。

 悪意がない笑顔が眩しい。

「ちょっと冷やっこいかもだけど、男でしょ? いけるよね?」

 完全に他人事だと思っているカルロスが笑顔で言う。

「えっと、あの、そこまではいらないと思うんだけど……? ダメ、ですか……?」

「エリックのために心を込めて作ったんだよ?」

 抵抗を試みるも、ミリィのしょんぼりした顔には滅法弱いエリックは瞬殺される。

カルロスの笑みが近づいて来て、背中にぬめり家のあるシップが触れる。冷たいのと気持ち悪いのが襲ってきて悲鳴を上げかけたが、気合でそれを乗り越えたのだった。

「これで治療は終わりかな?」

 カルロスが背伸びしながら、聞いてくる。

 もっと真剣にこっちの身を案じて欲しい気もするが、これがカルロスなのだ、とエリックは自分に言い聞かせる。体のあちらこちらをそっと動かして、具合を確認する。隅々まで丁寧に治療されているのを感じた。

 カルロスが広がっている治療道具を片付け始めた。

 それを見ながら、エリックは少しばかりぼんやりした。ダンジョンでの記憶が廻る。

 頭を巡るのは――自由に生きることが許されているのに、銀遊士を目指すなんて馬鹿だ、と告げたアークの言葉だった。

「何で、あんなこと言ったんだろう?」

 エリックが無意識のうちに呟けば、ミリィが首を傾げた。

「あんなことって?」

 ミリィの言葉にエリックはハッとなった。それから、自分の赤髪を掻きむしった。

「あー……、あの、ダンジョンでさ、アークっていう人に助けてもらってさ」

 助けられてしまった照れくささに、苦笑いしながら言葉にする。すると、ミリィもカルロスも動きを止めた。信じられないものを見たような目でエリックを見てくる。

 何だか、相当いけないことをしてしまった気分になる。

「えっと、なんか、駄目……だった?」

 沈黙に耐え兼ねて震える声で質問した。背中に嫌な冷や汗が伝う。

 ミリィとカルロスの反応は正反対だった。

 顔を輝かせているミリィと、渋い顔をしているカルロス。

「あの人に助けてもらったんだ……良かったね~、オレはごめんだけど。てか、エリック。君は元々、ダメダメだから」

 カルロスが溜息交じりにエリックに答える。なぜだか、視線は逸らされた。

 どこから突っ込めばいいのか分からない反応に困っているとミリィがエリックと間を詰めてきた。

「アークさんに助けてもらったの? 凄いことだよ、それって! エリックは幸運だね、本当に!」

 ミリィが黄緑色の瞳をキラキラさせながら告げてくる。

「えっと、その、アークは二人の知り合いなの?」

 エリックの質問に二人が再び固まった。

 二人ともアークを知っているような口ぶりだった。なら、また会うことも不可能ではないかもしれない。そんな淡い期待があった。

 カルロスが笑い出す。

「どんっだけ田舎者なの? アークは今や国を代表する銀遊士だよ?」

 ちょっと止めてよ、なんて言いながらお腹を抱えてカルロスは床を笑い転げる。

 ミリィは信じられないように、エリックを見つめてきていた。

 流石に居心地が悪くなり、エリックはそっと視線を逸らした。

 エリックにとって、凄い銀遊士は一人だけ。あの日、エリックを助けてくれた銀遊士だけなのだ。それに、銀遊士になりたいと思ってから、鍛錬することばかり集中してしまい、情報を集めなかった。

 それが弱さの原因かもしれないな、とちょっとだけ反省する。

 井の中の蛙大海を知らず、ということだ。自分からもっと外の情報を集めるべきだった。

「アークはまだこの学校を卒業してないけど、凄いやつだよ。どんくらいかって言うとね~」

 カルロスが言いながら、手帳のページを繰った。

「二年前、数個の村を吹き飛ばすほど激高した《クイーン》が出現したんだよね。近くに居て、応戦するように言われた一級と認定された銀遊士のファミリーが居たんだけど、あえなく敗退。この十年で死亡者数、行方不明者数、共に多い方から五本指に入るような大厄災になったわけなんだけど、それを一人で片付けてるね。それが一番大きな成果かな~。他にも凄い案件をいくつも片付けてるけど、容赦のなさと不愛想な感じで人を寄せ付けないことから《死神》だなんて二つ名で呼ばれてるよ」

 カルロスの言葉に、エリックは首を傾げた。

 死神という言葉を以前にもカルロスの口から聞いたことがあるような気がしたのだ。

「死神だなんて、そんなのはみんなの嫉妬から来た名前だよっ。エリックも、アークさんのこと、凄いって思ったでしょ? ボクは憧れるなっ」

 ミリィが興奮した様子で言ってくる。瞳が生き生きしており、アホ毛もひゅんひゅん音をたてながら回っていた。

「確かに、凄いって思ったけど……」

 死神という渾名がしっくりくるほど鋭い眼光だった。ミリィには申し訳ないがエリックはアークのことをちょっと怖いとすら思ってしまった。

 エリックは俯く。

「というかさ、覚えてないの? 入学式の日にオレたちの勝負を止めたのがアークだよ?」

 そう言われて、入学式のことを思い出す。

 顔は逆光でよく見えなかったが言われてみれば確かにアークだった気もする。黒い槍やコートがそれっぽかった、と今更のように思いだす。

「本当に好きなことしか覚えてられないんだね」

 ミリィがクスクス笑う。

 エリックは恥ずかしくなって、再びそっぽを向くことしかできなかった。

「まあ、死神だなんて大層な名前がついたのは、アークが持っている貴宝きほうのおかげだろうね」

 世界の宝である武器のことを確か貴宝という。貴宝は形状と名前を持つ。そして、それぞれに意志が存在するらしい。会話ができるわけではないが、相性が存在する。貴宝を持てるのは、貴宝に選ばれた人間のみ。

 貴宝に選ばれた人は使い手として敬われると話に聞いたことがある。

 持っていた槍が貴宝、ということだろうか。

 真っ黒な槍が躍る様はさながら死神の舞踏のようであった。

「貴宝の使い手……。貴宝に選ばれるってどんな感じなんですかね……?」

「……さあね。オレは知らない。まあ、そのうち分かるかもしれないよ。運が良ければ……いや、悪ければ、ね」

 そのうち分かる。そのうちっていつなのだろう。エリックは床へと視線を落とした。

 明日からやると言って、その明日が来ないように、そのうち、と言っている限り知ることは出来ない。

 そんな気がした。


 カルロスが部屋から出ていくのを見て、エリックは立ち上がった。

「俺、アークさんにもう一回会いたい。いや、会いに行く」

 拳を握りしめ、窓の外を見つめながらエリックは言った。

 ミリィが瞳を丸くした。アホ毛がひょん、と揺れる。

「会いに行くって……場所が分かるの?」

 ミリィが声を潜めて聞いてくる。

 エリックは首を横に振った。でも、動かないでいるなんてことは出来ない。この一秒一分だって惜しい。

「いや、分かんなくてもいいや。ボクも行きたいっ!」

 ミリィも勢いよく立ち上がった。

 視線を交わし、頷き合う。

 銀遊士になるためには強くならなくちゃいけない。だけど、エリックはまだまだ弱くて。突如、現れたアークに力の差を見せつけられたような気分だった。

 だからと言って落ち込んでいる暇はないのだ。

 かつて、救ってくれた銀遊士の様に今度は自分が強くなって誰かを護りたいのだ。

「闇雲に動いても無駄かもしれないよ?」

 人差し指を顎に添えて、ミリィは少し考えた。

「考えて動かなきゃ……。アークさんは最近、いろんなダンジョンに向かっているみたいだから、ダンジョン近くで待ってみるのはどうかな?」

 ミリィの一言にエリックは悩んだ。

「いい案、だと思う。……だけど、俺たちは勝手にダンジョンに近づいちゃいけないんじゃなかったっけ? 破ったら、確か罰則があったと思うんだけど」

 エリックの言葉にミリィは人差し指を左右に振って見せた。

「行けるギリギリのところまででいいんだよ。肉眼で確認したら、あとは追いかければいいだけなんだから」

 ミリィがウィンクしてくる。

 そこまで言われて、エリックは苦笑した。

「ミリィはアークに会ってみたいだけでしょ?」

 エリックの言葉にミリィの肩が揺れた。

 えへへ、と笑う姿が可愛かったので、エリックは苦笑いを零すより他はない。

「いいよ、それで行こう」

 エリックが言えば、ミリィが顔を輝かした。

 行動は早い方がいい、ということで、その日から訓練のない時は、近場のダンジョンへ続く道端に立っては来るか来ないかも分からないアークを待つ、という日々が続いたのだった。


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