3-8 出会い
大きな背中が見えた。
黒髪が砂ぼこりの中を靡いた。
金色の瞳がエリックに向けられた。綺麗な瞳だった。
その人は蜂型の行く手に立ちはだかった。倒れているエリックを守るような立ち位置だ。
エリックはその人を呆然と見上げることしかできなかった。
黒いコートの隙間から見えた、銀色の呼子笛にエリックは息を飲む。
「銀遊士!?」
エリックの声に反応して、金色の瞳がちらりとエリックを振り返る。
だが、何も言わず、すぐに敵を見据えた。
黒い槍で次々とモンスターを屠っていく。
背後に回り込もうとしている蜂型を槍の柄で地面にたたきつける。
槍の切っ先が弧を描く。バラバラと蜂型だったものが落ちていく。
その光景にエリックは圧巻するしかない。
マントが揺れ、青年の服が見えた。真っ黒な服に、校章のバッチが輝いた。エリックは目を見開く。
エリックが呆然としている間に、青年は最後の一匹を長い槍でを貫いていた。
戦えないと諦めて生きるのを放棄したことが恥ずかしくなるほど、あっという間に戦闘は終わっていた。まさに、瞬殺と言う言葉がぴったりくるだろう。
「あ……、あの、ありがとうございます!」
慌てて礼を言えば、ようやく青年は真っすぐエリックを見つめてきた。
エリックもまた、青年を見つめ返した。
サラサラの黒髪は真っすぐで、短い。襟足の部分だけ伸ばしてあり、ゆるく結ばれている。その一房が青年の歩みに合わせて揺れるだけなのに、とても美しく見えた。金色だと思った瞳は茶色で、光加減で色味が変わるようだった。鋭い目つきが少しきつい印象を持たせるが、とても整った顔をしている。
青年はスッと目を細めた。
「礼はいらない。当然のことをしただけだ」
声はどこか冷たさを感じさせた。エリックは知らず知らずのうちに背筋を伸ばす。自分が先程、死を覚悟しただなんてとても言える雰囲気ではない。
「それより、新入生がこんなところで何をしている? お前の兄姉に当たる先輩は何処へ行ったんだ?」
青年の言葉に、エリックはファミリーのことをいまさらながらに思い出した。
無事にダンジョンから脱出することに成功しているだろうか。
不安になりつつも、起こったことをかいつまんで、青年に説明した。自分の感情などは置いておいて、事実だけを端的に告げる。
ファミリーの実習学習でこのダンジョンに潜ったこと。地面が崩れて分断されてしまったこと。エリックは自己判断で囮役をやって、追い詰められたこと。
ありのままを話した。
「そうか。……あんた、そんな調子だと死ぬぞ」
青年が鋭い目つきで、エリックを睨んでくる。
体に緊張が走った。ひゅっと息が詰まりかける。
こんなの、思っていた銀遊士と違う。そう思ってもエリックは口に出すことは出来なかった。
「……怖がらせても仕方がない、か。おい、出口は分かるか?」
青年がため息交じりに尋ねてきた。
エリックは首を左右に振る。
「そうか。……俺は銀遊士協会に所属しているアーク。現時刻よりあんたを出口まで護衛する」
事務的な口上を述べ、アークと名乗った青年が動き出す。
慌てて後を追いながら、エリックは俯いた。
幼い頃、勝手に村を飛び出した時も、今も、全く変われていない。無茶して、結局、誰かに助けられている。自分の力だけじゃ対処できていない。
そうやって誰かに、迷惑をかけて。これからもそうやって生きていくのかと思うと、情けなく思えてくるのだ。
変わりたい。
エリックは拳を握りしめた。
助けてくれたのは嬉しかった。
だけど、自分じゃ何一つ解決できなかったのが、悔しくて仕方がない。
「どうやったら……」
小さいエリックの小さな呟きは地下ではよく響いた。
アークは歩みを止めない。しかし、アークの視線はエリックに向けられていた。
「どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」
エリックの問いに、男は何も答えず、まっすぐ前を見据えた。ただただ、出口を目指し歩いて行く。
エリックは爪が喰い込むほど、拳を握りしめた。
「俺は銀遊士になりたいんです! どうしても! だから強くならないと……。でも、どうしたらいいのか分からないんです。どうしたら、そんなに強くなれるんですか? 教えてください!」
アークが足を止めた。
エリックが顔を上げれば、アークは真っすぐ人差し指をある方向に向けていた。何を示しているのだろう。
指し示している方向を見れば、ダンジョンの出口があった。
「ここからは一人で行けるな?」
アークの言葉に、エリックはどう返していいのか分からなかった。
エリックの問いに答えはもらえていない。
もう一度、同じ質問を口にしようとしたときだった。
「エリック!」
外から声が聞こえた。再び出口に目を向ければ、ミリィが三つ編みを揺らしながら駆けてくるのが見えた。
「エリック君! 良かった!」
「心配させるんじゃないわよ!」
続いて、アドルフォやグレイシャが顔をのぞかせた。罠を警戒しつつもダンジョン内へと足を進めてきてくれる。
カルロスも洞窟の入口に体重を預けながら、エリックに向かって口を開いた。
「本当に世話を焼かせないでよね、クソガキ」
エリックはアークとファミリーの仲間を見比べる。
まだ、答えが聞けていない。
「行け」
アークの短い言葉にエリックは小さく頷いた。
「自由に生きることが許されているのに、銀遊士を目指すなんて馬鹿だ。実力もないくせに」
出入口付近まで進んだところで後ろの方から呟きが聞こえた。
アークの声だと気が付いて、振り向けば、そこにはもう誰もいなかった。
「エリック?」
ミリィが小首を傾げて聞いてくる。
「いや、何でもないんだ」
そう呟いて、エリックは仲間のところへと歩き出した。
「エリック君、もう、無茶なことをしないで欲しい。本当に心配したんだからね?」
アドルフォが青い垂れ目に涙を張りながら、訴えてくる。
また、親しい人を不安にさせてしまった。自分に力がないから。
強くなりたいと心の底から思う。
だからこそ、いつか答えを聞かなければいけない。
ファミリーに囲まれて帰り道を行く。
一度だけダンジョンを振り返る。当然、そこには誰の影もない。
アークは何をしているのだろう。また、いつか会えるだろうか。
考えながら、アークの胸についていた校章のバッチを思いだした。
もしも、アークも白銀学園に所属しているのならば、また、会うこともできるだろう、と思いながら。




