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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
3.戦うということ
17/63

3-9 経過報告

       ~  *  ~


 ノックの音がステッカ学園長の部屋に響いた。

「どうぞ」

 ステッカ学園長が短く答えれば、真っ黒なマントを羽織った人物が扉から滑り込んできた。部屋に入り切った人影は、しっかりと扉を閉めてからフードを下ろす。

 アークがそこに立っていた。

 学園長を見て、アークは一礼する。

「おお、お疲れさん。お茶でも淹れよう」

 ステッカ学園長は書類から顔を上げて、目を細めて笑った。手で、ソファーへ座るように促す。

 アークはしばらく無言で立っていたが、やがて諦めたようにソファーに腰を下ろした。

 ステッカ学園長は紫の茶葉をティーポットの中へと入れる。カップを取り出して、ティーポットを傾けた。紫色の液体がティーカップに注がれてゆく。湯気がふわりと立つのを眺めながら、猫舌の彼の為にミルクを注ぐ。紫色の液体がさっとパステル色に変わっていく。彼好みの味にするために少しはちみつを加えて、匙でくるくると混ぜる。

 用意したお茶をアークの前において、自分は先ほどまで飲んでいた冷えたお茶を自分の仕事机からとってくる。

「さあ、冷めないうちに」

 優しい声で促せば、アークはほんの少し目を閉じ、それからティーカップを傾けた。

 半分程度、飲んだところで、アークはカップを置いた。それから、ステッカ学園長を見据えてくる。

「貴方の言う『お願い』について調べてみた」

 切り出し方は唐突だ。だが、ステッカ学園長はアークのそういう話し方を知っているのでいまさら驚いたりはしない。むしろ好ましいとすら思う。

 頷いて、先を聞きたい、という態度を示せば、アークは口を開いた。

「確かにこのところダンジョンが荒んでいる。色んなダンジョンを手当たり次第回っているが、狂暴化してるのが多いように思う」

 アークの言葉を聞いて、やはり、と思う。そういう予感を感じていたのた。

「原因はいくつかに絞り込めてきたが、まだはっきりとはしない」

 アークの見立てを聞きたい気もしたが、はっきりしないことを報告しない。だから、聞いてもはぐらかされて終わってしまうのが長い付き合いの中で分かっている。

 だから、深い追及はしないことにした。

 代わりにステッカ学園長は別の質問を口にした。

「狂暴化、とはどんな具合まで進行しているのかね?」

 その質問にアークが顔を上げた。

 アークは少し考え込むようにして口を閉じた。

「初級ダンジョンと認定されていた、学園所有ダンジョン。あれは、もう使わないほうがいい」

 ステッカ学園長はアークの言葉を聞いて、目頭を指圧した。長い溜息が口からこのレ落ちるのを止められない。

「そういえば……」

不意にアークの話声のトーンが変わった。

アークから声をかけてくるのは珍しい。ステッカ学園長は顔を上げてアークを見つめる。

 茶色の切れ長の人いが落ち着きなくさまよう。光加減で金色に見える瞳が、一度だけ伏せられる。言うべきか迷っているように見えた。

 ステッカ学園長は先を急がせることはせずに、冷え切ったお茶を口の中に流し込んだ。

 やがて、アークが口を開いた。

「学園のダンジョンで、貴方の知り合いに会った。死にかけていたぞ」

 アークの報告に口に含みかけていたお茶を吹き出しそうになり、ステッカ学園長は咳払いをした。

「あれに銀遊士は向かない。田舎に送り返したらどうだ?」

 アークの歯にものを着せない言いようがステッカ学園長はとても気に入っている。ただ、愛想がないのが心配なところでもある。友人はいるのだろうか、と考えてから、頭を左右に振った。

 現実逃避をしている場合ではない。

 ステッカ学園長は苦笑いを浮かべた。

「そうしたいのは山々なんだがな。かつての私の背中を追いかけてきた者をどうして追い返せると思う? 私はそんなに聞き分けの良い人間じゃなかったしね。目を見れば分かる。あれは、かつての私と同じ目だよ」

 その言葉を聞いたアークの視線が落ちる。揺れるお茶の水面を見つめながら、少しだけためらう様子を見せる。彼の手が、膝の上できつく握りしめられた。

「だが、その結果を貴方は知っているはずだ。それに、あれが強くなれるかどうかは別の話だぞ」

 アークはそう言い切って、お茶を飲み干した。

 それから、もう話すことはない、と立ち上がる。

「ダンジョンの件、もう少し調べてみる必要がありそうだ」

 それだけを言い残して、アークはマントを翻して、ステッカ学園長の部屋を後にした。

 残されたステッカ学園長は深々と溜め息をついた。

 銀遊士として生きてきた時代の日々はそのどれもが誇りである。だけど、その誇りは、国のお偉いさんの意思によって地に叩きつけられた。

 それを思い出せば出すほど、胸を焦がす悔しさが蘇ってくる。

 だけども、だからこそ。

 そんな中で、唯一見た希望を失いたくはないのだ。

 ステッカ学園長は冷めきったお茶を飲み干して、立ち上がった。


     ~ * ~

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